第4話 一期一会の蔵

 小さく見えた外観とは異なり、蔵の中は広々とした空間だった。


 どういった光源を使っているのかわからなかったが、室内はまるで昼のように明るく、金色に輝いている。


 壁には扉の無い棚がたくさんあって、その中には種類別に分けられた様々な品物がぎっしりと詰まっていた。


 壷ばかりが並ぶ棚、本が並ぶ棚、人形が並ぶ棚……その他にも絵画がずらりと並べられている場所もあった。

 食器、文房具、日用雑貨、衣服、傘など、およそ神の宝物蔵と呼ぶには似つかわしくないものもある。まるでフリーマーケットのようだ。


「すごいな……」


 俺はすっかり圧倒されていた。


「たつき!」


 やこの声が背後から聞こえ、振り向いた俺は思わず「わあっ」と驚きの声を上げた。


「や……やこ? き……君、いったいどうしたの? その姿」



 確かやこは十歳未満の幼女だったはずだ。

 しかし今、俺の目の前にいるのはどう見ても幼女ではない。

 十六、七歳ぐらいの少女の姿だ。


「あー、これ? えっとね、ちっちゃいと棚の上の方の物取るの大変だから、少し大きくなってみた。どう? びっくりした?」

「うん。すげー驚いた」


 おかっぱだった赤茶色の髪は背中のあたりまで伸び、背丈も俺の肩ぐらいになっている。

 丸く大きかった瞳は少しつり気味になり、すっきりした顔立ちに成長している。


 体つきは少女らしい華奢な感じを残しながらも、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる。

 服に隠れて少しわかりづらいが、胸のあたりは妙に肉づきがいいように見える。


 この感じだと結構胸は大きいかも。EカップかFカップってとこか……ってオイオイオイ! 何考えてる俺。

 仮にもやこは神様のお使いの娘だぞ。そういうよこしまな目で見ちゃだめだろ。

 邪な考えを振り払うように俺は頭をブルブルと振る。


「どうしたの? たつき」

「あ……いや、なんでもないよ、なんでも……」


 ごまかし笑いをしながらふと気づく。

 確かやこは人の心を読めたんじゃ……?

 今の邪な考え、もしも読まれてたらやばくね?


「えーと……やこ?」

「なーに?」

「念のためにちょっと聞きたいんだけど……」

「ん?」

「もしかして、今も俺の心の中、読んだりしてないよね?」

「読んでないよ」

「本当に?」

「うん」


 そう言ってからやこは少し心配そうな顔をする。


「さっき心を読んじゃったこと、怒ってる?」

「い……いや、怒ってないよ」

「改めて謝るよ……ごめんなさい。もうたつきの心は絶対に勝手に読まないから許して」


 やこは耳をペタンと倒し、尻尾をだらりと下げている。ここまで落ち込まれるとなんだかこっちが申し訳ないような気分になってくる。


 素直で純粋ないい娘じゃないか。それに引きかえ俺ときたら……。


「大丈夫、大丈夫。気にしてないからー」


 なんとか話題を変えねば。

 俺は慌てて何か他の話題はないかと慌てる。


「あれ? そういえばやこ、そんな羽織みたいなの着てたっけ?」


 やこは白衣びゃくえ緋袴ひばかまの上にさっきまでは着ていなかった白い羽織のようなものを着ていた。

 真っ白な衣にひときわ映える胸紐むなひもは鮮やかな朱色。全体に薄い緑色で描かれた鶴の模様の柄が入っており、とても綺麗だ。


「ああ、これ? これは羽織じゃなくて千早ちはやっていうの。どうかな? 似合う?」


 そう言ってやこは、俺の眼の前でくるりと回って見せた。

 千早の丈は腰ぐらいまであり、やこが動くとふわりと揺れる。

 その仕草は新しい服を買ってもらったばかりの小さな女の子のようで微笑ましい。


「うん。可愛い」

「えへへ。うれしー! 褒められたっ!」


 体は大きくなったが、中身は無邪気な可愛さが残っている。


「さあ、たつき。早く!」


 やこは俺の手を引いて、蔵の中央あたりに連れていく。


「この蔵にある物の中から気になったものがあればそれを選んでね。ここにはたつきの望みを叶えてくれるものが必ず一つ用意されているから」

「望みはなんでも叶うのか?」

「うん。不老不死や、死んだものを蘇らせるとか、人のことわりに反するような願い以外なら」


 なんでも願いが叶う。

 改めて何を願うのかと聞かれたら、意外に思い浮かばないものだ。


 一生遊んで暮らせるような大金か?

 それとも可愛くて、優しくて、俺を絶対に裏切らない恋人か?

