第8話 本のニオイって独特

 三階の最奥。古い紙のニオイばかりが充満するこの場所は、早々に誰かが近づく事も無いし、何なら三年通って一回もここに来ない人間も珍しくない。

「圧倒的な蔵書ね」

「そのせいで、薄暗いからって理由で人気は皆無だけどな」

 日にあたると紙が痛むって事で、窓すら分厚いカーテンで基本的に塞がれた三階は、下手したら黴臭いとも思われそうなんだけども、意外や意外、結構清潔に保たれてる。

 床は定期的に掃除してるのか埃が転がってる事も無ければ、本棚に埃が積もってるなんて事も無い。勿論、黒光りするアイツとか、体の長くて足の大量にあるアイツが出てくることも基本的にない。

 一番奥の本棚に背を預けて腕を組み、俺はレッドガードへ向き直る。

「それで?話ってのは、昨日の続きか?」

「そうね。話が早くて、助かるわ」

「抜かせ。大体、どれだけ募られてもあんなもん提供する訳ないだろ」

「そこよ」

「あ?」

「どうして、カゲトラはそうなのかしら?」

「そうってなんだよ」

「年頃の男の子は、下半身の事にしか興味がないんじゃないの?」

「ぶっ!?お、おま、お前!少しは、暈せよ!何でそんな直球勝負なんだ!?」

「あら、これでも十分に譲歩してるわ。寧ろ、カゲトラが初心すぎるのよ」

「初心とかそんな問題じゃねぇ!モラルとか常識とか、その辺の問題だろ!」

 図書館って事も忘れて叫ばざるを得ない。もっとも、俺の声は周りの分厚い本のお陰で下の階にすら届きゃしないんだけども。

「大体、お前はどうなんだよ」

「私?」

「おう。その、何だ…………仮にもレッドガードカンパニーの令嬢だろ?だったら、その手の話もあるんじゃないのか?」

「そうね…………ええ、確かに。去年は、随分と年の離れた男性からの縁談があったわ。もっとも、お父様とお母様が権力を使って握り潰してしまったけれど」

「…………」

「引かないでちょうだい。私だって、三十歳以上も年上の禿げあがった揚げ物よりも油を含んでいそうなオジサマと夫婦になるなんて御免だもの。でもね、カゲトラ。アナタは別なのよ」

「そこで、そう言われてもな…………何でだ?」

「アナタが、それだけ価値のある存在だからよ」

 言って、レッドガードは一気に迫ってくる。

 そして、本棚を背にした壁ドン。因みに俺は、されてる側。

「超人因子の持ち主で、その中でも取り分け力が強い。それこそ、過去に英雄と呼ばれていたような人たちにも劣らないわ。既に、裏にはアナタの情報が回り始めてるもの」

「…………マジで?」

「本当の事よ。それだけ、超人因子を持って尚且つ、人外の存在に対しても劣らない存在は貴重なの。それこそ、ありとあらゆる手段を用いて懐に収めたいと思うほどに」

「……つまり、レッドガードは俺の中の超人因子の恩恵が欲しい訳だ」

「そうなるわね…………ただ、」

「ただ?」

「私自身、アナタを欲しいと思ったのもまた事実よ?」

 蠱惑的に微笑んだ半吸血鬼はそう言って、更に顔を近づけてきた。

 それはもう、目と鼻の先。吐息が互いにかかる程度には近い。

「あの時、誘拐されかかったあの瞬間、助けてくれたアナタの姿は、私にとって紛れもない英雄ヒーローその物だったもの。知らないの?女の子は、幾つになっても白馬の王子様にはときめくものなのよ?」

