第15話 生い立ち

「ごめんなさいマキーナさん。あんまりお手伝いできなくて……」


「いいのよ! あたし料理作るの好きだし」


 (すごいな。ここにある料理、ほとんどマキが作ったのか。しかもこの短時間で)


 マキが帰ってきてから一時間も経たないうちに、目の前のテーブルには視覚的にも嗅覚的にも食欲をそそるご馳走が並べられていた。大ぶりな鯛の煮付け、豪華な刺し身の盛り合わせ、熱々出来たての天ぷら……あれ? ここ中世ヨーロッパ風の異世界だよな?


「サナちゃんは普段料理とかはしないのかしら?」


「はい……いつも料理はお兄ちゃんが作ってまして」


「そういえばサナさんのお兄さんってどんな人なんだ?」


「あっ、私のことは呼び捨てで構いませんよ? ……えっと私のお兄ちゃんは何といいますか、ゴリラと黒人レスラーとゴブリンを足して2で割ったような人ですね。ケイトさんときっと仲良くなれるかと」


 めちゃめちゃ怪物じゃねぇか。3分の1しか人間の要素ないぞ? っていうか2で割った余りはどこへ行った? そんな奴がこの子の兄ちゃんなのか? 悪いが俺はそいつと仲良く慣れる自信が微塵も湧かない。


「おー! お前ら、楽しそうにやってるじゃねぇか!」


「えっ……アーベルトさん!? 来てくれたんですか!?」


 急に開いたドアから顔を出したのは、前にクエストの途中で帰ってしまったアーベルトさんだった。その姿を見るのは実に昨日ぶりである。思わぬゲストの登場だが、一体誰が呼んだのだろうか。っていうかこの人が食事の場にいると騒がしくて厄介なんだよな。


「お兄ちゃん!」


 (え……?)


「お兄さんってアーベルトさんのことだったの!?」


「あら知らなかったのケイト?」


 そりゃあサナと初めて会ったのはついさっきだし、知る余地なんて無い。いや確かに妹がいるっていうのは一瞬聞いてはいたが、こんな美少女だとは思っていなかった。この兄弟、同じ遺伝子を持っているとはとても思えない。っていうか年の差いくつだよ。


「おうサナ、マキーナさんに迷惑かけずにちゃんと勉強してるか?」


「うん、私は大丈夫だよ! お兄ちゃんも日曜なのにお仕事お疲れ様!」


「あらアーベルトさん。昨日言ってた予定って仕事だったんですか?」


「まっ、まあな……」


 日曜に仕事なんて、やはり上場企業の経営者とやらは休みが無いのだろうか。そんなことを考えながら、テーブル越しに向かい合うよう座るアーベルトさんを眺める。


「ひと仕事終えて疲れちまったよ。ケイト、トリビーで頼む」


「とりびー……ってなんですか」


「あん? トリビーといえば『とりあえずビール』だろ? 社会人としての常識だから覚えとけ!」


「お兄ちゃん……多分その言葉もう死語だよ……」


「なん……だと?」


 サナの発した言葉に驚いたのか、アーベルトさんはハトが豆鉄砲を食らったような表情を浮かべていた。まあ確かにその言葉は生まれてこの方聞いたことがない。俺がまだ高校生だからなのかもしれないが。


「ふふっ、確かにあたしも無いわね。はい、アーベルとさんはビールね」


「おっ! ありがとうございますマキーナさん。よっしゃ、今日は飲むぞ!」


 (今晩もうるさくなりそうだな……)


 ***


「へー、サナも商業高校に通ってるんだな」


「あっ、ケイトさんもそうだったんですか。奇遇ですね! 休日が簿記検定で潰れるの中々しんどいですよね~」


 話してみると、どうやら彼女も商業高校に通っているらしい。気づけば俺たちは「商業高校あるある」の話題で盛り上がっていた。この世界でこんなに楽しく談笑できたのは初めてだ。


