幕間
懐旧
ある一人の男が、昔語りをした。
「×××──と。確か、そう名乗っていましたっけ。ええ、そうです、縁起の良いものでもないでしょうに、
彼女とそう歳の変わらぬ女たちも、口々にその少女のことを語った。
「×××殿という方がいらっしゃったんです。──ええ、はい、それはもう、私の大切な友人です。お互いにその身の上をよく知らない時分より、良くしていただいて……。──あ、私の方から声をかけたんですよ。お友達にならないかって。そうしたら、わかりやすく戸惑っていました。可愛らしかったなあ、×××殿。今頃何をしていらっしゃるのか知らないけれど、元気に過ごしてくださっているなら何よりです。いつか私たちが彼女のもとへ参った時も──そうですね、見逃して差し上げたい。それくらい大切なお方ですよ」
「君子とは言い難かったが、
商人が、
「せやなあ、可愛い子は世の中にごまんとおるねんけど、今此処におらんくて印象に残っとる子っちゅーたら、やっぱ×××ちゃんやろなあ。あ、手は出してへんで?ごっつ可愛かったねんけど、何て言えばええんかな……こわい人ってのが、ようわかる子やってん。一見頼りなさげで幸薄いようにも見えるねんけど、俺にはわかるんよ。商人の勘っちゅー奴や。──ま、よう知らんけど」
「女の子に振られたこと? あるある、いっぱいあるよう。ついでに、平手でひっぱたかれたこともね。──そうそう、×××ちゃん。
「……僕の恩人ね、×××っていうの。あんまり縁起の良い名前じゃないんだってさ。でも、僕はあの子の名前、好きだなあ。あの子は、僕のことを怖がりはしたけど、僕の嫌いな偏見や差別の目を向けることはなかったから。それに、強かったからね、×××。力はないし、武術を修めてる訳でもなかったけど……でも、強かったなあ、×××。もう、会えないのかな。──そういえば、縁起ってどういう意味なのか聞くの忘れたままだった。……本当に、また会えたら良いんだけど」
「前の職場の後輩でね、ちょっと人を信じられないみたいな子がいたんだ。どうやら、親しい人との間で色々あったらしくて。私は詳しいところまで聞いていないけれど、相当堪えたんじゃないかな。まあ、私も同じような経験があるからね。色々相談に乗ることもあったけれど、彼女はよくやっていたと思うよ。今は何をしているんだろうねえ。多分、もう会う機会はないと思うな。彼女は祖国に帰ったというから」
つ、と視線を上げる少年がいる。
彼は遠く、日の暮れかかる空を眺めた。その先に、彼女がいると信じて。彼女が、まだ生きているのだという、確信に満ちた目をしながら、傍らの男に言う。
「……そうだな。あれは俺のように生き急ぐ性分ではなかろう。ずっと、死にたくない、死にたくないと口にしていた。それは死への恐怖もあるのだろうが、為さねばならぬことがあるが故であったのだろう。──あの子は、特別になどならなくても良かったのに。普通に生きて死ぬことを責める者がいるのなら、俺が否定したのに。あの子は──×××は、特別にならなければ死ぬと思っている」
「それは──劣等感から?」
「否。危険へ飛び込まんとしているが故に、己を分析したのだろう。あの子は平々凡々で、日常の中に溶け込むような人だ。戦いに身を置いている、または置いていた人々とは真逆の位置にいる。それゆえに、武に武で対抗するのではなく、それ以外で立ち向かわんと企てていた」
「……わざわざ、死地に赴くと? あの、用心深い少女が?」
「自分が死ぬつもりはないのだろう。だが、死ぬ可能性が高いと見越していたのだろうよ。周りに、己を殺せる者が少なからずいる世界に、あの子は飛び込もうとしていた。たった一人で、誰にも頼ろうとせず、独力で。──戦えなければ、役に立てなければ存在を認められぬ理由など、少なくともあの子にはないだろうに。無力でも、技術がなくとも、生きられるのならそれだけで人は尊い。命のやり取りが出来ねば役立たず、
「……それはお前の
呆れたような視線を向けられて、少年は
「たしかにこれは俺の持論だ。押し付けるつもりはなかったが、そう聞こえたのならすまないことをした」
「良いですよ。慣れていますから」
「なら良かった」
少年は微笑んだ。若々しい見た目に反して、やけに達観した笑みだった。
しかし、彼はすぐに眼差しに憂いを宿す。その先にいるのは、一人の少女。
「生来の名を天花といったか、あの子は。──天上界に咲くという聖なる花は、一体何処を天と定めるのかな」
それは、
あるいは、毒を有しながらも
破滅と
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