第14話 CF
「実は……今日予定していたクエストが、中止になりまして」
「あら、一体どうして? 決算期が近くなるこの時期から、シワケが沢山現れる見込みだって聞いたけど」
「それが……私達がシワケを斬る予定の会社が倒産したらしくて……」
「あー……なるほどね」
どうやら話を聞く限り、彼女ら二人で受けていた予定のクエストが、企業の倒産で無くなってしまったらしい。まあ確かに仕訳を入力する企業がいなくなってしまったら、こちらはどうしようもない。俺たちの仕事はあくまでシワケを斬ることであり、企業の経営を再生することではないのだから。
「かなりの利益をあげてる企業だったみたいですけど、資金がショートしたらしくて。いわゆる『黒字倒産』ってやつらしいです」
「……えっ? 利益あげてるのに倒産するなんておかしくないか?」
サナさんの言葉に違和感を覚えた俺は、思わず二人の会話に割り込んだ。俺のイメージしていた倒産とは、儲かっていない赤字の企業がするものだったからだ。利益があるのに倒産だなんて、矛盾している。
「あら、知らなかったの? 今の時代、倒産している半分近くの企業は黒字なの。企業が倒産するにあたって、その企業が黒字か赤字かどうかは必ずしも重要じゃないのよ」
「うーん、なにがなんだかさっぱりだ……」
「じゃあケイトさんに質問です! 企業はどんな状況になったら倒産すると思いますか?」
頭を悩ます俺に助け舟を出すように、サナさんが元気よく手を挙げながらそう質問する。
「いや、だから企業が赤字のときじゃないのか?」
「いえ、それだけじゃ不十分です。もっと深く掘り進めてください。ケイトさんは企業が赤字だと何が困ると思っていますか?」
「うーん……お金が払えなくなる?」
「正解ですケイトさん! そうです、企業が倒産する原因は『お金が払えなくなること』なんです。極論を言ってしまえば、企業が赤字だとしても、お金さえ持っていればいくらでも延命できちゃうってことなんですよ」
「現金は企業の血液なんてよく言ったものね。ケイトは『財務制限条項』って知って……るわけないか。ごめん」
そんな言葉、俺が知ってるわけないだろ。長年の付き合いから分かってほしい。っていうか何で謝るんだ。惨めになるからやめろ。
「『財務制限条項』っていうのはね、銀行が企業にお金を貸すときに定める決まりごとで、これを破ると企業はその時点で借りたお金を銀行に返す必要があるの」
「ふーん。例えばどんな条件があるんだ?」
「それは『2期連続で赤字にならないこと』っていう利益に基づいたのもあるし、『純資産が一定基準を下回らないこと』とか『現金預金額が一定基準を下回らないこと』っていうのもあるわ。まあ要するに、企業が危ない状態になったら回収できなくなる前にきっちり返してもらおうって趣旨ね」
「えっ!? でも危ない状態の企業にそんなことしたら……」
「一巻の終わりね。これが企業が倒産する王道パターンよ。企業は業績が悪い中でまとまったお金を銀行に返すことになる。それができないから倒産してしまうの。たとえ、その時に黒字をあげてたとしてもね」
どうやら企業が倒産する原因は、利益よりも金銭にあるらしい。マキの説明は俺にとって目からウロコだった。
「なるほどな。利益だけじゃなくて現金の管理も、経営を続けていく上で重要ってことなんだな」
「そういうことね。だから企業は現金収支を管理するための計算書を作ってるのよ。これをキャッシュフロー計算書っていうわ。利益だけを把握する損益計算書じゃあ会社の支払い能力が分からないからね」
そういえば前にマキが「現金収支≠利益」だって言ってたな。会計のことを理解するにはこの二つの区別が大事なのか。
「ケイトさん。私もまだまだマキさんの下で勉強中なので、一緒に頑張りましょうね!」
「おっ、おう! そうだな! 一緒に頑張ろうっ!」
サナさんの濁りの無い眩しい笑顔に思わずキョドってしまう。
「そうね……今日はもう予定もないし、よかったらサナちゃんも家でご飯食べてかない?」
「えっ! いいんですか! ケイトさんとお話したかったんで嬉しいです!」
(俺と話したかった、か。ほう……)
「……あんた何考えてるの?」
「えっ!? いっ、いや別に……」
一瞬マキの方からとてつもない殺気を感じたが、気のせいだろう。そんなことよりも、こんな可愛い女の子とご飯が食べられるなんて。現実世界ですら不可能だと思っていたことが、現実になってしまった。
「……ところでケイト。部屋の掃除はどうなったのかしら?」
(あっ)
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