第4話 偽りのハッピーエンド

 AD1100。次元の狭間を通って未来に戻ったアルドたちは、廃道へと向かった。

 エルシオンの地下に広がる廃棄された区域は、市民から廃道と呼ばれていた。かつては人間と対抗する合成人間たちが根城にしており、現在も複数の残党が身を潜めている。


 青目が言ったのは、廃道で待つ、だけだった。場所までは指定されていない。

 けれど、エアポートに表れた時と同様、どこかで監視していることは予想できていた。


 廃道の地下2階層にさしかかると、ブリッジの脇に積み上がっていた瓦礫の影から、青目の合成兵士が姿を現す。


 その様子は、以前にエアポートで戦った時とはまるで違っていた。

 姿形はそのままだが、動きがやけにスローになっていた。手足の駆動もゼンマイ仕掛けの人形のように歪で、カタカタと軋むようだった。


「ヨカッタ、間ニアッタヨウダナ」


 青目は三人の前に歩み出ると、両手をだらんと下げるようにして立ち止まった。

 モノアイに灯る光が、以前よりもずいぶん弱々しくなっている。おそらく、自ら語っていた駆動限界が使いのだろう。


「お前、もうすぐ動けなくなるのか?」


「駆動限界ガ近イ。モウ満足ニ手足ヲ動カスコトモデキナイ。イマ、オ前タチト戦エバ、相手ニモナラナイダロウ。ドウスル、ワタシヲ殺スカ?」


「あいにく、そのつもりはない」


「……ソウカ。デハ、聞カセテクレ。アノ、メッセージボールヲ受ケ取ッタ人間ハ、ドンナ反応ヲシタ?」


「その前に、あのメッセージボールについて教えろ。お前から受け取ったメッセージボールと、あの時代にクレーゼルが残したメッセージボールに残されていた音声は、違うものだった」


「ソウカ。ヤハリ、確カメニイッタノダナ。魔獣ハ、倒シタノカ?」


「やっぱり知ってたのね。だから――わざわざ、メッセージボールを渡す前に、私たちの力を試したのね?」


「オ前タチハキット魔獣討伐ニマデ関ワルダロウト思ッテイタ。魔獣ニ倒サレルヨウデアレバ、依頼シテモ意味ガナイ。スーベニールヲ、失ウダケダ」


「あのメッセージボールの中身は、お前が書き換えたんだな?」


「ソノ通リダ。ワタシハ、アノ、スーベニールヲ拾ッテカラズット、アレガイッタイナンナノカ解析ヲ続ケテイタ。ソシテ、ツイニ、パスワードノ解読ニ成功シタ」


 青いモノアイが明滅する。それはどこか、悲し気に微笑むようだった。


「ダガ、待ッテイタノハ失望ダッタ。確カニ、アノ、スーベニールニハ強イ想イガ籠ッテイタ。ダガ、アレホド救イノナイモノダトハ、悲シイモノダトハ――ワタシハ、自分ガ意識ヲ持ッテカラズット大切ニシテイタモノヲ、ハッピーエンドニ変エタカッタ」


「だから――彼の最後の言葉を、書き換えたってのか?」


「原理ハ、サウンド・オーブト同ジダッタ。音ノ素材ハスデニ保存サレテイタ。ソノ素材ヲ元ニ、同ジ肉声デ、違ウ言葉ヲ記録シ直スコトニ、技術的ナ問題ハナカッタ」


 アルドは、青目討伐の依頼を受けた時、レンジャーたちから聞いた言葉を思い出した。


 やつらは普通の合成兵士とは違う奇妙な剣技を使ったり、魔法に似た技を使うやつもいる――やつらは機械であって、機械じゃない。


 人と同じように魔法科学を扱えるからこそ、そう言われるようになったのだろう。そして、サウンド・オーブは魔法科学の典型だった。


「ワタシハ、タダ、ワタシノ、スーベニールヲ、ハッピーエンドニシタカッタダケダ」


「クレーゼルが、どんな気持ちでメッセージを残したと思ってるの。それを勝手に上書きして、なにがハッピーエンドよ。そんなもの、まやかしだわ。なにより許せないのは、そのまやかしに、私たちも巻き込んだってこと」


