第3話 ギロアナ討伐戦

 翌日、アルドたちに訃報が届いた。

 グラハムが家を訪ねて来て、ソルマが死んだことを告げた。

 息子の無事を知り、ギリギリで持ちこたえていた気力の糸が切れたのかもしれない。今朝、グラハムが訪ねると、穏やかな表情で眠るように息を引き取っていたそうだ。


「ありがとう。昨日もいったが、あんたたちがきてくれて、よかった。ソルマ先生も安心して逝けたと思うぜ」


 グラハムはそう言いながら、昨日会った時の強面な印象など欠片も残らないほど、泣きはらした目で何度も礼をいった。


「王宮にいる息子さんには、このことを伝えるの? きっと、がっかりするわね」


「もちろん、そうしたいさ。だけどな、どうやって連絡をとったもんか。メッセージボールが届いただけだからな」


「王宮の関係者なら、今、村にきてるんじゃないか? 昨日も、王宮の兵士の恰好をしたやつらとすれ違ったけど」


「あぁ、巡回の兵士のことだな。さっそく聞いてみたんだが、グローセルなんて魔導士は知らないそうだ。王宮勤めの魔導士の数はそう多くないはずなんだがな――まぁ、とにかく、あんたたちには改めて、礼をいいたくて来たんだ」


 グラハムは最後にもう一度だけ礼をいうと、葬式の準備があるといって慌ただしく戻っていった。


 来客が去ってから、アルドたちは遅めの朝食を取るために村の食堂に出かけた。

 石畳の上に並んだテーブル席で、ハムが挟まった丸パンを齧りながら、アルドが呟く。


「なんか、引っかかるんだよなぁ」


 目の前でコーヒーを飲んでいたエイミが、まだ少し眠そうに目を擦りながら答える。


「さっきの、クレーゼルさんの居場所が、王宮の人に聞いてもわからなかったってこと?

 別に、みんながみんな顔見知りってわけでもないでしょ」


「まぁ、そうなんだけど……他にも気になるんだ。どうしてこの時代のメッセージボールは、ソルマさんのところに届かなかったんだろうな」


「ギロアナという魔獣ニ、お手紙を配達スル人タチが襲ワレテシマッタのカモ、シレマセン」


「いや、ギロアナは縄張りから出てこないから、旧街道を通らなければ襲われることはないはずなんだ。土地勘のない旅人なら迷い込むこともあるかもしれないが、配達の仕事をしている人が巻き込まれるとは思えないな」


