キャッシュフロー
第13話 来客
「やっと帰ってこれた……」
「ふぅ、お疲れ様。」
初めてのクエストから帰還し、俺はマキから与えられた部屋にあるベッドへ思い切りダイブした。もうダメだ、全身が疲労と筋肉痛で動けない。
「もう……帰ってすぐ寝たら汚いじゃない! まったく……まあ今日のクエストはお休みにして、ゆっくり休むといいわ」
「えっ、マジ!? よっしゃぁぁぁ!!!!」
この世界に来てから慣れないことばかりで、正直気が滅入っている。そんな俺にとってマキのその言葉は、神からの恵みと言っても過言ではなかった。
「あ、あたしこれから魔法金融庁に用事があるから、ちょっと出かけてくるわね。ちゃんと家事しなさいよ!」
「魔法金融庁……? おっ、おう。分かった」
「あっ、あと雨が降るらしいから洗濯はしなくていいわ、部屋の掃除をお願い。頼んだわよ!」
なんか随分ふざけた名前を聞いた気がしたが、疲れているしとりあえずスルーしておいた。今さらそそんなものに突っ込んだら、これからキリがないだろう。
玄関ドア近くでマキの「じゃあね」という声の後、ドアの閉まる音が部屋の角まで響き渡った。どうやらもう行ってしまったようだ。マキも疲れているはずなのだから休めばいいのに。なんて思いながらベッドでゴロゴロと体を転がす。
――疲れたしとりあえず昼寝するか……掃除は起きてからにしよう。
そう思い、布団を被って目を閉じた。
***
――コンッ、コンッ
「……うーーん?」
何時間寝ていただろうか。玄関のほうから聞こえてきたドアをノックする音で目を覚ます。マキがなにか忘れ物でもしたのだろうか。いや、だったらドアをノックせずにそのまま家に入ってくるはずだろう。おそらくマキを訪ねに来たお客さんだ。
「……居留守は流石にまずいよな。はーーーい! 今出ます!」
まだ眠い目をこすり、ドア先の来客に聞こえるよう声を掛けながら玄関へ向かう。マキは今不在であることを伝えて適当にあしらおう。そんな風に考えながらドアを開けた。
「はいはい……どちら様で……」
「はうっ!?」
俺の耳に、突如甲高い驚きの声が飛び込んできた。目の前に立っていたのは、俺より頭ひとつ分背の小さい、眼鏡を掛けた全身ずぶ濡れの女の子だった。身にまとっている上品な真紅のブラウスと黒のフレアスカートからは水がしたたっている。外へ目を向けると、バケツを引っくり返したような土砂降りの雨が、大きな音を立てて降り注いでいた。
「えっと……あの……」
彼女はオドオドしながら言葉を詰まらせていた。ビー玉のようにに大きい黒目が、眼鏡のレンズ越しに見開かれている。ぱっと見た感じ自分より年下のように見え、なんというか小動物みたいで可愛らしい。
「ごめんね。マキ……じゃなくてマキーナさんは今家にいないんだ。なにか用かな?」
迷子の女の子に話しかけるよう、少し中腰になりながら優しい口調で話しかける。
「その……マキーナさんに伝えたいことが……ハクション!!」
「だっ、大丈夫!? 風引いちゃうから、とりあえず家入って!」
「ずっ、ずみばべん……」
幼さが残る綺麗な顔立ちに似合わない鼻水を垂らす彼女を家に入れ、暖炉近くの椅子へと誘導する。そして俺はすぐにチェストからバスタオルを取り出し、彼女へ手渡した。
――前にマキがここからタオルを取り出してたんだよな……覚えててよかった。
「寒くない? いま温かいお茶入れるから待ってて」
「ありがとうございます……」
胸元まで伸びた黒髪をわしゃわしゃとタオルで拭きながら、彼女はブルブルと体を細かく震わせていた。あんな豪雨の中、傘もささずにいたのだから仕方ないだろう。
「えっと……お兄さんは一体……」
「あっ、俺はケイトっていいます。その……ちょっと訳があってこの家で生活させてもらってるんだ」
「あっ! そういえばお兄ちゃんから聞いたことあります! 新しいお弟子さんですかね? あの人に弟子入り志願する人たくさんいますし」
「まっ、まあそんな感じかな! ははは……とりあえず、お茶どうぞ」
弟子と言われると違和感がすごいが、他に自分を形容する言葉が見つからず、そう誤魔化すしかなかった。にしても弟子入り志願とは、マキはこの世界でも何気に凄いやつらしい。
「私はサナっていいます。実は私もマキーナさんに弟子入りしてまして。よく一緒にクエストに連れて行ってもらっています。もしかしたら一緒のパーティーで依頼を引き受けるかもですね!」
意外なことに、こんな大人しくて可愛い女の子もシワケを斬っているらしい。もしかして、この世界は人手不足なのか? どうも彼女が剣を振って戦う姿がいまいち想像できない。見た目も性格もマキとは正反対だ。
っていうか『サナ』って。ここに来てやっと普通の名前の人が現れた。
「そういえばマキに伝えたいことって?」
「はい。えっと……」
「ただいまー! いやー凄い雨ね! まさかここまで降るなんて思わなかったわ!」
サナさんがそう言いかけた瞬間、玄関のドアが勢いよく開き、元気いっぱいにマキが家の中へ入ってきた。いや、めちゃめちゃタイミングいいな。タイミングピッタリじゃないか。
「マキーナさん! すみませんお邪魔しています」
サナさんはマキを一目見ると、椅子から立ち上がって背筋を伸ばし、かしこまりつつも、どこか砕けたような挨拶をした。その様子から二人の交流の深さが伺える。
「あら、サナじゃない! なにかあったの?」
「はい、実は……」
マキからそう尋ねられたサナさんは、そう口を開いた。
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