第3話 シワケを斬る!

 その声は昔から聞き覚えのある声だった。荒々しさを含んだ、少し高いハキハキとしたその声。


「お前……マキか!?」


 思わず目を疑った。目の前に立っていたのは、白銀の甲冑に身を包み右手にレイピアのような細剣を持つ、幼馴染の五十嵐真希だった。マキは俺を見て、目を見開きながら驚きの表情を浮かべている。もしこの場に鏡があるなら、俺も同じ表情を浮かべているに違いない。


「本当は詳しく説明したいんだけど……今はそんなこと言ってる場合じゃないか……」


 マキはそう呟くと、前方でうずくまっているゴブリンの方へ振り向いた。おそらく彼女が俺のことを助けてくれたのだろう。


「すうっ…………はあっ!」


 彼女はゆっくりと息を吸った後、何かを念じながら両手に持ったレイピアを地面に突き刺した。その途端、彼女を囲むように、神秘的に青白く輝く魔法陣が現れた。


「うおっ!? すげっ!?」


 なんだ、何が起ころうとしているんだ? 彼女はなにやら力を溜めているように見える。なにか凄い魔法でも出すのだろうか。あまりの迫力に圧倒されそうになったが、彼女の足元に展開された魔法陣の中央に、大きな文字が浮かび上がった。


(ん? なんだ?)



 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 土地 56,800,000 / 当座預金 56,800,000


 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――



(……え、なにこれ?)


「去りなさい、邪悪な化け物っ!!!」


「トチィィィィィィィィィィィッッッッ!!!!!!!!!」


 彼女がゴブリンの胸に青白く光る細剣を突き刺すと、ゴブリンはついさっき聞いた断末魔を叫び、塵になるかの如く消滅した。いやすごいけども。ちょっと待て。


 見事ゴブリンを倒したマキは、凛とした表情でこちらを振り返る。


「安心してケイト、ひとまずこれでモンスターは倒したわ。怪我はない?」


「いや大丈夫だけどさ…………」


「ごめんねケイト、実は……」


「マキーナさんーっ!」


 彼女がそう何かを言いかけると、横からさっきのツルピカのおっさんがこちらに向かってきているのが見えた。


「マキーナさん。こちら敵の『シワケ』、一匹残らず斬り終えました」


「ありがとう、アーベルトさん。そしたらここ一帯はもう大丈夫そうね。戻りましょうか。」


 このおっさんは、どうやらアーベルトとかいうらしい。どこの国の名前だろう? っていうかここ日本じゃないのか。


「はい! ……えっとこいつは」


「大丈夫よ。私はちょっと彼に用があるから、先に帰ってて」


「……はっ、承知いたしました」


 おっさんは俺を怪訝そうに見るも、マキの言葉を受けて軍隊の方へ戻り、隊を引き連れてどこか遠くへ去っていった。


「……さてと」


「おっ、おいマキ! 一体ここはどこなんだ!? さっきの怪物とか全部説明しろっ!」


 緊張が解け、思わず不安をぶちまけるようにそう叫んでしまった。俺はどうなってしまったんだ。家に帰れるのか? そもそも生きているのか? っていうかマキーナとかいうダサい名前はなんだ?


「そうね……どこから説明するべきかは分からないけど……」


 マキはうーんと人差し指を柔らかそうな唇に当てながら、考え事をするように空を見上げた。


「まずここは、普段あたしとケイトが会ってる世界とは全く別の場所よ。いわゆる『異世界』ってやつね」


「なっ……!?」


 異世界とかいう言葉はもちろん知っている。俺は深夜アニメやラノベが大好きなので、その言葉はもう耳が痛いほど聞いてきたのだ。だが、まさか自分がその異世界に行くなんて夢にも思わなかった。


「この世界はさっきのゴブリンみたいな凶悪なモンスター……『シワケ』が蔓延っているわ。あたし達はそいつらを退治するために戦っているの」


「しっ、しわけ?」


 なんかどこかで聞いたことのある言葉だった。いや普通に聞いたことある。でもその言葉は、少なくとも今の状況で使われる言葉ではない。……俺の記憶が正しければの話だが。


「さっきの魔法陣見てたでしょ? あたし達はあれを駆使してシワケ達と戦っているの」


「しわけって……あのしわけか?」


「そう、あのシワケよ」


「そのしわけって要するに……簿記とかでよく使う『仕訳』だよな?」


「そうね、要すればその仕訳ね。こっちの世界ではシワケだけど」


「……えっ、仕訳ってあんなキモいゴブリンの事言うの?」


「ううん、ゴブリンだけじゃないわ。この世界では、ああいった恐ろしい怪物たちを総称して『シワケ』」って呼んでるの。……ここまでの理解は大丈夫?」


 いや全く大丈夫じゃない。彼女の言葉は何一つ理解ができなかった。なんでこいつは急に簿記の話をしているんだ。この世界と一体なんの関わりがあるというのだ。


「まあこんなところで話すのもあれだし、あたし達も出発しよ? 続きは向こうで話すから」


「向こうってどこだよ……っておい! 俺を置いていくなぁぁぁぁ!」


 話を聞かず歩き出すマキに、俺はただ付いて行くしかなかった。


※コラム「仕訳」(読み飛ばしても大丈夫です)

https://kakuyomu.jp/works/1177354055277093411/episodes/16816452221341813833

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