幸福な迫害

針間有年

幸福な迫害

『今月の迫害対象が決まりました』

 防災スピーカーから放送が流れる。

 今度は何が対象になるのだろう。心が躍った。


   *


 日本がコロニー制度を導入して久しい。僕が生まれるずっと前、五十年以上遡る。

 地球温暖化による気候異常、夏になれば外気温が五十度に達する。台風をはじめとする災害も増え、その被害規模は年々拡大していった。それゆえ、人々は環境設備が整ったコロニーを作り出し、移住した。

 日本各地に千ほどのコロニーが存在している。だが、それでは足りない。

 人口増加、土地不足、食糧不足。僕が住むコロニーは危機に瀕した。

 そこで作られたのが迫害許可条例。ある条件を満たしたものを迫害し、コロニーから追い出す制度だ。

 原案が公表された時、それはまあ、とてつもない反発を招いた。当然だ。公認の迫害などあまりに恐ろしいではないか。僕だって反対運動に参加した。

 だが、いざ施行されてしまうと、人々はあっという間にその制度に馴染んでいった。というのも、その条例は金持ちに厳しく、貧乏人に優しい制度だったからだ。

 まず迫害対象になったのが年収三千万円以上の家庭。次に年収二千五百万円以上の家庭。その数字はだんだんと下がっていった。

 それは僕のような貧乏人にとってはたまらなく愉快なことであった。僕らを見下す奴らが、手に錠をかけられ、次々に外に運び出されるのだ。

 痛快といってもいいだろう。そう思ったのは僕だけではないらしい。条例への反発は次第になくなっていった。

 さて、その条例だが最近では妙なものを迫害するようになってきた。

 二十歳以上で足のサイズが二十センチ以下の者、ここ一年で風邪をひいた者、花粉症を持っていない者。

 初めは戸惑った。だが、次第に迫害の内容など、どうでもよくなった。迫害される人間を見るのが愉悦になっていったのだ。

 異常な心理だとは理解している。だが、それでもこの麻薬のような快感は一度知ると捨てられなかった。

 僕は選ばれた人間だ。その優越感がたまらなかった。

 コロニーの中の人間が減っていく。僕の自尊心はますます満たされていった。


 ある日の休日、冷蔵庫を覗くと何もなかった。

 時計を見る。昼の十二時前。

 そういえば今日は迫害対象の連行日だ。

 思い出した僕を褒めてやりたい。あれほど素晴らしい見世物はない。

 にやつきながらアパートを出た。

 古いコロニーは夏の日差しを完全に遮ることが出来ていない。少し汗ばみながら僕は広場へ向かう。

 そこには三十人ほどの手に錠をかけられた人間がいた。

 今回の迫害対象は家に壁掛けカレンダーがある者。

 中には子どももいる。震えているのを見るとさすがに可哀そうだと思うが、高揚はそれを上回る。

 スーツを着た役人が彼らをトラックに乗せていく。トラックのシャッターが下ろされていく。

 僕は聞いた。女の子のか弱い声を。

「助けて」

 僕は笑顔で手を振った。実に愉快だった。


 最高のショーを見終え、僕は昼食を買いにコンビニへと向かう。

 レジにはロボット。サービス業のほとんどをロボットが請け負うようになった。味気はない。だが、これが最先端なのだ。選ばれた人間が受けるべきサービスなのだ。

『ナナヒャクサンジュウニエンデス』

 聞き取りにくい電子音。僕は金を払いコンビニを後にする。

 見世物たちがどうなったのか気になった。

 空想を膨らませるため、僕はコンビニ袋を片手に秘密の場所まで移動する。そう、外の世界とコロニーの境目だ。

 そこにあるのは古びた建物。コロニーの外壁工事の作業場だったらしい。錆びた看板がそれを告げている。今では誰にも使われない廃墟だ。窓ガラスは割られ、大きなコンクリート片がいくつも転がっている。

 その一角の瓦礫に座り、僕はコンビニの袋から弁当を取り出す。

 外壁は、コロニーが出来た当時の最先端技術。外部の紫外線や熱気、風などを全てを遮る透明フィルム。そのフィルムは今や汚れが目立ち、半透明となって、ところどころに裂け目もあるが機能は十分に果たしている。とても優秀だ。

