第12話 売上原価(費用収益対応の原則)

「いやぁ~! 清々しい朝ね!」


「そうだな……」


 (結局あんまり寝られなかったな……)


 普段家の布団でぬくぬくアニメを見ている俺にとって、地べたで寝るというのは慣れないものだった。ベッドと違って冷たくて硬く、寝心地は最悪だ。体中が痛くて全く疲れが取れていない。寝袋とか用意してなかったのか?


 そんな俺に対して、マキはピンピンしており、足取りもどこか軽い。なんというか、女ってこういうところは凄くたくましいなと思える。


「にしても、昨日はたくさんのシワケを斬ったな。もう腕が筋肉痛だよ」


「そうね。特に昨日は仕入取引のシワケが多かったから、かなり得意になったと思うわ。偶然いろんな企業が同じタイミングで仕入をしたのね。簿記は繰り返し解くことが大事よ」


 俺はマキの『簿記は筋トレ』という言葉の意味が少しわかるようになった気がした。はじめは考えながら斬っていたシワケだが、慣れていくうちに条件反射のように頭に浮かび上がっていた。RPGゲームでモンスターを倒してレベルを上げるように、簿記もまた日々触れることが上達の近道なのだろう。


「そうか、あそこにいたシワケ達って、みんな同じ企業のものとは限らないのか。確かにあんな仕入取引ばっかしてたら、売上以上に費用が膨らんで大赤字だもんな」


「それは間違いよケイト。確かに仕入取引はお金を支払ってする以上、費用のイメージが強いけど、その全額が仕入れをした会計期間の費用になるとは限らないの」


「ん? どういうことだ?」


「会計上で費用に落とし込むのは、その期に売り上げた商品の仕入原価なの。例えば……ある期間に現金で1個100円の商品を10個仕入れたとして、それを同じ期に6個売り上げたとするわ。この場合、当期の費用はいくらになると思う?」


「そりゃあ……100円×10個で1,000円じゃないのか? お金も払っちゃったわけだし」


「いいえ違うわ。この場合に費用に落とすべきなのは、100円×6個で600円よ。ちなみにこれを会計上では『売上原価』なんて呼ぶわ」


「はっ? なんでそんな面倒くさいことするんだ? 4個分だってお金を払ったんだし、同じ扱いしちゃダメなのか?」


 マキの言っている意味がよく分からなかった。俺はてっきり費用というものは、現金で支払った金額そのものだと思っていたからだ。


「会計上では、費用はその会計期間の収益獲得に貢献した部分だけを認識するべきって考えるの。売上とかの収益は、売上原価である商品やそれを販売する人の人件費があるからこそ獲得できるものでしょ? それがきちんと対応していないと、当期分の収益と費用の差額である利益が適切に算定されなくなるのよ」


「そうなのか……でもなんでそこまでして当期の利益を正確に算定しようとするんだ?」


「これは正しく期間の業績比較をするためね。例えばさっきと同じ条件で、当期に商品を1個あたり100円で10個仕入れたと仮定して、それを150円で当期に6個、次の期に4個売ったとしましょう。もし費用と収益が対応していなかったら……こうなるわ」


 マキはそう言うと、あの時のようにレイピアで地面に何かを書き始めた。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【費用と収益が対応しない場合(商品を仕入れた期に一括費用計上)】


 ・当期の損益計算書

 収益 150円×6個=900円

 費用 100円×10個=1,000円

 利益 900円-1,000円=-100円


 ・次期の損益計算書

 収益 150円×4個=600円

 費用 0円

 利益 600円-0円=600円


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「この場合だと、次期が当期に比べて700円増益しているわね。でもおかしいと思わない? 次期は当期に比べて、経営努力が足らずに商品を売った数が2個少ないの。なんでこんなことが起こっているのかといったら、商品を仕入れた期に一括計上している、つまり費用と収益が対応していないことに起因するわ。正しくはこうね。」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【費用と収益が対応する場合(商品の仕入費用を売り上げた個数に応じて配分)】


 ・当期の損益計算書

 収益 150円×6個=900円

 費用 100円×6個=600円

 利益 900円-600円=300円


 ・次期の損益計算書

 収益 150円×4個=600円

 費用 100円×4個=400円

 利益 600円-400円=200円


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「こうすることで、商品を売った数の減少が、減益分として把握できるようになるの。これで経営者は当期と次期の業績を純粋に比較することができるわ」


「なるほど。『現金で払ったから全部費用』ってしちゃうと、計算がめちゃめちゃになるんだな」


「ええそうね。この『現金収支=利益』っていうケイトの勘違いは会計初心者にありがちだから、しっかり勉強しないとね。でもこれで売上原価のシワケは簡単にぶちのめせるはずよ」


 マキはそう言って、手に持ったレイピアを俺の目の前にビュッっと突き出した。


 (怖えって……)

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