「メッセージボールに音声をいれただけで、出さなかった可能性もあるんじゃない? 忘れてたとか、失くしちゃったとか」


「……そうかもしれない。でも、引っかかるんだよな」


 アルドは、手の中に残った丸パンを口に放り入れながら、何気なく刀の柄に触れる。

 それだけで、仲間たちにはアルドの考えていることが伝わった。


「確かめに、いくつもり?」


「……あぁ。どちらにしろ、ギロアナは大勢の人を殺し、バルキオー村を苦しめてきた魔獣だ。今まではどうしようもなくて放っておいたけれど、討伐しておくべきだと思う」


 ギロアナがキャラバン隊を襲った時、まだアルドは警備団に入ったばかりで、剣の扱いも未熟だった。当然、討伐隊に選ばれることはなかった。


 かつてなら、魔獣と闘うなんて想像すらできなかった。

 けれど、今は違う。剣の腕を磨き、数々の強敵と闘い、いくつもの死線を越えてきた。なにより、頼れる仲間がいる。


「今の俺たちなら、それができるはずだ――手伝ってくれるか?」


「しかたないわね。まぁ、乗りかかった船って言葉もあるしね」


 恩着せがましくいいながらも、やる気は十分のようだった。エイミは、さっきまでの眠気はどこかに飛んでいったように腕を回している。


「ワタシも、同行サセテイタダキマス。元より、メッセージボールを届けタイとお願いシタノハ、ワタシですノデ」


「ありがとう、二人とも」


 それから、アルドたちは武器屋で装備を整え、カレク湿原にある旧街道へと向かった。

 だが、アルドには二人に話していないことが一つだけあった。

 かつて、ギロアナに殺された討伐隊の中には、アルドが兄のように慕っていた剣士がいた。


          ***


 封鎖された旧街道は、荒れ果てていた。

 周りの湿地帯よりも一段高く土が積み上げられ、かつては大勢の旅人たちに踏み固められていた舗装路は、あちこちが崩れ落ち、湿原の中に沈もうとしてるようだった。


――勝ち筋が見えた時こそ、警戒を怠るな。罠にかかるのはいつだって、こちらが攻めていると勘違いしている時だ。


 アルドの頭の中に、遠い日にかけられた言葉が過る。

 ギロアナが巣食う旧街道は封鎖され、警護団でも討伐任務は行わないことが決まったとき、仇を討つ機会はもうないのだと諦めた。

 最近では思い出すことも少なくなっていた。

 けれど、アルドの振るう剣の中には、彼から教わった技が色濃く受け継がれている。


――お前の剣は、素直すぎる。狙いも次の行動もまるわかりだ。フェイントを混ぜろ、あえて無駄を作れ。敵が予想できない発想を味方にすれば、お前はもっと強くなる。


 ぬかるんだ道を踏み締めながら、アルドは、自分に剣の握り方を教えてくれた人のことを思い出していた。


 ……リドさん、やっと仇を討てそうだよ。


 三人がバルキオー村を出てから、空には雲が広がって陽の光を遮っていた。

 どんよりとした風景が、余計に感傷的にさせるのかもしれない。


 リドは、アルドよりも5つ年上の警護団だった。

 歳が近いこともあり、入団してからもなにかにつけて面倒を見てくれた。

 そして、自己流でしか剣を扱ってこなかったアルドに、基礎を叩き込んでくれた。


 剣の扱いに優れ、面倒見がよく、なにより人を惹きつける魅力のある人だった。ちょっと酒にだらしない所があるものの、それも含めて団員たちから愛されていた。

 やがては警護団を率いる人物になるだろうと誰もが期待していた。


 けれど、ギロアナの討伐に向かい、帰ってこなかった。

 討伐隊が出立する朝、アルドは出立する警護団を村の外まで見送った。あの時の、先頭を歩くリドの背中を、今も覚えている。


「アルドさん、正面に熱源反応ガアリマス!」


 リィカの声に、アルドは我に返る。

 剣を突き放ち、遭遇に備えた。


 次の瞬間、湿地の水が大きく盛り上がったかと思うと、巨大な魔獣がアルドたちの前に姿を現す。


「……こいつが、ギロアナか」


 それは、巨大なサソリに似た姿をしていた。

 牛三頭を縦に並べたような巨体。体は毒々しい紫色で、正面には大きさも形も異なる目が六つ、子供が無造作に並べたように張り付いている。

