商品売買の洗礼
第8話 仕入と売上
「ケイト! いつまで寝てるの、早く起きて!」
「うううぅぅぅ……もう朝か……」
マキの威勢あるその声は、俺を夢の中から現実に引き戻した。彼女が部屋のカーテンを思いっきり開き、窓から漏れる光が部屋を明るく照らし出す。あまりの眩しさに布団の中に潜った俺を見て、彼女は布団を思いっきり剥がした。
「ほらもう何やってんの! 朝からギルドでクエストを受けるって、昨日言ったでしょ?」
あの慰労会が終わった後、ひとまず俺はこの世界にいる間、マキの使ってない部屋で寝泊まりすることになった。だが住まわせて貰う代わりに、料理以外の家事は俺が受け持つらしい。もちろん部屋は別で、イメージするなら住み込みの家政夫といったところか。
ちなみにアーベルトさんは、突然奇声を発して店を飛び出してから行方不明である。
「なんでこんな時間に行かなきゃ行けないんだよ……」
「冒険者の朝は早いのよ! ほら、一旦部屋出るから早く着替えなさい! ほら、簿記のテキストこの机に置いとくからね!」
「分かった、分かったから!」
俺は重い体をどっこいしょと持ち上げ、身支度を始めた。
***
「ほら、着いたわよ」
「ここがギルドか……」
『ギルド』という言葉自体はゲームやアニメで見たことはあったが、実際に入ってみるのは初めてだ。建物の中は広く、俺たち以外の冒険者でにぎわっていた。どこか薄暗い店内を奥に進むと、茶髪のボブヘアーが似合う美人な受付嬢が、カウンター越しに座っている。
「あっ、マキーナさん! おはようございます!」
「おはよう。今日もご苦労さま。あ、となりのコイツが昨日話してたケイトって人ね」
「ケイトさんですね、おはようございます!」
「おっ、おはようございます……」
太陽のような眩しい笑顔の受付嬢に、思わずドキッとしてしまう。
「今日も依頼を受けたいんだけど、どんなのが来てるかしら?」
「えーっと、そうですね……」
マキは受付の女性と顔なじみのようだ。おそらくずっと前からこのギルドに通っていたのだろう。マキはカウンターへ前かがみになりながら、ご機嫌そうに頬杖をついている。
「実は今朝アーベルトさんが来まして、マキーナさんのパーティーではこちらの依頼を引き受けるよう言われております。小売業を営む中小企業の商品売買取引に関する依頼です。おそらくケイトさんにもピッタリかと」
「あら、それは良いわね。仕入と売上の仕訳は簿記の基本とも言えるし。それでお願いするわ」
「仕入と売上ねぇ……」
着々と以来の手続きを進める二人の横で、あえて聞こえるように大きく呟く。
「……まあ先に予習しておきましょうか。商品売買の仕訳なんて、どうせ知らないでしょ?」
「なんだと?」
俺をバカにする態度のマキに、思わずイラッときてしまう。なんて失礼なやつなんだ。……まあ普通に知らないわけなんだが。
「まず今回の仕訳については小売業や卸売業を営む会社を前提にしているわ。外から買った商品を消費者に売っている会社のことね。ちなみに簿記三級全般もこの会社が範囲として出題されているのよ」
「そうなのか? 試験受けたのに全然分からなかったな」
「ええ。この販売する商品を購入することを『仕入』、仕入れた商品を外部に売ることを『売上』っていうの。『仕入』は費用に、『売上』は収益に分類されるわ」
「なるほど。ってことは『仕入』は借方で、『売上』は貸方ってわけか……」
俺は簿記テキストの該当ページを見ながら、仕訳を確認した。
「おっす坊主! 元気にしてっか?」
「いてっ!? ってアーベルトさん! びっくりするから急に背中叩くのやめてください……」
「はははっ! わりぃな! マキーナさんも、おはようございます!」
「あらアーベルトさん! 昨日は大丈夫だったんですか?」
「昨日? ……あー昨日の夜からなんか記憶が曖昧でして……なんかあったんですか?」
覚えてないのかよ、嘘だろ? この人、散々周りに迷惑かけて記憶なくす、一番タチの悪いタイプの人種だ。
「揃ったわね。それじゃあ行きましょうか!」
(眠い……早くこんな生活抜け出したい……)
依頼の受注手続きを終えたマキの気合は、俺のそれとは対象的だった。
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