第6話 初めての討伐

 道中に開催された簿記レクチャーを終えた俺は、テキストを読みながら再び目的地へと歩きだした。もうかれこれ1時間は経っている。マキのやつ、もうそろそろ着くって言っときながら全然着かないのだが。


「あっ! あそこ!」


 マキが突然声を発したかと思うと、どこか遠くへ向けて指をさしている。


「どうやらターゲットのお出ましだな。ほら、準備しろ!」


「うおっ!?」


 突然アーベルトさんが背中を強く叩いたため、思わず情けない声を上げてしまった。マキの指さした方向を見ると、あの時と同じ緑色の肌をしたゴブリンが、十数匹の群れをなしていた。


 (いよいよこの時が来たか……)


 またゴブリンを目にすると思わなかったが、リベンジマッチには最適だ。ついさっきまでの穏やかな雰囲気とは裏腹に、一気に緊張が走る。


「剣はさっき俺が渡したのを使いな。気ぃ引き締めろよ! ……いくぞ!」


「よしっ……ってちょっと待ってください!」


「ん? なんだよ? どうかしたか?」


 諸刃の銀色の大剣を両手に構え、戦闘態勢に入ろうとしてるアーベルトさんが、拍子抜けした顔でこちらを見た。


「俺まだ何も教わってないんですけど……どうやって戦えばいいんですか?」


「あら? まだ何もって……さっき散々教えてあげたじゃない?」


「それは簿記の話だろ! 俺が言いたいのはあれだよ、マキがあいつら斬った時に使った魔法みたいなやつ!」


「だからさっき教えたとおりにすればいいのよ。ほら、剣を構えなさい」


「は? ……こうか?」


 意味はよく分からなかったが、とりあえずマキの言う通り、アーベルトさんに渡された大剣を両手で前に構える。


「アーベルトさん。今回のシワケ、ギルドの人からなんて言われてるの?」


「はいマキーナさん。どうやら法人設立の際に、現金を資本金として入金したものですね」


「そう、良かったわ。ケイトのデビュー戦にぴったりの難易度ね」


 アーベルトさんとマキの言っていることが、よく理解できなかった。


「ケイト。今アーベルトさんが話した取引の仕訳、分かるかしら?」


「あっ、ああ……。えっと、現金が入金されたわけだから……。借方に資産の増加で現金、貸方は……資本金か?」


「そうね。資本金っていうのは投資家から出資されたお金のことよ。借入金みたいに返済する義務はないから、純資産として計上されるわ。そしたら、今ケイトが話した仕訳をイメージして、それを剣に念じてみなさい」


「剣に仕訳を念じるって……なんだよそれ!?」


「いいから早く! もうそこまで来てるわよ!」


 正面を向いてみると、さっきの群れの中から、一匹のゴブリンが俺の方に向かってきているのが見えた。


 (くそっ! ……やるしかねぇ!)


 俺は両手の大剣に注ぎ込むよう、仕訳を脳内に強くイメージした。


 (イメージするんだ!)


 すると突然、持っていた大剣が赤く輝き始めた。


「うおぉぉぉぉ!?!?」


 あまりの眩しさに思わず目を細めてしまう。よく見てみると、刀身に何かが文字のようなものが浮かんでいた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 現金 50,000 / 資本金 50,000


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 (やっぱダサいなこれ)


 でも文句を言ってる暇なんてない。


「くらえぇぇぇぇ!!!」


 俺は大剣を振り上げ、迫りくるゴブリンを一気に斬りつけた。


「シホンキンンンンンンンンンン!!!!!!!!!!!!」


 刀身がゴブリンの肉を切り裂くのが腕に伝わる。真っ二つに切り裂かれたゴブリンは、奇声を上げて塵のように消滅した。ってか今気づいたけど、お前らの鳴き声って勘定科目だったのかよ。


「よっ……よっしゃあ! 倒したぞ!」


「やったな坊主! でもまだ油断はできないぞ?」


「えっ……うわぁ! ゴブリンたちがこっちに向かってきてやがる!?」


「二人共! こんな奴ら、とっとと倒して早く帰るわよ!」


 結局俺は休む暇なく、マキとアーベルトさんと共にゴブリンの群れに向かって突撃していった。

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