 背後には針のついた長い尻尾がゆらゆらと揺れていた。そして、普通のサソリであればハサミがついているはずの左右の前足には、城の門扉のような分厚い甲殻の盾があった。


「うわ、虫系の魔獣だったのね。苦手だなぁ」


 エイミが、緊張を含ませた声で軽口を放つ。

 だが、リィカの次の言葉で、そんな余裕はかき消えた。


「アルドさん、アレを、見てクダサイ! 後ろ、巣のヨウナものが、アリマス」


 リィカが指さしたのは、ギロアナが飛び出してきた湿地の奥だった。

 そこには、石や流木を積み上げた横穴状の巣があり、その中には、人間と変わらない大きさの卵がびっしりと並んでいた。


「そうか。こいつが三年前、急にここに現れて居座ったのは、卵を産むためだったのか」


 アルドは、育ての親でもある村長から聞いたことがあった。

 魔獣には、何年もかけて卵を孵化させる種類のものがいる。そして、長い時間をかけて孵化した魔獣は、生まれたときから親と同等の凶暴さを持つといわれている。


 多くの凶暴な魔獣が生息する北部よりも、人間が住む場所の方がよっぽど外敵が少なく食べ物に溢れている。そのために、この魔獣は長い距離を移動してきたのだ。


「もう、メッセージボールどころの話じゃなくなったわね」


「あぁ、あれだけの数のギロアナが野に放たれたら、バルキオー村も……王都だって危ない」


 ギロアナが旧街道から動かなかったのは、産卵のためにすぎない。

 ならば、卵がかえれば、親も子も、縦横無尽に辺りを荒らしまわるだろう。その被害が、三年前のキャラバン隊の比ではないことは、想像するまでもなかった。


「今、ここで、あいつを倒す!」


 アルドが剣を構え直す。

 言葉の意味がわかっていたように、ギロアナは地面を這うようにして駆け出した。サソリそのものの動きと速さで、瞬く間に三人との距離を詰める。


「きたわよっ」


「先手必勝、考エルより撃つがヤスイ、デス!」


 リィカが彼女が持っている中で最大火力のレーザーを撃ち出す。

 だが、ギロアナは膨大な熱量の白刃を、右手についている盾で受け止めた。硬い外皮で作られた巨大な盾には、傷一つついていない。


「カナリの硬度、あの装甲を貫けるモノハ、ワタシの搭載している兵器にはナイ、デスネ」


 リィカが分析している間も、ギロアナは盾を前に突き出し、身を守るようにして接近してくる。


「熱線がだめなら、斬撃だな」


 アルドは呟くと、ギロアナに向かって飛び出す。

 裂帛の気合いと共に、渾身の一撃を繰り出した。


 鈍い音と共に、手に痺れが走る。

 剣は、再びギロアナの前足の盾に阻まれていた。盾には、傷一つついていない。


 次の瞬間、盾を飛び越えるようにして、尻尾がアルドに襲い掛かった。

 弾けるように横に飛んで交わす。

 一瞬前までアルドがいた場所を、巨大なサソリの尻尾が貫いていた。先端についている針は、深く地中へとめり込んでいる。


 いったん後退して距離をとったアルドたちに向けて、ギロアナは威嚇するように吠える。呪いを孕むような、禍々しい雄叫びだった。


「前足が盾、尻尾が槍ってわけか。知能もそれなりにあるようだ、やっかいそうだな」


 アルドは、仲間たちに声をかける。


「どうするの? このまま盾が砕けるまで殴り続ける?」


「オススメはシマセン。盾が割れるヨリモ、ワタシたちが消耗スル方が早いと推定シマス」


 根が武術家らしい脳筋な提案をしてくるエイミに、リィカが機械の冷静さで答える。


「まずは、やっかいな尻尾を切り落とす。その後で、俺があの盾をどうにかしてこじ開けるから、二人は、盾の隙間から本体に遠距離攻撃をぶつけてくれ」


「オーケー。任せて」


「ワカリマシタ! お気ヲツケテ」


 雑な作戦、いや、作戦とも呼べない単純な役割分担だ。

 けれど、戦いの最中に交わすには十分だった。

 アルドは二人の反応を背で聞きながら、巨大なサソリを目掛けて駆け出す。


 想定通り、駆け抜け様に繰り出した斬撃は、盾に弾かれる。

 だが、本命は次だった。


 立ち止まった隙を目掛けて襲い掛かってくる尻尾。

 凶悪な毒針を半身で交わし、下から斜めへ斬り上げる。

 最大の脅威であった尻尾は、本体から離れ、宙へと舞い上がった。


 だが、ギロアナは怯まなかった。

 剣を振り上げた格好のアルドにめがけて、素早く前足を突き出す。