「…………い、いいとこ俺は、そこらの農民だろ……王子様とか、柄じゃない」

「でしょうね。アナタって、泥臭いもの」

「直球だな!?」

 自分で言ったこととはいえ、泥臭いまで言われたらちょっと傷つく。

 ただ、このやり取りのお陰か、少し肩の力を抜くことが出来たのもまた事実だ。

 それにしても、

「お前も物好きだよな。俺なんかに、告白とか正気の沙汰じゃないだろ」

「…………アナタって、鈍いのね」

「あ?」

「何でもないわよ。それより、放課後は時間あるかしら?」

「え?あー、まあ、今日もバイトは入って無いからな」

「そう。それじゃあ、開けておきなさい」

「理由は?」

「今日、襲撃が来る可能性があるからよ」

「…………昨日の今日だぞ。マジか?」

「あの程度で、亜人を再起不能にできるわけないじゃない。精々が、奥歯を一本へし折る位よ。何なら、一際恨みを買う事になったんじゃないかしら」

「…………マジか」

「だから、空けておきなさい。アナタの近くに居た人も巻き込まれる可能性もあるんだから」

「……分かった」

 そこで、チャイムは遠く聞こえてきた。昼休みも終わりだな。早く終わらないと、始業に間に合わねぇや。



 昼休みの一件から時間は流れて、放課後。西日の射し込んでくる校舎は人の気配が薄くなったそんな時間。

「わ、分からねぇ…………」

「ネイティブの発音に拘らない方が、日本の教育英語には良いんじゃないかしら?」

「でもよ、中学高校の英語って海外じゃ鼻で嗤われるとかいうしさぁ。なら、ネイティブの発音、少しは勉強と言うか練習しておくべきだろ?」

「海外に行く予定でもあるの?」

「いや、無いけども………出来ないよりは、出来る方が良いだろ?」

「アナタのそう言う所、控えめに言って好きよ?」

「ぶっ!?…………ホント、止めてくれ」

「あら、良いでしょう?人は、言葉にしないと気持ちって伝わらないもの。それに、アナタみたいなタイプにはストレートを投げるに限るわ」

「だからって、面と向かって言うか普通!聞いてるこっちが、恥ずかしくなるわ!」

「アナタだけよ」

「違う!そうじゃない!」

 何だ、コイツは!デレ期の最高潮って奴なのか!昼休み超えてからヤバいぞ、マジで。主に俺のメンタル的に!

 幸いと言うか、教室に居るのは俺とレッドガード位のもんだし、廊下にも気配はないけども、それでも…………なあ?

 思わず出そうになった溜息を飲み込んで、俺は窓の外へと顔を向けた。

 前は見れない。レッドガードのキレイな顔があるからな。かといって机の上のノートに視線を落としても、前の席に横向きに座ってる彼女がチラチラ見えるから落ち着かないしな。

 本当の目的は、放課後に合法的に残る為の自主勉居残りだったんだけども、何がどうしてこうなったか、今はレッドガードに英語の発音を習ってる現状。

 勉強にはなる。なるんだがこの女、あの昼休みの時間に吹っ切れたのかやたら俺に好意をぶつけてくる。それも、直球勝負ばっかりで変化球と言うか、遠回りなものが一切ない。

 無表情で言ってくるなら、困惑するだけなんだが。レッドガードは、好意を口にする度に微妙にその表情を柔らかく緩めてくるんだから質が悪い。

 リズリー・F・レッドガードは、美少女だ。

 月の光みたいな金髪のツーサイドアップに、ルビーのように真っ赤な瞳。宇田方学園の女子制服に包まれた体つきは女子特有の丸みを帯びたもんだが、その…………良い体つきだと思います、ハイ。

 変態みたいな物言いになったけども、そうとしか言えない。

 何と言うか、美を押し固めてそのまま人型にしたらこうなるんじゃないか、と思える程度には比率が整い過ぎてるし、一種の美術品か。

 そんな美少女が、真っ直ぐに好意を伝えてくる。天国にも見えるが、見方を変えれば一種の地獄でもあるだろ、この状況。

 別段俺が、同性愛者って訳じゃない。小さい子が好きな訳でも、凄い年上が好きな訳でもない。

 ただ、な。やっぱり思うんだ。

 には勿体ない、って。

 だって、レッドガードは良い奴だ。それこそ、俺の遺伝子情報だけが目的なら、好意だけをガンガンぶつけて俺を篭絡すればいい。

 でも、そうしなかった。態々、超人因子を理由にしたように見えて、その上で好意を伝えてくる。

 真っ直ぐだからこそ、信じられる。彼女は本気だって。

 だからこそ、俺にはキツイ。

「…………ままならねぇなぁ」

「?急にどうしたの?」

「いや……何でも―――――」

 ない、と続けようとした俺だったが言葉はその前に途切れた。

 突然、横合いから凄い力を感じて、気づけば俺の体は空中を飛んでいたのだから。

 地面へと落ちて行く中、俺の目にはハッキリと見えた。

 こっちに手を伸ばそうとするレッドガードと、そんな彼女を遮るような緑色この鱗を。

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