第1話 始まり

離れないようにと言われたのに離れてしまい、しかも変な男達に囲まれてしまった。

どうしよう、どうしよう、という焦りだけが頭の中に浮かぶ。

逃げる隙もなく、足も動かない。

何も考えられない中、やけにその声はよく聞こえた。


「あら、教会の子に手出しは違法よ」


極刑になりたいのかしら、と呟く女性は、突然アシュレイの目の前に現れた。

青いローブを着ていて、服装も分からなければ、顔も分からない。

女性はアシュレイの前に立ち、右手を前に突き出した。


「お前は何者だッ!」

「そう怒らないで、犯罪者になる前に止めてあげるだけよ」

「魔法使いになれる素質は高いんだ!」


思わず、肩を揺らした。

アシュレイの瞳は宝石のルビーのような瞳をしていた。

魔法使いや魔女になれる素質は宝石のような瞳を持つことが条件だ。


「聞き分けの悪い子ね」


サッと右手を女性は横に振った。

ただそれだけだ。

それなのに男達は怯え始めて、叫び声まであげ始めた。


「…え?何したの?」

「幻覚を見ているだけよ。さ、行きましょう」


手を差し出されて、首を傾げた。


「あら、帰らないの?」

「か、帰る!」

「いい子ね」


彼女の手をそっと握る。

柔らかくて、とても優しそうにアシュレイは感じた。

すいすいと人波の間を進む女性に手を引かれながら、口を開いた。


「お姉さん、さっきはありがとうございました」

「律儀ねぇ…」


顔は見えないものの、笑ったような気がした。

きっと綺麗な人なんだろうな。

ぼんやりとそんなことを思う。


「どこに住んでるの?」

「王都の外ね、ここから1週間くらい掛けて行くところよ」


遠いところと分かり、何故か気分が沈んだ。

すぐに会えないんだ…。


「じゃあ、なんで王都にいるの?」

「仕事ね」


まぁ、今回が最後でしょうけど。

小さな声で呟かれた言葉は、はっきりとアシュレイの耳にも届いた。


「えっ…」


掠れた声は自身の名を呼ぶ神父たシスターの声にかき消された。

呆然としたままのアシュレイは駆け寄って来たシスターにいつの間にか抱き締められている。

繋いでいた手は離してしまった。


「良かった、無事で…」


鼻声のシスターに何故こんなことになっているのかを思い出す。


「…ごめんなさい」

「仕方ないわ…目を離してしまったこちらも悪いのよ」


ごめんなさい。

シスターの真摯な態度に知らないうちにしていた緊張が解けた。

ふと、彼女が気になった。

視線を上げて、隣を見る。

神父と話しながら、何かを書きつけて小袋と共に彼女は手渡した。

何だろう…。

アシュレイが見ていたことに気付いたのだろう。

こちらに歩いてきた。

シスターが背中を押すように1歩前へとアシュレイを押し出してくれた。


「あなた、アシュレイというのね」


急に血の巡りが良くなったのか、体が熱を持つ。

目の前で立ち止まり、目線を合わせるようにしゃがんだ。

しゃがみ込んだことで見えた。

海のような深い青の瞳がキラキラとしている。

すごく…。


「綺麗な瞳…」

「あら、ありがとう」


綺麗な青が少しだけ細められた。

彼女の手がアシュレイの額にそっと触れた。


「…貴方、アシュレイは魔女・-の弟子に、今、この時からなる」


不思議と彼女の名は聞こえず。

そのかわりに温かい何かが彼女の手から額に移った。


「あなたに教えることは1つだけ」

「1つ…?」

「そうよ、死なないように強くなりなさい」

「強く…」


この人は何で強くなることを願うんだろう…。

考えても分からないことが思い浮かぶ。


「それだけよ」


すっと彼女が立ち上がった。

引き止めなくちゃ…。

直感的にそう思った。


「…強くなったら、お姉さんを守れる?」


必死に彼女へとアシュレイは問い掛ける。


「とても、強くなれればね」


ローブを着ている彼女が今どんな表情をしているのか、アシュレイには分からなかった。


「…また、会える?」


これで今生の別れとなってしまうのは嫌だった。

少し考える仕草をした後、笑ったような声で彼女は告げる。


「さぁ?それは時の精霊に祈ることね」


ぶわっと顔に吹き付けるような風が吹いて、思わず目を瞑ってしまった。

そっと目を開けると目の前にいたはずの彼女がいない。

いない…。

シスターが元気付けるように肩を抱いてくれた。

じっと彼女のいた場所を見つめながら、ぽっかりと空いた胸の痛みについて考える。

これは…悲しい、のかな…?

いや……寂しい…?

初めての感情にアシュレイは戸惑いを隠せなかった。

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