 さっきまで防御に使っていた巨大な盾で、左右から挟み込もうとしていた。


 アルドには、突如、左右に巨大な壁が出現したように見えた。

 剣を振り抜いたせいで、初動が遅れる。

 逃げ出そうにも、壁は肩に触れるほどに迫っていた。


 刹那、アルドの両側から、爆ぜるような音が重なって響いた。


 駆け寄ってきたリィカの槌が、右側の盾に打ち込まれ動きを止めていた。

 左側から迫っていた盾は、エイミが正面から打ち付けたウィンドスマッシュによって、斜めに軌道を逸らされている。


「役割分担は交代ね。アルド、いって!」


「弱点は頭部ト、推定サレマス!」


 二人の攻撃によって迫ってくる壁の動きが止まり、前後に隙間ができていた。

 アルドはその隙間を、一瞬の迷いもなく駆け抜ける。

 後退は、頭の片隅にもなかった。

 盾の隙間を抜け、ギロアナの本体へと肉薄する。


 アルドは踏み込んだ足を沈みこませると、思い切り跳躍する。

 体は軽やかに宙を舞う。そのまま、落下に合わせて剣を脳天に突き刺してやろうと剣を振り上げる。


 ギロアナの七つの目が、為すすべなくアルドを見上げる。

 勝利を確信した、瞬間だった。


 アルドの頭の中に、遠い日の声が聞こえた。


――勝ち筋が見えた時こそ警戒を怠るな。


 意識を周囲に走らせる。

 刹那、視界の端に影がよぎった。


 なにかが迫ってくる。

 視線を向けると、斬り落としたはずの尾が、アルドに向かって突き出されていた。


 再生能力っ。あの僅かな時間で、斬られた尾を再び生やしたってのか。


 再生能力がある魔獣には遭遇したことがあった。だが、勝ち筋が見えたせいで、そのことに対する警戒が薄れていた。


 頭の中で、自分の迂闊さを呪う。

 だが、次の瞬間には、身を守る発想が頭を貫いていた。


――敵が予想できない発想を味方にすれば、お前はもっと強くなる。


 空中で体を捻り、背を向ける。

 尾に付いた毒針が、アルドの無防備な背中を引き裂くように迫る。


 本来なら、掠っただけでも致命傷だった。

 けれど、アルドが受けたのは衝撃だけだった。


 毒針は確かにアルドの背を掠めていったが、体には傷一つない。


 ギロアナの尾は、アルドの背に担がれている大剣オーガベインによって塞がれていた。

 アルド自身の意思では抜くことのできない伝説の剣。その剣を収める鞘は、ギロアナの毒針を完全に受け止めていた。


 衝撃を逃がすようにして空中でバランスを取り戻すと、ギロアナの頭上へ着地する。

 足裏でギロアナの硬い甲皮を感じると同時、アルドは一番大きな目に向けて、深々と剣を突き入れた。


「これで、おわりだっ!」


 研ぎ直されたばかりの剣は、刀身の半ばまでを易々と体内に沈めた。

 ギロアナが、断末魔の悲鳴を上げる。


 傷口から、緑色のどろりとした体液が溢れてくる。

 アルドは飛び降りると、激痛に悶えるサソリと距離を取った。


 ギロアナはしばらく溺れるように全ての足をバラバラに動かしていたが、ついに力尽きたように動かなくなった。


 かつてバルキオー村に惨劇をもたらし、そしてこれから未曾有の災厄をまき散らそうとしていた魔獣は、全ての足を地面にぺたりと伸ばすようにして巨体を旧街道に横たえた。


「やった、か」


 アルドが呟くと、隣にいたエイミが拳を突き出し、肩を小突いてくる。


「あたしたちにかかれば、こんなものでしょ」


「でも、最後のは危なかった。今度、オーガベインと話すとき、どやされそうだな」


「でも、よかったね。こいつと、なんか因縁があったんでしょ」


「……気づいてたのか。あぁ、大切な人が、こいつにやられた」


「水クサイデス。塩素ニヨル消毒がヒツヨウデス」


 リィカが冗談なのか本気なのかわからない言葉を吐き、アルドとエイミは顔を見合わせて笑った。


「アルドさん、卵を焼き払うのはワタシにお任せください。ツイデに、ギロアナの本体も、焼き払ってオキマス」


「あぁ、頼むよ」


 リィカに後始末を依頼し、アルドは魔獣があらわれた湿地帯を捜索する。

 すぐに、探していたものを見つけることができた。


 ギルドアの巣の後ろには、無造作に白い骨が転がっていた。

