第5話 仕訳ってなに?

「はぁ……はぁ……。おい、まだ着かないのか……?」


「もうちょっと早く歩きなさいよ! 男のくせにだらしないわね。もうそろ着くから我慢しなさい」


 マキの家で簿記のテキストを受け取った俺は、なぜか再び外に駆り出され、今こうして再び広い草原の中を歩いている。すぐ目の前には金色のポニーテールを左右に揺らしながら歩くマキの姿があった。


「おら坊主! マキーナさんを待たせるんじゃない。とっととついてこい」


 そしてなぜかさっきのハゲたおっさん……じゃなくてアーベルトさんとかいう人も同行していた。まあアーベルトさんは体格もいいし、頼りがいがある。マキと二人だけよりかは安心だ。聞いたところによると、今日俺は二人のお手伝いを兼ねて、戦い方を教えてもらえるらしい。


「ところでケイト、あんたさすがに仕訳の切り方は分かるわよね?」


「ああ……仕訳ってあれだろ? なんか色々記録するやつだろ? すげえよなあれ、考えたやつ天才だわ。あんな天才が考えた学問、俺には一切理解ができん」


「全然分かってないじゃない!」


「ははっ、こりゃあ先が思いやられるな。坊主、せっかくだからマキーナさんに教えてもらいな」


 浅はかな知識を誤魔化したのがバレたようだ。アーベルトさんも若干苦笑している。


「もうっ! 仕方ないわね……。ほら、これ見なさい」


 マキはそう言うと、腰に下げたレイピアを抜き、その先端で地面に何かを書き始めた。


 (剣をそういう風に使うなよ……)


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 現金 20,000 / 売上 20,000


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「これがいわゆる仕訳ってやつね。こうやって世の中の企業は日々の取引を記録していくの。仕訳の左側を『借方』、右側を『貸方』っていうわ。この場合だと現金20,000円が『借方』で、売上20,000円が『貸方』ね。現金とか売上のことは『勘定科目』っていうの。」


「この『借方』と『貸方』っていうのは何なんだ?」


「勘定科目の定位置みたいなものね。基本的に、資産と費用が増えると借方に、負債と純資産と収益が増えると貸方に計上されるわ。減少する時は位置が逆になるわね。ちなみにこの仕訳は『現金で商品を20,000円売り上げた』って意味があるの」


 マキは右手のレイピアを指差し棒のように扱いながら、得意げに話している。


「勘定科目が資産であれ負債であれ、借方と貸方の合計金額は同じになるわね。これは大原則だから、ちゃんと頭に入れておきなさい」


「ふーん。資産とか負債って、この勘定項目のことか?」


「そうね。特徴をまとめるとこんな感じね」


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 借方

 ・資産:会社の財産。

 ・費用:会社の儲けを減らす支出。


 貸方

 ・負債:会社が現金を支払ったり、財産を引き渡す義務。

 ・純資産:資産から負債を引いた後の、会社に残る返済不要の財産。

 ・収益:会社の儲けを増やす収入。


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「なんか色々あって分からなくなるな……。なにが資産になるとか全部覚えなきゃいけないのか?」


「最初は大変かもしれないけど、そこは仕訳を切っていくうちに覚えていくわ。少しづつなれることが大事よ。『簿記は筋トレみたいなもの』って言われてるようにね」


 たしかにうちの担任の教師もそんなこと言っていた気がする。なるほど、数をこなすことが大事なんだな。


「まあ最初はそんなもんだ、すぐ慣れる。じゃあ俺から問題だ。『交通費を10,000円現金で払った』、これはどんな仕訳になる?」


 横で話を聞いていたアーベルトさんが、そう話してきた。


「うーんと……こうですか?」


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 交通費 10,000 / 現金 10,000


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「そうだな。現金が手元から無くなるわけだから、資産の減少として現金が貸方に計上される。その相手勘定として費用の交通費が計上されるわけだ。交通費は会社の財産でもないし、儲けを減らすから費用に分類されるな」


「なるほど……」


「まあ今の時点で完璧に覚える必要はないわ。仕訳を切るときに、テキストを開いて確認すれば十分よ」


 (戦闘中テキスト開く余裕なんてあるのか?)


 そんな不安が一瞬頭をよぎったが、もうゴブリンに殺されかけるのはゴメンだ。俺は必死にマキの教えを頭に刻み込んだ。

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