第3話 尾行

月明かりだけが頼りになる暗い夜道を少女と大人の間の女が急ぎ足で歩いていた。

アシュレイは気配を消して、女の後を追う。

“偶然”にも第3王子の婚約者が“不幸の魔女”の話をしていたということを耳に挟んだ。

そして、今現在、自身の主のために尾行している。

表向きは王家の敵としての暗殺。

裏向きは魔女ということで知恵者の情報の引き出し。

まぁ、暗殺と見せかけてのただの情報収集だ。

暗殺として見せかけるのは第3王子だけ。


はぁ…。

気が重い。


アシュレイは仕事として、暗殺のことを理解していてもなるべくならば人を殺したくなかった。

何故なのかは分からない。

分からないうちに嫌悪してしまっていた。

静かにゆっくりと息を吐く。

かぶりを振って、女の尾行を再開した。

今は仕事に集中…。

急に女が立ち止まった。

何もないところに立ち止まって、アシュレイは戸惑ってしまう。


なんだ…?


女が何もない空中に向かって、ノックをすると建物が突然現れた。

これは魔法、か…。

そりゃ今まで見つからない訳だ。

サッと女に近寄り、ドアを開けると同時に気付かれないように一緒に内部に入り込む。

暗すぎて何も分からないことに顔を顰めつつ、部屋の片隅に移動した。


「…あら、こないだのお嬢さん」


聞いたことのある声に部屋の片隅にいたアシュレイは固まった。

これは…誰の声だ…?


「ありがとうございました、とてもスッキリしましたわ」


鈴を転がすような声でコロコロと笑う女に、やっと状況を確認する。

最初に声を掛けてきたのは、黒いローブを着た人らしい。

月明かりと1本の蝋燭の灯りだけで黒いローブを着た人物の顔は全く見えない。


「お礼はいいのよ。不幸話が聞けたから」


ふふ、と笑うその人は女のようだ。

その様子を見た女が困ったような声音で口を開く。


「でも…話をしただけよ…?」

「…不幸話は自分自身のことであればあるほど、惨めになるだけよ」


それに。


「自分自身のことであればあるほど、人には話したくない。誰しも人より優位…上にいたいものよ」

「……」

「それを乗り越えて、話をしてくれた人に相応の対価を示すものよ」


驚いたようで女は黒いローブの女を見つめたまま黙っている。

こんなこと言うのか…。

これでは人格者ではないか。

アシュレイはどこか“不幸の魔女”のことを愉快犯だと思っていた。

他人ひとの不幸を愉しむ存在だと。


「…特別に貴女にこれを渡しましょう」


黒いローブの女が懐から取り出した白さが美しい封筒を女の方へ向ける。

おそるおそるといった感じで女は受け取った。

アシュレイは気配を消して、ただただ静観する。


「中身は婚約解消になり得るもの。好きに使うといいわ」


不思議そうに封筒を見つめていた女は、バッと勢いよく黒いローブの女の方を見た。

そのまま、じっと黒いローブの女を見ていたが、急に頭を下げ、身を翻して外へと出て行った。


「…慌てなくてもいいのに」


ぽつりと呟かれた言葉は意外にも部屋に響いた。

…今しか接触するしかない。

気持ちを切り替えた途端。


「ところで、貴方の用は?不幸話をしてくれるわけではないでしょ?」

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