 フィルム越しに見えるのは鬱蒼とした森。きっと未開拓の世界に違いない。そんなところに連れていかれる彼らはとても可哀そうだ。そう思うと楽しくなってくる。

 僕は弁当を膝に置き、箸を割った。

「みてみて、十七番だよ」

 近くからひそひそと声が聞こえる。

「わあ、まずそうなもの食べてるね」

「家畜の餌みたい」

 僕はあたりを見渡した。半透明のフィルムの向こうに背の低い二つの影が見える。それらの動きがピクリと止まった。

「うわ、こっち見た!」

 子どもたちの笑い声。

 彼らはあからさまに僕を笑いものにしている。腹が立ち、僕は弁当を置き、駆け出した。

 僕の怒りを読み取ったのだろう。子どもたちは回れ右をして、走り出した。僕はその後を追う。フィルムの裂け目をくぐり抜けた。

 僕は目を見張った。その後ろ姿の一つには見覚えがある。先月、花粉症を持たない者として迫害され、連れていかれた隣の家の子どもだ。

 生い茂った木々の間を走る。温度も湿度も異常に高い。ここがコロニーの外であることは明らかだ。灼熱の太陽が射しているだろうにも関わらず、木々に覆われ、道は暗い。

 突然、身体に軽い衝撃。カーテンの下をくぐったような。それとともに目の前が白む。明るい光に僕の目がくらんだ。やがて、世界は色付きを取り戻す。

 そして、僕は立ちすくんだ。

 そこには美しい景色が広がっていた。

 正しく整頓された世界。だが、そこに堅苦しさはない。ところどころに植わっている緑、そして、流れる小川のおかげだろう。パステルカラーに統一された住居。そして、明るい笑い声の響く商店。ここもコロニーなのだろうか。覆う外壁のフィルムは透き通っていて、気温も湿度もあまりに心地よい。まるで天国のようだ、そう思った。

 見上げたコロニーの外壁には映像が投射されていた。そこに映るのは見覚えのある場所。僕がさっきまでいたコンビニだ。そして、そこから出る一人の男。それは、僕だった。

「にやついてる」

「はは、馬鹿みたい」

 男女の笑い声。広場にいる人間が映像の中の僕を見てケタケタ笑う。

 映像は僕の行動を追跡する。廃墟に行き、弁当を出し、箸を割り、子どもたちに馬鹿にされ、駆け出す。

 皆が、さも滑稽なものを見るかのように笑った。

 映像から僕の姿が消える。コロニーを出たからだ。

 彼らの顔色が変わった。

 先ほどの子ども二人が人だまりの中央に躍り出て、僕を指さす。

「あそこに十七番がいる!」

「追いかけてきたんだ!」

 皆の視線が僕の方へ。さっきまで楽しそうに笑っていた顔が、敵意をむき出しにした顔へ。

 一人が叫んだ。

「出でいけ!ここはお前がいていい場所じゃない!」

 誰かが鞄の中からペットボトルを取り出し、僕に飲料をかけた。

「ここは選ばれた人間しか入れない!」

 出でいけ、出ていけ、出ていけ!

 大合唱が広場に響き、僕に様々なものが投げつけられる。石、生卵、挙句、金属製の何かまで。

 恐ろしくてたまらなかった。僕はなんとかそのコロニーから逃げ出し、住み慣れたコロニーに帰ることが出来た。

 古びたアパートに戻り、飲料と卵と血に汚れた服のまま、呆然とベッドに転がった。

 目を閉じるとあの天国のような世界が、目を開けて窓の外を見ると薄汚れた世界が、見える。

 やっと気づいた。

 今まで迫害されてきた彼らこそ、美しいコロニーに住む条件を得た選ばれし人間だったのだと。

 そして、迫害されていたのは僕らの方だったのだと。


 翌月の迫害対象は蔵書が三十冊以上の人間だった。

 僕は迫害対象に入り、広場で手に錠をかけられ、連行された。あの天国のように美しいコロニーへの切符を手にしたのだ。

 新たなコロニーの人々はすぐに僕を受け入れた。石を投げつけてきた彼も、飲料をかけた彼女も、僕を馬鹿にした子どもたちでさえも。まるで何事もなかったかのように。

 後で聞いた話だが、僕がこの間まで暮らしていたコロニーは、老朽化で取り壊される運命らしい。

 迫害許可条例は中に残る人間に反感を抱かせないための工夫なのだとか。迫害されていると気づかせないようにするためだとか。金持ちから迫害されたのも納得だ。

 はじめは意味を持って選別していたらしい。だけど、途中から迫害対象の選別は一種の娯楽となった。

 住民から案を募集し、その中から抽選で選ばれた案が採用、その案に該当する者が翌月の迫害対象になる。案が採用された住民には商品券が与えられる。ほんのわずかな額だ。懸賞感覚なのだろう。

 迫害対象の観察もはじめは意味を持っていた。反乱が起こることを恐れ、監視していたのだ。

 だけど、迫害されているとも気づかず、悠々と過ごす旧コロニーの人間の様子は滑稽でさぞ愉快だったそうだ。番号をつけ、観察対象とし、皆で笑いものにした。

 目線を上げると、旧コロニーの様子が壁に投射されている。

 そこには、迫害を迫害と知らず、それを受け入れ、幸福に浸る人々が映っていた。

 僕はただ、それをぼんやりと見ていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

幸福な迫害 針間有年 @harima0049

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