固定資産の悪夢

第16話 固定資産

「ケイト! そっち行ったから気をつけて!」


「やっちゃってくださいケイトさん!」


「まっ、まかせろ……」


 "それ"はこの薄暗い遺跡の中でも異様な存在感を放っていた。体長3mはあろう岩に覆われたその体は、まさに超自然といったところで、とても現実のものとは思えない代物である。もっとも、この世界を現実と呼んで良いのかは甚だ疑問ではあるが。そんなことを考えているうちに、その異様な物体は俺の目の前まで迫ってきていた。


「ゴーレムは足の付け根が弱点です! 頑張ってくださいー!」


 サナの必死な声が遺跡の中で反響しながら聞こえてくる。彼女の黄色い声援を聞くからには頑張らざるを得ないのだろう。いやでもあんな奴、頑張りだけでどうにかなる相手なのか? いや考えても仕方ない。俺はここに来る前に家で少し予習した仕訳を脳に浮かべ、奴に向けて剣を振り下ろした。


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 支払リース料 100,000,000 / 現金 100,000,000


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 手に持った剣身に仕訳の文字が浮かぶ。今回の仕訳は予めマキに教えてもらったものだ。間違いようがない。前回は出鼻をくじかれたが、今回はうまくいくだろう。


「くらえっ!」


 いつもは弾かれるのがオチだった俺の剣も、今回ばかりはかなりの手応えを感じた。


「やったか!?」


 しかしゴーレムは一瞬怯んで膝をついたものの、すぐに体制を立て直し俺の目の前に立ちはだかった。


「なっ……斬れてない……だと!?」


 何故だ? 確かあいつは設備をリース(たしかレンタルみたいなもの)したシワケだと聞いている。レンタルってことは資産の所有権は借手側にはない。つまり貸借対照表には計上されないということだ。だから仕訳に狂いは無いし、その証拠にゴーレムの足には斬撃の後が残っている。


「あー……こりゃあれだな、仕訳は合ってるんだが魔力が足りてねぇ」


「魔力……ですか?」


「ああ。ほら、さっきの仕訳に書いてあったろ? 流石に1億の仕訳を切るにはお前にはまだ早かったっつーことだ」


 えっ? そこの数字って金額じゃなかったの? なんだそのシステムは。ここに来ていきなりそんなこと言われても意味が分からない。っていうか仕訳切るのに魔力とか要るの?


「二人とも下がって!」


「うおっ!?」


 キョトンとする俺をマキが勢いよく横切る。


「あれは……まさかマキーナさん……あれを……?」


「えっ、なんすかあれって…‥って熱っ!? ……えっ、炎!?」


「あれはマキーナさんの固有スキル……紅炎(プロミネンス)です……」


 (あっ、そういうのちゃんとあるんだ……)


「さすがマキーナさん。白魔導会計士ってのは伊達じゃないぜ」


「えっと……白魔……なんだって?」


「私もいつかああなりたいな~」


 っていうか気づいたらあのゴーレムもう丸焼けになってるじゃないか。巨大な火柱を背にしたマキが、こちらに向けて安堵の表情を浮かべているのが見える。え、何? めっちゃ強いやん、プロミネンス(笑)とかいうの。


「なあ、マキ。」


「何? どうしたの?」


「俺も頑張ればいつかそういうの使えるようになるのか?」


「そういうの……ああ今のやつ? まあ今日の頑張り次第ってところじゃない?」


「要は魔力をもっと上げようってことです! そのための例の遺跡じゃないですか!」


 そう、何を隠そうその例の遺跡とやらに俺たちは向かっている。アーベルトさんいわく、その遺跡の奥にある石板には便利なことに、触った者の魔力を引き上げてくれるらしい。魔力が足りないがために帰れないのだから、もうこれは行って試すしかないだろう。


 ……ただマキは最後まで「自分で努力しないと意味ないじゃない!」と言い張っていたのが唯一引っ掛かるところではある。今もなんとか説得して、こうやって渋々ついてきてくれている。


 ――行先不安だ……



―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



※リースについてはもう少し話が進んだタイミングで詳しく解説します。

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