第7話 B/SとP/L?
「ほら、料理来たわよ! あたしお腹すいちゃった!」
「つ、疲れた……」
迫りくるゴブリンたちを倒した俺達は、再び長い道のりを歩いた後、街の一角にある酒屋で慰労会を開いていた。ゴブリンを倒しただけでもかなり疲れたのに、そこから長時間歩いたため、身体が悲鳴を上げている。いつも家でゲーム三昧の俺にとって、あんなに体を動かしたのは小学校以来かもしれない。
「初めてにしては中々良い腕っぷしだったな。もしかして……昔やってたのか?」
やってるわけねぇだろ。一体どういう状況になったら、仕訳をイメージしながら剣を振ることになるんだ。
「よく頑張ったわねケイト。とりあえず乾杯しましょ! ほらグラス持って!」
マキが手に持ったグラスを俺の目の前に置いた。まあ俺とマキは未成年であるため、中に入っているのはオレンジジュースなのだが。アーベルトさんのグラスには金色に輝くビールが注がれていた。
「はいじゃあ二人共、本当に今日はお疲れ様! 特にケイトは初めてシワケを斬ったりで大変だったけど、明日のクエストもこの調子で頑張っていきましょう! それじゃあ乾杯!」
(嘘だろ!? 明日もあるのかよ……)
マキの言葉に少し憂鬱な気分になりそうだったが、ひとまず忘れて食事を楽しむことにした。お互いのグラスをカツンと合わせた後、オレンジジュースを干からびた身体に流し込む。
「うっ、うんめぇぇぇぇぇ……!!!!」
あまりの美味さに、思わず某底辺ギャンブラーのような声を出してしまう。オレンジジュースが細胞の一つ一つに染み渡っていくのを感じた。
「どう? 美味しいでしょ?」
「ああ、最高だ。シェフを呼んでくれないか?」
「シェフはあたしよ!」
「はは! いいの飲みっぷりしてんじゃねぇか! 今日は坊主のデビュー記念ってことで全部俺の奢りだ!」
アーベルトさんはそう言うと、骨付き肉に思いっきりかじりつき、それをビールで流し込んだ。見た目通りの豪快な飲みっぷりだ。
「あっ……ありがとうございます!」
「良かったわねケイト。でも今日知ったことはまだ簿記の入り口に過ぎないわ。これから学ぶことは沢山あるわよ」
「わっ、分かってるって……」
「そういえば仕訳のルールは教えたけど財務諸表については知ってるの?」
「ん、なんだそれ? 初めて聞いたぞ?」
熱々のフライドポテトをつまみながら、俺はマキの質問に答えた。
「そんな訳無いでしょ! あんた今まで学校で何やってたのよ! もう……今ここで教えるわ」
(え、ここでも簿記の話するの? 嘘だろ?)
「財務諸表っていうのは、企業の財産状態や経営成績とかをまとめた書類のことね。この中で財産状態を表すものを貸借対照表、経営成績を表すものを損益計算書って言うわ」
あからさまに嫌そうな顔をする俺をよそに、マキは勝手に話を進めた。
「えっと……財産状態とか経営成績って言われても、なんのことを言ってるのかさっぱり分からんのだが」
「財産状態っていうのは、ある時点で、会社が持ってる資産や負債の価値の状態のことね。だから貸借対照表には資産・負債・純資産が計上されるわ」
「ほう」
「一方で経営成績っていうのは、ある期間で、会社がいくらの利益を儲けたかって情報よ。こっちに計上されるのは収益と費用ね」
言われてみれば高校の教科書にも、似たようなことが書いてあった気がする。
「時点と期間っていう違いもあるんだな」
「そうね。会社は取引の記録をする時に、記録する期間の区切りを決めておくの。区切りがないと、どの時期に利益が伸びたとか比較できないでしょ? この期間のことを会計期間って呼ぶわ。特に現時点での期間を『当期』、その次に来る期間を『次期』、当期の一つ前の期間を『前期』なんて言うわね」
「なるほどなぁ」
「まあ言葉だけだと伝わらない部分もあるから、まずは実物を見てみることをオススメするわ。上場会社は財務諸表を開示する義務があるから、HPとかを見ればその会社の会計情報が見れるわよ」
たしかに、色々な会社の生きた財務諸表を見比べるのも悪くないかもしれない。俺も商業高校出身なのだから、念のため財務諸表の見方くらいは知っておこう。
「お前ら! つまんねぇ話してねぇでもっと飲め! 料理全部食っちまうぞ!!!」
「びっくりしたっ……ってアーベルトさん!? もうそんなに酔っ払ってるんですか!? あー!!! あたしのお肉食べないで!!」
少し目を離した隙に、アーベルトさんの酔いはかなり回っていた。目を赤く充血させながら、空のジョッキをいくつもテーブルの上に並べている。
「とっ、とりあえず! 暇があったら会社の財務諸表をちゃんと見ておくのよ!」
たしかにマキの言う通り、簿記を深く理解するには、まず財務諸表を見る必要があるだろう。
(ってあれ? この世界はスマホもパソコンも無いのに、どうやって会社のHPを見るんだ?)
そんな疑問が頭をよぎったが、テーブルの料理を次々と平らげるアーベルトさんを見て、俺も夢中で目の前の料理にがっついた。
※コラム「B/SとP/L」(読み飛ばしても大丈夫です)
https://kakuyomu.jp/works/1177354055277093411/episodes/16816452221341893661
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