太陽は嫌いだ。


 長期間暗い中に置かれていると、暗闇よりもむしろ眩しい太陽の光の方が疎ましく思えてしまう。だってあれは問答無用で僕の肌を焼くし、目がちかちかとするし、いつでも上から僕たちのことを見下ろして気に食わない。間違ったものを焼くのだと言わんばかりの眩しさが、好きになれない。

 それに比べて、月明かりは優しい。僕の肌を焼かないし、足下を照らしてくれる。白くて真ん丸で、僕の頭にも似ていると思う。

 僕は白子だ。生まれた時からそうだった。肌にも毛髪にも色がなくて、瞳ばかりが血をこごらせたように紅い。肌は太陽の光を受け入れず、視界はいつもぼんやりとかすんでいる。

 人からも、自然界からも受け入れられないモノ。それこそが僕なのだろう。白子なのだろう。

 何とも傲慢なことだ。中身は同じなのに、異なる生き物のように扱うなんて。人間は傲慢で自分勝手で──考えるだけで吐き気がする。

 僕はかつて京にて権力を握っていた足利将軍家の末子として生まれたらしいけれど、この見た目の上に畜生腹という深すぎる業といっしょに現世へと降り立った。先に生まれた子は殺される手筈になっている──というけれど、白子であることを元将軍閣下である父が瑞兆だと判断して、殺されずに足利の屋敷に置かれているという訳だ。いっしょに生まれてきた子の行方は知らない。

 でもきっと、父は僕のことを息子として見ていないのだと思う。だって、手元に置いておくと言っても、一度も会いに来てくれたことはない。僕は、血を分けた父親の顔を見たことさえないのだ。

 母は数年前まで僕の側にいた。彼女と、限られた乳母のみが僕の世話をした。

 でも、腹を痛めて生んだ子を、母は快く思っていなかったみたいだ。当然だよね、だって相手は人間とはかけ離れた色のない子供──白子なのだもの。

 毎月、片割れのところから書状が送られてくる度に、母は僕をなじった。

 どうして私はお前のところなのか。私だってまともな子を抱き締めたい。天花は私の子だ。なのにどうして家臣共のところに──。

 天花というのは、僕の片割れなのだろう。何故か先に生まれた僕が弟ということになっているけれど、僕としては妹という見解が正しいと思う。だって、先に生まれた子の方が現世で長く生きているだろう? 僕は天花よりも長生きだから、兄の立ち位置に収まると思うのだけれど。


──閑話休題。


 とにかく、母は僕のことが嫌いだった。彼女としては、一般的な容姿をした天花の方が大事だったみたいだ。だって白子は人じゃないから。

 そんな母のことを、僕は可哀想に思っていた。だって可哀想じゃないか。望まずして双子を生んで、まともな方の子とは引き離されて。代わりに白子と暮らせだなんて、あまりにも酷だ。

 何て可哀想な女。だから、僕はある時彼女に持ち掛けた。


「そんなに僕が憎たらしいのなら、刻み煮込んであつものにして、美味しく食ってしまいなよ。そうしたら、僕はあなたのお腹の中でまともな子になって、もう一回ちゃあんと生まれ直すよ?」


 それは悪くない提案だったと思う。少なくとも僕は、きっと彼女が承諾してくれると確信していた。

 しかし、母はぽかんと目を見開いた後に、何が何だかわからない悲鳴を上げて部屋を出ていった。獣のような叫びだと思った。

 僕は後を追わなかった。追う必要などなかったし、そもそも僕は宛がわれた部屋から出ることなど出来ない。何がいけなかったんだろうと考えていると、程なくして乳母が血相を変えて駆け込んできた。


 いわく──母が、首を吊って死んでいると。


 何が悲しかったのか知らないけれど、母は死んでしまった。たった一人で、ぷらぷらと揺れながら。

 母の死に様は可哀想だった。苦しそうな顔をして、糞尿を垂れ流して。しばらく苦しんで死んだのだろうと僕は推測した。

 母にとって、この世とは耐え難きものだったのだろう。望むものは手に入らないどころか、手に入ったところで奪われ、引き離されるような世界なのだから。

 天花とは、それほどまでに愛しく、尊く思える存在なのだろうか。母の葬儀にも参加させてもらえず暇を持て余していた僕は、ふとそんなことを考えた。


 天花。僕の片割れ。母が何よりも望んだもの。


 片割れということだから、僕と瓜二つなのだろうか。それとも、全く似ていない?髪の毛や肌は、母や乳母のような色合いなのかしら。

 考えるだけで胸が躍った。これほどまでにわくわくさせるものに、僕は出会ったことがなかったから、余計天花への興味は高まった。

 

天花。天花。僕の片割れ、可愛い妹。


 世界は陰陽に分かれているという。僕は影の中で育ったから陰だろう。だとしたら、天花は陽だろうか。

 太陽は嫌いだけれど、天花を見たら考えが変わるかもしれない。何と言っても僕の妹だ。母があれだけ欲しがったのだから、さぞ素晴らしいものに違いない。

 僕と出会ったら、天花はどんな顔をするだろう。僕の名前を、どんな声で呼んでくれるだろう。母はとても焦がれていたようだから、天花も僕に会いたくて堪らなかったりするのだろうか。だとしたら可愛い、すごく可愛い。どういった風に可愛がってあげようか、考えるだけで心が弾む。

 僕は薄暗い部屋の中で爪先立ちして、くるくると回った。天花のことを考えながら過ごす一日は、とても楽しかった。

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