 青目はエイミの方にモノアイを向ける。けれど、なにも言わずに、改めてアルドに向き直った。


「時間ガナイ。サァ、教エテクレ。ドウダッタ? 母サンハ、ナントイッタ?」


「……母さん? お前の母さんじゃないだろ」


 アルドは思わず顔を顰める。

 だが、次に聞こえてきたのは、クレーゼルの声だった。


「教えて。母さんは僕のメッセージを聞いて、なんていってたの?」


 青目は、メッセ―ジボールに保存されていた若者の声で告げる。

 異様な光景だった。

 アルドは廃道に入る前、エイミが調べてきた、合成人間がまだ人間と共に暮らしていたときの記録を思い出す。


 青目の合成兵士は、より人間を理解するために開発されたものだった。

 人間を深く学習し、感情を獲得するための試作モデル。それが、人間のように振舞い、人間の剣技を使い、魔法に似た技さえ用いる、奇怪な合成兵士の正体だった。


 青目は、学んだのだろう。

 クレーゼルの声を何度も再生し、分析し、その感情を理解しようとした。その果てに、自らをクレーゼルだと混同してしまったのだ。


「さぁ、教えてよ。母さんは、喜んでくれた?」


「アルドさん、彼ハモウ持タナイ。伝えてあげてクダサイ」


 リィカが、寂しそうに言ってくる。

 エイミの方を見ると、渋々といった様子で頷いてくれた。


 アルドは、メッセージボールを渡した時のソルマの様子を青目に伝える。


 話を聞き終わると、青目は、立っていることさえできなくなったように膝を突いた。


 青いモノアイを明滅させながら、力を振り絞るように声を紡ぐ。

 それは、クレーゼルの声と合成兵士の合成音が混じり合った、奇妙な呟きだった。


「そうか。よかっタ。母さんは笑ってクレたノカ。よかった。コレデ――ハッピーエンドに……」


 モノアイから、完全に光が消える。

 青目は、人の命の灯が消える時にそうなるように、力が抜け、がくんと首を曲げるようにして動かなくなった。


「……私は、こんなの認めない」


 短い沈黙の後、エイミが呟く。


「その人の物語は、その人によって紡がれるべきよ。残された想いを勝手に捻じ曲げるなんて許されない。それは、その想いを受け取った人にとっても侮辱だわ。たとえどんな理由があっても」


「デモ、ソルマさんは、笑ッテマシタ。本当のメッセージが届いていれば、キット、穏やかに亡くなることはナカッタデショウ」


「わかってる。でも、それでも……たとえそが悲劇だったとしても、変えちゃいけないものはあるのよ」


 アルドは、青目が沈黙してからも、ずっと剣の柄に手を掛けたままだったことに気づいた。

 そっと手を離してから、二人に向き直る。


「俺には、なにが正しかったなんてわからないよ。コイツにはコイツの信じるものがあった。エイミにも信じるものがある。みんな、自分の信じるもののために全力を尽くす。それだけだろ」


 ちらりと青目を見てから、気持ちにケリをつけるように背を向ける。


「今回は、事情を知らなかったにしろ、俺たちはこいつの思惑に巻き込まれた。こいつは、自分が望むハッピーエンドを手に入れた。つまり、こいつの想いがそれだけ強かったってことだ」


 エイミは複雑そうな表情でアルドを見つめる。長らく合成人間と闘ってきた彼女には、すぐには受け入れられなかった。

 けれど、短い沈黙のあと「そうね、そうかもしれない」と呟いた。


「さぁ、エルシオンに戻ろう。ずいぶん寄り道をしちまった。俺たちは、俺たちの信じるもののために戦わないと」


 アルドはそう言って歩き出す。


「ええ、そうね。私たちは私たちの信じるもののために」


「ワタシハ、皆さんの進むミチをせいいっぱいサポートします」


 アルドたちは、廃道を後にした。

 自分たちの進む道を信じ、旅を続けることを改めて心に誓いながら。



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機械人形にハッピーエンドの眠りを 瀬那和章 @sena_kazuaki

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