第10話 収益の認識時点

「ウリカケキン~!!!!」


「シハライテガタッ!!!!」


「カイカケキンッ♪」


「あぁぁぁぁぁーーーー!!!!! うるせぇぇーーーー!!!!!」


 気づいたら俺達の四方八方には、数え切れないほどのキノコ型のシワケ達が、目まぐるしく群がっていた。そいつらの鳴き声を聖徳太子の如く聞き分け、一匹一匹丁寧にシワケを斬っていく。


 しかもこいつら意外と素早く走り回るもんだから、たった一匹狩ることすら苦戦を強いられた。


「これが本当の"キノコ狩り"ってやつだな! がっはっは!!!」


 (クソつまんねぇ……)


 あまりに慌ただしいもんだから、アーベルトさんのしょうもない言葉に愛想笑いをする余裕すらない。俺は足にまとわりついたカイカケキンを追い払いながら、大きくため息をついた。


「でも結構減ってきたな……あと少しだ」


「マエウケキン~!!!」


「ん?」


 もうひと頑張りしようとしたタイミングで、今までに聞いたことのない鳴き声が背中越しに聞こえてきた。なんだと思い、後ろを振り返ってみる。


「お前は……」


「マエウケキン~?」


「まえうけ……前受金か!」


「ん? どうした坊主? ……おっ、前受金じゃねぇか。お前にこのシワケが斬れるのか?」


 前受金と対峙する俺に、アーベルトさんがそう心配しながら話しかけた。


 たしかに以前の俺なら、前受金の意味が分からずに、為す術もなくボコボコにされていただろう。


 しかし今回の俺は違う。買掛金との戦いで敗北を知った後、すぐにテキストを開いて”予習”をしたのだ。さすがに二度も負けてやるほど、俺もお人好しではない。


「前受金って、要するに商品を渡す前に、売上代金が払われるってことですよね?」


「おお! 珍しく分かってるじゃねぇか!」


「当たり前のことですよ。まあアーベルトさんはゆっくり見ててください」


 アーベルトさんに自信満々にそう言い、脳内にイメージした仕訳を剣に念じた。


 ――えっと……売上代金を受け取ってるわけだから、借方は資産の増加で現金だよな……


 刀身に光る仕訳が浮かび上がる。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 現金 30,000 / 売上 30,000


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 (ってあれ……?)


 仕訳を途中までイメージしたところで、自分の中の違和感に気づく。


「ん? どうした?」


「いや、これだと前受金なんて勘定科目でないなって……だって現金をもらった時点で儲かってるから売上じゃないんですか? 前受金なんて要らないんじゃ……ぐはぁ!?」


 そんなことをグダグダ話していると、顔面に激しい衝撃が襲いかかってきた。視界が一瞬真っ白になり、クラクラと地面に倒れ込む。


「マエウケキン~~~~~~!!!」


「ったく……結局さっきと同じことになってんじゃねぇか!」


 またやられた。仕訳を一生懸命イメージしていた俺は、前受金の助走をつけた跳び蹴りに全く気づけなかったのだ。っていうかなんで簿記を学ぶために、こんな痛い思いをしなければならないんだ。ただでさえ嫌いな簿記が余計嫌いになりそうだ。


「どう……して……」


「お前さっき『現金をもらった時点で儲かってるから売上』って言っただろ? 実は簿記の世界じゃ必ずしも、そうだとは限らないんだ」


「マエウケキン~♫」


 小さな前受金がアーベルトさんの肩に腰掛ける。なんでこいつアーベルトさんには懐いているんだよ。


「なっ……!? 一体どういうことなんだ?」


 痛いほっぺを抑えながら、ゆっくりと起き上がる。


「それはな……こういうことだっ!!!」


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 現金 30,000 / 前受金 30,000


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 アーベルトさんは前受金を鷲掴みにしたまま引きずり下ろした後、仕訳の浮かんだ小刀をその首に思いっきり突き立てた。前受金は苦しそうに手足を激しくバタつかせている。


「マエウケキン!?」


「おらぁっ!!!」


「マエウケ……ギグッ!? ガガガギャギンンンンンンンンン!?」


 アーベルトさんは前受金の首元(らしき部位)に小刀を入れ、それを躊躇なく思い切り切り裂いた。この世のものとは思えない断末魔が辺りに響き渡る。頼むからやめろ、こんなグロいシーン見せられたらトラウマになっていまう。


「いいか? 会計の世界で売上を計上するタイミングってのはな、基本的に現金を受け取った時点じゃなくて、商品を引き渡したりサービスを提供した時点なんだ」


「えっ、現金を受け取った時点じゃ駄目なんですか?」


「ああ。っていうか掛取引や手形取引も、現金を受け取ってないのに売上計上しているだろ?」


 言われてみれば、さっきマキから教わった仕訳では借方に売掛金、貸方に売上が計上されていた。これでは話の辻褄が合わない。


「そもそも企業にとって一番努力を要する活動ってのは、商品を販売して客に引き渡すことなんだ。代金の回収はあくまで副次的なものに過ぎねぇ。経営成績をちゃんと把握するためにも、収益の認識時点は商品を引き渡したタイミングにするべきなんだ」


 アーベルトさんは涼しい顔でそう話しながら、小刀についた謎の液体をハンカチで拭っている。さっきのキノコが再び想起され、気持ち悪くて直視できない。


「うーん……それでも俺は現金をもらった時点に売上を計上するべきだと思うんですけど……お金を儲けるために商品を売っている訳ですし」


「まあ確かにお前の言いたいことも分かる。でもそれじゃあ期間帰属の観点から不都合が生じるんだ。例えば、ある100円の商品を掛取引で売って、代金の回収は次期に行うものとしよう。売上の計上を現金の回収時に行うなら、次期に100円の売上計上がされることになる」


「そうですね。実際に100円受け取って儲かったわけですから」


「でもおかしいと思わないか? もしこれが即日現金払いの取引だったら、売上は当期に計上されるはずだったんだ。でも今回は掛取引だから次期に計上される。さっきも言ったが、企業にとって一番努力を要する活動は、商品を販売して客に引き渡すことだ。同じ商品を同じタイミングで売ったのに、いつ代金を回収するかで計上時期が変わっちまうと、経営成績である売上高を適切な期間に計上できないんだ」


「あー……確かに言われてみれば納得です。そういえばマキも信用取引が主流って言ってましたし、現金の回収タイミングなんてまちまちですもんね」


「そういうこった。マキーナさんに怒られないよう、ちゃんと勉強しとけよ!」


 アーベルトさんが怖い顔をしながらそう釘を刺してくる。っていうか、この人会計に凄い詳しいけど、一体何者なんだろう。マキみたいになにか凄い経歴とか持っているのだろうか。


※コラム「収益認識基準について」(読み飛ばしても大丈夫です)

https://kakuyomu.jp/works/1177354055277093411/episodes/16816452221343895078

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