「サナはどうして商業高校に通っているんだ?」


「ほら、私のお兄ちゃんって一応経営者じゃないですか……ってあれ? ケイトさん知ってましたっけ?」


「あー、前にマキから聞いたよ」


 っていうかアーベルトさんって、見たところまだ三十代だけど……その年令で上場企業の経営者ってかなり凄いんじゃないのか? そんな考えが頭に浮かぶ。


「そうなんですね。……うちの家庭、昔は凄い貧乏だったんです。しかも両親が早いうちに亡くなっちゃって。そんな中、お兄ちゃんは若かったのに親の会社を継ぐことを選んだんです」


「えっ……」


 サナの家庭がそんな過酷なものだとは思いもしなかった。アーベルトさんもサナも、そんな家庭環境を感じさせないような明るい性格だったからだ。


「そんなお兄ちゃんを見て、少しでも力になろうと私も勉強することにしたんです! ……まあ今じゃもう私の出る幕は無いんですけどね。私が今も学校に通って生活できているのもお兄ちゃんのおかげなんです」


「そうだったんだ……」


 なんだこの子、めちゃめちゃ偉いじゃないか。女の子と話したいから商業高校を選んだ自分が酷く滑稽に思えてくる。彼女はとても自分より年下とは思えないほど考えがしっかりしていた。


「あっ、ちょっとお手洗いに行ってくるね」


 グラスに口をつける彼女にそう言葉を残し席を立った。身の上話の内容には驚いたものの、彼女と話すと心の底からリラックスできる。どこかの誰かさんと違って愛想も良くて可愛らしい。気がつけば時間もかなり経っていた。


 十一月ということもあってか、家の廊下はかなり冷え切っている。お手洗いを済ませた後、凍えた身を震わせながらサナのいる部屋へ戻ろうとする。


 (あれ……マキとアーベルトさんはどこだ?)


 彼女と話すのに夢中で気が付かなかったが、マキとアーベルトさんが途中で席を立ってからかなり時間が過ぎている。二人共どこへ行ってしまったのだろうか。アーベルトさんが来てからそれほど時間は経っていないはずだが。


 (正面の部屋から話し声がするな……何を話しているんだろう?)


 盗み聞きは良くないと分かりつつ、ドアに耳を少し近づけ、廊下から部屋の会話を聞こうと試みた。


「……なるほど、つまり昨日のシワケ達の中に不正から生まれたものが紛れている可能性があるということですね」


「ええ。まだ確定ってわけじゃないんだけど……」


 聞き耳を立ててみると、ドアの向こうで深刻そうに二人が話しているのが聞こえてきた。


「うーん……自分はそんなの見ませんでしたけどね」


「ちょうどこの前に遭遇した売掛金のシワケよ。あのシワケ達の中に”匂う”ものがあったの」


「……そういえばマキーナさんは不正から生まれたシワケが何となく分かるとか」


「ええ。その気配を感じたわ。もう少し調べてみて、場合によってはギルドに報告する必要があるかもしれないわね。それに……最近こっちの方で不正を隠蔽しようと活動している組織の存在も噂されてるわ」


 話を聞いてみると、どうやら俺たちが斬った売掛金のシワケになにか問題があったらしい。『不正』の意味がよく分からなかったが、あまりいい意味ではないことだけは話のニュアンスで伝わってくる。


「どうなんでしょう、もしその組織が関わっているとするなら、かなり危険なことに首を突っ込むことになる気がしますが」


「ええ。でもこれは見逃すわけにはいかないわ。ひとまず、私の方でも少し調べてみることにする」


「……分かりました。自分のほうでもなにか分かりましたら連絡します」


「ええ。お願いするわ」


 なんだかよく分からないが、いつもと違って神妙な雰囲気ってことだけはよく伝わってきた。少なくとも俺には関係ない話ではあるが。


 (まあ俺が首を突っ込んでも仕方ないか……)


 とりあえず難しいことは二人に任せとけば大丈夫だろう。そう思いながら俺は聞き耳を立てるのを止めて、部屋へ戻っていった。

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