 それは、魔獣によって命を奪われたキャラバン隊や討伐隊の、白骨化した亡骸だった。


「あとで村に報告して、弔わないといけないな」


 短い黙祷を捧げてから、白骨の海の中を歩く。

 そして、見覚えのあるものを見つけた。


 柄に赤い宝石が埋め込まれた長剣が、湿原に墓標のように突き立っていた。

 アルドに剣の握り方を教えてくれた、リドの愛剣だった。


 歩み寄ると、その傍に、剣に向けて手を伸ばすようにして倒れている剣士の骨があった。

 身に着けている鎧から、かつての憧れの人だとわかる。


「……リドさん、仇はうったよ」


 剣を引き抜くと、そっとリドの亡骸の隣に横たえた。


 ギロアナを倒す時、リドの言葉が頭をよぎった。

 あれがなければ、毒針が再生したのに気づかず、オーガベインで受けるという発想も浮かばず、毒針に貫かれていただろう。


 ……最後に、また助けてもらったよ。


 心の中で、呟く。

 戦いの最中に頭に過った声は、厳しいものだった。

 普段のリドは、もっと優しく陽気な声をしていた。けれど、そっちの声は、もう思い出すことができない。


 最後にもう一度、あなたの声が聞きたかった。


 バルキオー村で息を引き取った、ソルマのことを想った。

 死ぬ前に息子の声が聞けたのは、アルドが思っていた以上に、幸せなことだったのかもしれない。


「ねぇ、アルド、ちょっとこれを見て」


 エイミが声をかけてくる。

 振り向くと、少し離れた場所でしゃがみ込んでいた。


 歩み寄ると、エイミは湿原から拾い上げた球体を差し出してくる。

 それは、アルドたちがソルマに届けた、メッセージボールだった。


 アルドたちが青目の合成兵士から受け取ったものよりもずっと綺麗だった。表面には傷や腐食はほとんどなく、銀色の光沢を放っている。


 ついていた泥を払い落とすと『バルキオー村のソルマへ、クレーゼルより』という見覚えのあるメッセージが見える。


「……どうして、これが、ここに?」


 アルドが呟く。

 クレーゼルはギロアナから逃れて王都へたどり着き、傷を癒し、現在は王宮の魔導士として雇われているはずだった。


 ここに、メッセージボールが落ちているはずがない。

 ここにあるということは、湿地に散らばっている亡骸の中に、クレーゼルがいるということだ。


「確かめてみよう。そうしなきゃダメだと思う」


 エイミの言葉に、少し迷ってから頷いた。

 他人へのメッセージを勝手に聞くのは気が咎める行為だが、アルドもこれを放っておくことはできなかった。


 自分たちがメッセージボールを届けたソルマは、もうこの世にはいない。

 だが、自分たちが届けたものがいったいなんだったのか、知る必要がある。


 ソルマが使っていた合い言葉を、呟く。


「――“紅茶のミルクと優しさは忘れちゃいけない”」


 メッセージボールが、淡い光を放つ。

 そして、昨日聞いたのと同じ、クレーゼルの声が聞こえた。


『母さん……ごめん。魔獣に襲われて、僕はもう、王都までたどり着けそうにない。今まで育ててくれて、ありがとう。僕は、あなたの息子で――幸せでした』


 同じ声だったが、内容はまるで違った。

 途切れ途切れの言葉、掠れた声、まるで命が突きかける直前に、最後の言葉の残そうとしたようだった。


「魔獣に襲われて、死ぬ前に、きっとメッセージを残したのね。遺言……いえ、いつか魔獣が倒された時、このメッセージボールが母親の元に届くかもしれないと信じて」


「どうして、俺たちが運んだメッセージと違うんだ?」


 昨日、ソルマに届けたメッセージボールと、今、アルドの手の中にあるものは、間違いなく同じものだった。現代と未来で、残された言葉だけが変わっている。


「アルドさん、可能性ハ、一つシカナイと思ワレマス」


 話は聞こえていたのだろう。魔獣の卵を焼き払ったリィカが、後ろから近づいてくる。

 エイミも同じことを考えていたようで、両手の拳を軽く合わせながら頷く。


「……あぁ、そうだな。青目のところにいこう」


 そう呟くと、アルドはそっと、メッセージボールを元にあった場所に戻した。



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