 不世出の才能が芽生えて、名を残すような偉業を遂げる人生か?

 それともいっそ、顔をイケメンに変えてもらって人生リセットしてやり直すとか?


 どれもいまひとつピンとこない。


 金は使えばなくなる。

 たとえ国家予算レベルの大金を持ってたとしても、はてしない欲望のままに使っていたらいつかなくなってしまうだろう。


 女は恐ろしい。

 一度、好きな女に裏切られた俺は懲りている。

 人の心は変わりやすい。裏切らないという保証はない。たとえ、一生の愛を誓われても、こちらが心変わりする可能性もありえるし、そんな重すぎる愛は嫌だ。


 才能といってもピンとこない。

 そもそも俺には取り立てて目立った才能がない。

 絵が上手いとか、スポーツが得意だとか、何かもの作りが趣味とか、そういうものが特にない。そんな分野が俺にあればこの願いが一番いいのかもしれないが。


 顔を変えるというのも違う気がする。

 イケメンだっていつかは年を取る。それに、姿だけ変わったって中身はそのまま今の俺だ。結局は何も変わらない気がする。


 考えれば考えるほどよくわからなくなってきた。

 しかも、チャンスは生涯一度だけと言われたら下手なものは選べない。


「なあ、やこ。じっくり考えたいんで一度家に帰ってからまた明日にでもってわけにはいかないか?」


 するとやこは申し訳なさそうに言った。


「一期一会の蔵は名前の通り、人は一生に一度しか来られない場所なの。今、ここから外に出ると、人であるたつきはもう二度とこの蔵には入れないよ」

「困ったなあ……。実は何も思いつかないんだよ」


 すると、やこは不思議そうな顔をした。


「なんで? たつきの願いってもう決まってると思ってた」

「えっ?」

「そもそも自分の不幸を買ってほしいというのがたつきの望みなんでしょ?」

「そうだよ」

「だったらたつきの願いはこれから起こる不幸を全て無くしたいっていう願いなんじゃないの?」


 そうか。

 言われてみればそうだった。


 俺が今ボロボロなのはどうしてだ?

 ずっと幸運に見放されてきた俺が一番望むものは?


「そうだよ! そうだよな。俺が一番欲しかったもののこと、忘れてたよ」

「じゃあ、たつきの望みはそれでいいんだね?」

「うん。それで頼む」

「わかった。じゃあ、先に悪縁のかけらをたつきからもらうね」


 やこはそう言うと、蔵の奥の方にあった小さな箱からなにやら棒のようなものを取り出してきた。

 白木の短い棒には細長い紙束がたくさんついている。

 神社での厄払いのお祓いなんかの時に神主さんがわさわさ振っているだ。


「それ、お祓いの時に使う棒だろ? 見たことあるぞ」

祓串はらえぐしだよ」

「それで祓うのか?」

「そう。ちょっとの間、そこの椅子に座って頭を下げてじっとしててね。ちょっとでも動くと危ないよ」


 やこはすぐ近くにあった椅子を指差す。


「え? ちょっと待って。お祓いってそんな危険なものだったっけ?」

「動かなきゃ大丈夫だから」


 焦る俺を無視して、やこは椅子に座った俺の頭の上で祓串を大きく振り始める。


「掛けまくもかしこ高天原たかまがはら大神等おおかみたち。諸々の罪穢つみけがれ、悪しきえにし有らむをば、これをばみそはらえ給え、清め給え」


 俺はやこに言われた通りに頭を下げ、じっとしていた。

 一体これからなにが起こるのだろう?


「禊ぎ祓え給え、清め給え」


 やこは祝詞のりとらしき言葉を何度も唱え、俺の頭の上で激しく祓串を振るが、俺の周りでは特になにも変わったことは起こらない。


 いったい、いつまでこうしてなきゃいけないんだろう?

 そう思った時、やこが困ったような声で言った。


「あっれー? おかしいなあ……。なんでたつきの悪縁のかけらが全然出てこないんだろう?」

「えっ? それどういうこと?」


 うつむいて座っていた俺は思わず顔をあげた。


「どういうことなのか聞きたいのはこっちの方だよ。普通は、こうやって祓串を振れば体から悪縁のかけらがいっぱい飛び出してくるはずなんだけど……たつきからは何も出てこないんだよね」

「やこのやり方が何か悪いんじゃないの?」

「そんなことないもん!」


 やこは不機嫌そうに口を尖らせる。


「困ったなあ。これじゃたつきの願いは叶えられないよ」

「ええっ! そりゃないよ」


 せっかく神の福を授かるチャンスすら受けられない俺の超不幸体質半端ねえ……。

 俺はがっくりと肩を落とし、大きくため息をつくしかなかった。



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