第4話 戸惑い

「ところで、あなたの用は?不幸話をしてくれる訳ではないでしょ?」



明確に。

こちらに向かって問い掛けてきた。

これは最初から分かっていたみたい、だ…。

すぐさま、短剣を逆手に構える。


「あら、ご挨拶ね」


警戒をしていないようで軽く受け流された。

何故、焦らない…?

普通ならば、剣を構えるだけで恐怖くらいの感情が少しでも出るんだが…。

いつの間にか乾いていた口を無理に動かして言葉にする。


「…“不幸の魔女”、だな」

「そうね。あなたは…王宮の諜報員、といったところかしら」


ほぼ正確に言い当てられ、眉間に皺を寄せる。

訝しげにしていたのが伝わっていたのだろう。

小鳥が囀るように笑う魔女。


「そろそろの時期だと思っていたのよ」

「……?」


アシュレイは魔女の言っていることが分からない。

不意に魔女が動いた。

アシュレイの持つ短剣の切先に近付いたのだ。


「…っ」

「理由を話す前にそれを収めてくれないかしら?」


近付かれても、フードの下の表情は見えない。

表情が見えないことに心中、慄く。

心の中の恐れを読み取ったのか、魔女が短剣を持つ手を引き寄せた。

途端。

短剣が魔女に触れた瞬間、ガキン、と大きな音を立てて弾かれた。


「…なぜ?」


目の前の光景が信じられなくて、思ったことがそのまま言葉として出た。

なんで…弾かれた…?

彼女が何かした様子はなかった…。


「死なない、そういう呪いのような魔法よ」


それよりも。


「しまってくれるわね?」


魔女の言葉に驚き過ぎて、素直に従ってしまった。

この行動に満足したのか、口を開く。


「これを王太子殿下に渡しなさい」


どこからか取り出したのか、さっきと同じ封筒をアシュレイの方へ差し出した。

やはり白さが綺麗な封筒である。

受け取っていいものなのか、躊躇する。


「これがあれば、あなたの主は喜ぶわ」


魔女のその言葉に背中を押されるように封筒を手にした。


「…良い報告を待っているわ」


そう言われ、声を掛けようと口を開きかけたが。

魔女が指を鳴らし、一瞬で景色が変わった。

何が起こったのか理解するのに時間が掛かる。


「飛ばされた…」


アシュレイの目の前には魔女ではなく、見慣れた王城だった。
















王太子に魔女から手紙を渡してから、1週間過ぎた。

その間、ぐるぐるとまわる思考を振り払うかのように鍛練に勤む。

なぜ…。

聞いたことのある声だと思ったんだ…?

アシュレイには記憶に残るほどの妙齢女性は幼い頃の初恋の女性だけ。

それでも彼女は歳を重ねて、魔女の声とは変わっているだろう。

未だに忘れられないのは。

執着しているのだろうな。

彼女を探すにしても青いローブに海のような青の瞳しか情報がない。

探し出すのは困難を極めるだろう。


「はぁ…」


剣を振るうのをやめ、汗を拭う。

人の気配がして振り返った。


「アシュレイ殿」


呼び掛けてきたのは王太子の従者だ。


「どうしましたか?」

「殿下がお呼びです」

「すぐ行きます」


従者はアシュレイの返事を聞いたら、すぐに去ってしまった。

軽く身嗜みを整えてから歩き出す。



モヤモヤとした感情を振り払うことができぬまま。

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俺と不幸の魔女 合歓木 @suzu6238

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