第11話 世界観

「はあ……」


「どうしたの? ため息なんてついて」


「いや……」


 シワケ達と戦っているうちに、気づけば日は落ちて辺りは真っ暗になっていた。こうなると無理に帰るのも危険らしく、俺達は暗い森の中で外泊することになってしまったのだ。


 っていうか日が落ちたということは、ギルドで依頼を受けてから少なくとも七、八時間は経っている計算だ。さすがに今日は疲れた。早く帰りたい。


「まあ確かに時間が遅くなっちゃったのは謝るわ。とりあえず、ご飯の準備をするからケイトも手伝って?」


 申し訳無さそうにそう話すマキだったが、別にそのことでため息をついたわけじゃない。まあ確かに外泊することになるとは思っていなかったが、そこはまだ百歩譲って許せる。ただ……


「どうして晩飯がキノコの素焼きなんだよ!!!!」


 俺が急に叫んだからか、驚いたマキは両手いっぱいに抱えたキノコをポロポロと落としてしまった。


「しょうがねぇだろ? この森で食えそうなもの、キノコしか無かったんだしよ」


「そうよ。あっ、安心して。毒がないことはちゃんと調べたから!」


 そういうことじゃない。キノコなんてさっき散々見ただろ、しかも人の足が生えたやつ。あんなキモいの見た後によく食おうと思えるな。あのキノコの気持ち悪い断末魔が思わず頭をよぎる。


 アーベルトさんは地べたにあぐらをかきながら、鋭くした木の枝にキノコを刺し、焚き火でそれを焼いている。


「好き嫌いは良くねぇぞ? うちの妹も好き嫌いが多くてよ…………ってあぁぁっ!? しまった!」


「あら、どうしたんですか?」


 焚き火を使ってキノコを焼いてる最中、突然慌てだしたアーベルトさんに、マキは心配の声をかけた。ちなみにマキはレイピアにキノコを刺してる。……おまえさっきそれでシワケ斬ってたよな? きたねえな。


「いや、このあと予定があるのすっかり忘れてまして……悪いけど先帰ります! キノコはマキーナさんのほうで食って大丈夫なんで!」


「帰るって……こんな暗い中で街に引き返すんですか?」


「ん? 何いってんだ坊主? 帰るって言ったら現実世界のほうだろ。お前もたまに帰ったりしてないのか?」


 アーベルトさんのその意外な言葉に衝撃が走る。


「現実世界って……ええっ!? アーベルトさんこの世界の住民じゃなかったんですか!? それに帰るってそんな簡単に……」


「ほっ、ほら! ケイト最近ここに来たばっかだから、まだ勝手が分かっていないのよ! とりあえずここは大丈夫なんで、妹さんのためにも早く帰ったほうがいいですよ?」


「……? 分かりました。坊主もマキーナさんの足引っ張んじゃねぇぞ!」


 アーベルトさんはそう言うと、地面に手をかざし、光る魔法陣を展開させた。アーベルトさんがその上に乗ると、突然体が青白く輝き、一瞬でどこかへ消え去ってしまった。


「……結構簡単に帰れるもんなんだな。ってかこんな夜遅くに一体何の用事なんだろう」


「あっ……ごめんケイト、大切なことを伝え忘れてたわ」


「ん?」


「実はこの世界と向こうの世界とじゃ、時間の進む速さが違うのよ。」


「なっ!? そうなのか!?」


「こっちの世界の一日は、向こうで言うところの一時間に過ぎないの。ケイトが来てから一日ちょっと経ったから、向こうは今十三時くらいかしら?」


 なんだそれ。そういうことはもっと早く言ってくれ。っていうことはアーベルトさんの用事ってのは昼頃の時間にあるってわけか。


 時間の流れが違うなんて聞いてなかったが、ある意味好都合かもしれない。てっきり親が家に帰ってこない俺を心配していると思っていたからだ。そういうことであれば、もう少しこの世界で過ごしても問題は無いだろう。


「まあじゃないと、向こうで入力された仕訳をタイムリーに切れないからね」


「なるほど……そういえば向こうで切られた『仕訳』がこの世界の『シワケ』なんだっけ? あれって一体どういうことなんだ?」


「それはこの世界が『クラウド型会計ソフト』の中だからよ」


「クラウド型会計ソフト? なんだそれ?」


 なんかどこかで聞いたことのある言葉だ。たしかリモートで働いている親父の口から聞いた気がする。多分ビジネスマンが使う言葉で、少なくとも高校生の俺が使うような言葉ではない。


「パソコンにインストールせずweb上で完結する会計ソフトのことよ。端末を選ばずどこでも使えるから、かなり普及してきたわ。パソコンのスペックにも依存しないし、オンライン作業を前提としたChromebookでも使えるの。……まさかその処理を異世界でしているとは思っていなかったけどね。たしかアーベルトさんの会社でも使われてるそうよ」


「それだと会社で入力されている仕訳が異世界に筒抜けじゃないのか?」


「確かにそうね。でも大丈夫。私達は入力された仕訳がどこの会社のものなのかはギルドから知らされないの。さっき斬ったシワケもどの会社の業績に影響するか分からないから、インサイダー取引は出来ないわね」


「そっ、そうなのか……」


 いまいち理解は出来なかったが、クラウド会計ソフトというものが異世界そのものらしい。まあ異世界がなんであれ、俺はここから帰ることができれば正直なんでも良いのだ。


「てかアーベルトさんって、向こうの世界では何をしている人なんだ? 今の話を聞く限り会社員ぽいけど」


「アーベルトさんは確か……上場企業の経営者をしてるって聞いたことがあるわ。会社名は……『大した企業じゃないから』とか言って教えてもらえなかったんだけどね。ちなみに本名は『安倍』さんよ」


 (上場企業の経営者って……めちゃめちゃ凄い人じゃないか!?)


 一体どこの会社なのだろうか気になる。まあ確かにアーベルトさんは雰囲気からしても仕事ができそうだし、やたらと会計に詳しかったのも納得がいく。っていうか『安倍』って。なんでこの世界の奴らは名前をそれっぽい感じにアレンジしているんだ? 俺もやらなきゃ駄目なのか?


「あっ! もうキノコ焼けたんじゃない? 食べましょ!」


 (我慢して食うか……)


 手頃な岩に腰掛けながら空を見上げた。地上の光が弱いからか、雲ひとつ無い満天の星が広がっている。この星空も会計ソフトが創り出したものなのだろうか。そう思いながら焼いたキノコを口にした。


「……案外いけるじゃねぇか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る