第2話 噂

随分と時が流れた。


あの後、神父からアシュレイの瞳に似たルビーの宝石で出来たピアスを渡された。

その人自身の瞳に似た宝石を贈ることで魔法使いや魔女は師弟関係を表し、このピアスを付けることによって人攫いに遭うことも破落戸に遭うこともないらしい。

魔法使いや魔女の師匠のいる弟子に何かすることは、師匠である魔法使いや魔女から報復をされても仕方ないことだと勉強を始めた時に知った。

ピアスを付けてからは本当に平和になったことに驚いたのを今でも覚えている程だ。


あの感情も今では分かる。

淡い初恋だった、と。


まだ彼女と会えていないのは、やはり縁がなかったのだと思わざる得なかった。

そして、「強くなること」、と望んだ彼女の教えだけでも達成しようと魔法はどうしても教わることが出来ず、剣の鍛錬だけは怠らなかったのが幸いしたのか、アシュレイは教会の孤児としては珍しく、この国の王太子付きの護衛兼暗部となれた。


「アッシュ」


アシュレイの愛称を呼ぶ男に対して、眉を顰める。


「殿下、今は執務中です」

「堅苦しいことは言うなよ」


軽く笑いながら返してくるこの国の王太子にアシュレイは溜息を吐くしかない。

もう少し意識して欲しい…。

例え、執務室の中でアシュレイと2人きりだとしても、だ。


「それで、“不幸の魔女”のことは分かったか?」

「いえ…。第3王子殿下の元に現れたことと、不幸話と引き換えに報復をしてくれること以外は全く情報が掴めません」

「かなり情報を消してる感じだな…」


王太子の言葉にアシュレイは頷いた。


「それに“不幸の魔女”がしていることは法の範囲内だからな…」


“不幸の魔女”はつい最近になってからよく聞く噂だった。

不幸話をするかわりに報復したい相手に報復してくれるらしい。

しかも、その報復方法は相手に幻覚を見せて恐怖を植え付けるだけ。

どことなく初恋の彼女に似ているな、とアシュレイは考えた。

助けてくれた時も幻覚を使ってたな…。

ぼんやりとそんなことだけを思う。


「まぁ、第3王子アイツの前に現れたのは自業自得だがな…」


遠い目をして言う王太子にアシュレイは神妙な顔するしかない。

第3王子は物凄く女癖が悪かった。

婚約者がいるはずなのだが、浮気をしたり、一夜限りの関係を結んだりとあまり良いとは言えない話ばかり聞こえてくる。

報復を、と望む者は沢山いて検討も付かないだろう。


「さて、アッシュ」


王太子の切り替えた声に真剣な視線を送る。


「接触できるか?」

「何とかします」

「そろそろ、私も知恵者殿を見つけたいものだ…」


憧れの響きを滲ませた王太子の声にアシュレイは知識だけ知っていることを口にする。


「…先代様のように、ですか?」

「あぁ、見つけて課題さえクリアすれば助言をくれる」


そして。


「知恵者殿がいてくれる国王は皆、賢王と呼ばれてきた」

「…なるほど。殿下も賢王になりたい、と」

「当たり前だ」


にこやかに笑う彼にアシュレイは疑問を投げかけた。


「…殿下は知恵者殿に会ったことがあるのですか?」

「1度だけ、な。青いローブを着ていて、凛とした女性だったが、顔は見たことない」


青いローブ…?


「とても博識でな。会ったことのある1度で私に王の在り方を説いてくれた」


思い出話をする王太子をよそに、アシュレイは思考の波に囚われる。

あの人は…。

もしかして、彼女は…。

でも、知恵者が魔女だったという話を聞いたことがない。

…ただの思い過ごしだ。

そうだ、きっとそうに違いない。


無理矢理結論付けて、アシュレイはこれからのことを思案するのだった。

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