ブースト東山vsカウンター・ディフェンダー
澄岡京樹
ブースト東山vsカウンター・ディフェンダー
ブースト東山vsカウンター・ソルジャー
とある日の夕刻。街並みは橙色に染まり、往来の人々を象る輪郭が薄ぼんやりとしていく黄昏時。黄昏の語源は「誰そ彼」であっただろうか——などとこれまたぼんやりと考えていると、目の前に正体不明の人影が現出した。夕日を背に立つその人物は暗き影でよく見えず、僕ははじめ、その視線がこちらに向けられていることに気がつかなかった。気がつけたのは影——男が話しかけてきたからである。
「やあ少年。私はブースト東山。超強いヒーローだ」
自分からヒーローを名乗ってくる謎の人物。聞いてもいないし脅威に直面しているわけでもないのにいきなりそのようなことを言ってくる人物を、僕はあまり快く思えなかった。率直にいえば鬱陶しかった。あと街中を全身赤色タイツ姿で闊歩するのはちょっと個人的には受け入れ難かった。ブースト東山は既に、僕の中では不審者であった。
「いや別に困っていないので」
そう言ってそそくさと東山の横を通り抜けようとしたのだが、それがまずかった。
「まあ待ちたまえ!」
東山に肩をむんずと掴まれた。本当に嫌だったので「えっ何?」と素で言ってしまった。
「私は本当に超強い。蹴り一つで敵をあの東のお山まで吹き飛ばせる。具体的に言うと15キロほど吹き飛ばせる」
聞いてもいないのに語り始める東山。ていうか東山ってそういうこと? もしかして芸名的なやつなのか? 聞く気はなかったので黙っていることにした。
「ちなみに東山という名はこの威力に由来する芸名で、本名は——オッと! それは秘密にしておこう。なぜってその方がミステリアスでイイからね。ハハハ!」
思わず舌打ちをしてしまいそうになったがどうにか堪えた。本気で自分自身を褒め称えたいところだ。……ただそれはそれとして、舌打ちを堪えたところでこの東山とかいうやつが引き下がることはないだろう。本気で業腹なのだが、既にその点に関しては諦めの境地であった。こういう手合いは話を都合の良いようにしか捉えないからだ。
だから僕は考えた。このクソにどうやって帰っていただくか。というか別に帰らなくても良いのでなんとか僕の視界から離れていただきたかった。そのためにはこのウンチ野郎の在り方を見極めねばならない。ならないのだが、今回はその必要が特になかった。なぜならこのカスが自称ヒーローだったからだ。
「……ヒーローって言っていましたけど、僕に構う余裕があるんですね。暇なんですか?」
「そんなわけなかろう! それでも私は君を守ろうと思ってだな! わかるかいヒーローの苦悩とかそういうなんか色々な葛藤とかそういうのが? だいたいだね、君は初対面のヒーローに向かってそんな」
メッチャまくし立ててくる東山。本当に面倒くさい。面倒くさいのだがこれで起点は作ることができた。やはりこの男、承認欲求を満たすためだけにヒーローを自称しているようだ。となればおそらく勝手に敵認定しているやつとかもいるのではないだろうか。
「わかりましたわかりました。ブースト東山さん本当にすごいですワーかっこいい」
感情がまるで篭っていない称賛らしき何かを口からこぼすと、ブースト東山はすっかり得意げになって笑顔で訊ねてきた。
「では改めて問うが、君は倒してほしい敵とかいるかな?」
そこで僕はこう答えた。
「いえ、特にいないので貴方のライバルを見てみたいです。宿命の対決とかかっこよさそうなので」
すると案の定アホはその話に乗っかってきた。
「ほう! 我が宿命との戦いを見たいと! そうは言っても色んな奴がいてね、ホラ、因縁と言っても様々な種類があるだろう。清く正しいライバルから因縁薄からぬ悪鬼とか色々ね! 本当に沢山いるんだけどどれが所望かな?」
「じゃあ防御力最強の相手でお願いします。貴方は攻撃力が自慢っぽいので」
「うむうむ! では連絡してみよう! しばし待て!」
そう言って東山はスマホで何者かに連絡をし始めた。なんなんだろう、ヒーローになりたいという願望を満たし合うグループでも結成しているのだろうか。
まあなんでも良い。攻撃力最強と防御力最強がぶつかり合っていれば勝手に千日手みたいになるだろう。それで拮抗しあっている間に僕はさっさと帰るのだ。
というプランでいたのだが。
「吾輩は反射力最強の男。その名もカウンター・ディフェンダー! なぜ防御力最強ではなく反射力最強なのか? なぜカウンターとディフェンダーの合わせ技ネーミングなのか? なぜブースト東山のライバルなのか!」
「やめろカウンター・ディフェンダー! それ以上言うな!」
「ガハハ任意の主題歌!」
などとなんらかの元ネタが有りそうな内輪ネタで盛り上がり始めた。内輪ネタは別に良いのだが部外者である僕を引き留めておいて話題から置き去りにするのはやめてほしい。……だがまあ、反射力最強とのことなのでそろそろ帰れそうだ。
「お互いの最強技でいっちょカッコいいシーンにしてくださーい。まずは東山さんの技から見せてくださーい」
という感じで適当に場を盛り上げたのでこれで良し。帰り支度をするとしよう。
「ウオオオオオ——ブースト東山ナックル!!!!!」
「ヌオオオオオ——ディフェンシブ・カウンター!!!!!」
僕のお願い通り先に攻撃を繰り出したブースト東山は、カウンター・ディフェンダーの反射技をもろに受けた。
そして、東の空へとんでいった。
ブースト東山vsカウンター・ディフェンダー、了。
ブースト東山vsカウンター・ディフェンダー 澄岡京樹 @TapiokanotC
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