初戦闘

第4話 勉強開始

「ここよ。上がって」


「おっ、お邪魔します~……」


 マキに連れられた俺は、レンガ造りの家が立ち並ぶ街へ案内された。家と家の間は狭く造られており、横幅の狭いカラフルな家が連なるように建てられていた。その町並みはなんというかお洒落で、歴史の教科書で見た中世ヨーロッパにそっくりだ。


 連れられた先は、そんな街の中に建てられた彼女の自宅だった。自宅と聞いた時、てっきり元の世界の家に帰れるかと思ったが、まさか異世界の自宅という意味だと聞いて、なんとも言えない気持ちになった。


 レンガをベースに建てられた家の中は思いのほか広く、部屋の真ん中には木目調の大きなテーブルが存在感を放っていた。


「適当にそこらへんに座って。あ、よかったらお茶飲む? この前近くのショップで良い薬草買ったんだ」


「おっ……おう」


 マキにそう言われ、俺は暖炉の近くにあった木製の椅子に腰掛けた。椅子の脚の下に曲がった板が付いており、重心に合わせて前後に動く。初めて座るタイプの椅子で、なんだか新鮮だった。


「まあゆっくりしていってね。慣れないことが多いだろうけど」


 マキは後ろに束ねていた髪を解いたあと、お互いが向かい合うよう俺の目の前の椅子に座った。右手にはティーカップを持っており、その細く長い足を組んで、身体の重心を後ろに傾ける。


「そうだな……じゃなくて! なんで俺はこんなところにいるんだ! 説明してくれ!」


「さっきからうるさいなぁ……あたしはケイトのこと助けてあげたんだよ?」


「はぁ? 助けてあげた? いつ? どこで?」


 俺がマキの姿を見たのは試験会場が最後だったはずだ。それからマキに助けられた覚えなんて無い。


「もうっ! あんたさっきトラックに轢かれそうだったでしょ? しかも、あたしの目の前で! あたしの友達、試験の手応えなかったらしくて、落ち込んで帰っちゃったの。その帰りに車に轢かれそうなケイトを見つけて、慌ててこっちの世界にあたしごと転移したってわけ!」


 話の展開が凄すぎて全くついてけない。なんだ、俺は結局死んでなかったのか?


「あたしね……ほら、この前公認会計士試験に受かったじゃない?」


「あーなんか受かってたなそんなの」


「それで、あたしこっちの世界にスカウトされたの。『お前の力が必要だ』ってね。この世界では簿記の知識が魔力に変換されるから。あたしは現実世界とこの世界を行き来しながら、『シワケ』達の討伐活動に励んでいるの」


「ええっ!? 簿記って俺がさっき受けてたやつか!?」


「そうね。この世界では『魔法簿記』なんて呼ばれているわ」


 なんてことだ。こんな世界が存在するなんて、もう意味がわからん。だめだ、ここにいると頭がおかしくなりそうな感覚に襲われる。


「とっ、とりあえず! 早く俺をここから帰してくれないか? 現実とこの世界を行き来してるんだろ? とっとと帰る方法を教えてくれよ」


「うん……あたしもそうしてあげたいんだけど……」


 マキは何か神妙な面持ちを浮かべ、言葉を止める。


「現実世界に帰るための必要な魔法は、帰るその人自身が発動しないと意味がないのよ。この世界に来たばっかのケイトじゃ、発動するのに魔力が足りないわ」


「えっ、マキが俺をこの世界に呼ぶのとなんか違うのか?」


「違うわ。私が発動したのは、厳密にはケイトがこの世界に来れるようにするための魔法なの。そこから世界を行き来のは本人次第ってわけ。あたしがこの世界に来れるようになったのも、この魔法のおかげなのよ」


「そんな……」


 その言葉を聞いて、一気に不安が押し寄せてくる。


「じゃあ俺はどうすれば良いんだ……? 魔力なんてどうやって上げるんだよ……」


「これよ」


 絶望する俺にマキはそう言うと、椅子から立ち上がり、部屋の角にある本棚から一冊なにかを取り出した。


「はい、これを使って」


「なんだよこれ……」


 やけにボロボロな本だが、その表紙にはどこか見覚えがある。なんならついさっきまで読んでたようなような気もしなくもない。たしか簿記試験の前に少し……


「ってこれうちの高校の簿記の教科書じゃねぇか!? なんでこんなところにあるんだよ!」


「あたしが家から持ってきてたの。本棚に置きっぱなしで良かったわ。いい? 会計っていうのはただ暗記すればいいってものじゃないの。形式面に囚われず、実態を反映して仕訳は切られるわ。これだけは絶対に覚えておきなさい!」


 そう言いながらマキが渡してきた本は、高校一年生の頃に授業で使われていた簿記三級のテキストだった。新品同然の俺のに比べて、マキのテキストは至るところに書き込みがされており、かなり使われた形跡がある。


「簿記の勉強をするにはうってつけでしょ? 元の世界に帰るためにも、今日から急いで簿記の勉強を始めるわよ!」


 (なっ、なんでこんなところまで来て簿記の勉強をせにゃいかんのだ……)

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