第7話 明日はいつでも平凡で
どれだけ慌ただしい夜であろうとも、等しく朝日は昇ってくる。
あの追いかけっこが終わった後、俺はレッドガードの車で家にまで送ってもらった。
やっぱり、お高い車ってのはシートまで違うらしい。落ち着かなかったけども。
「クソ眠い…………」
家についたのが、凡そ夜の十時前って所。思ったよりも時間は経ってなかったんだが、そこから飯を食べるのに三十分。次の日の準備諸々に十分。それから風呂に入って、床に就くまで十五分。
時間にすれば十一時過ぎには眠れたんだけども、俺は大体十時前、もしくは十時半前には寝てるんだ。体質的にエネルギー消費が激しいからな。
だから眠たい。ぶっちゃけ、布団でも用意されれば、そのままガッツリ眠れそうなレベルで。
何度目かの欠伸を噛み殺す。電柱とかにはぶつからない様にしないとな。折れるから。主に電柱の方が。
電柱、というか道路にある標識や、ガードレールとかあの辺は、壊すとその請求は、壊した人間に来る。当たり前だけども。
で、その一本が四十万とか、五十万とか。ガードレールなら、メートル単位で数千から数万なんだけども、そこから施工費やら諸々かかって三十万とか。
一高校生に払える額じゃない。当然、請求は両親に行くし、俺自身バイトしてはいてもその大半は食費に消えてる。
何でこんな事に詳しいかって?体質柄、意図しなくても壊す可能性があるからだよ。
この金額を知ってると、自然と気を付けるようになる。知った当初は神経過敏になり過ぎて胃が痛くなったけども。
幸いなのは、小学校でも、中学校でも、高校でも俺が浮いている点。
ボッチ乙、とか言われそうだけども加減に関して繊細さを要求される俺としては無駄に絡まれるのはそれだけでストレス。避けられてる位が丁度いい。
丁度いいんだが、
「おっはよー!かげっちィ!」
「…………よう、美作。朝から、テンション高いな」
こいつは、絡んでくる。
清楚さの欠片も無いなんちゃって大和撫子な美作は、教室だろうと通学路だろうと俺を見つければスキンシップしてくる。
いや別に、迷惑なんかしてない。こいつと話すのは楽しいからな。
ただ困るのは、その距離感。今も、背中を叩いて声かけてくるし、何なら肩が触れそうな程度には近い。
正直な所、危なっかしい。主に俺が原因で、怪我させないかが心配になる。
そう言えば、レッドガードが言ってたな。一回、自分のMAXを知っておいた方が良いって。
「どしたの?さっきから、右手、握ったり開いたり繰り返してさ」
「あ?あー……まあ、ちょっとな。ほら、俺って力が強いだろ?んで、全力って出した事が無かったからな。ちょっと気になってさ」
「ふーん…………珍しいね、かげっちが自分の事を気にするなんて」
「そうか?」
「うん、そう………………………………あの女のせい?」
「あ?何か言ったか?」
「ううん、何でもない。それよりも、全力を出すってどうするのさ。ほら、街中じゃ道路とか壊しちゃうしさ」
「そう、だな…………とりあえず、デカい休みの時にでも遠くの山とか、森にでも行ってみるさ。あ、海でも良いな」
拳一振り惑星を真っ二つ、何てレベルじゃ流石に無いとは思うけども、それでも俺自身、どれだけ力が発揮できるか分からない。
今の所、把握してるのはワゴン車程度なら軽くスクラップに出来る程度。それにしたって体感、一割も力が出て無いような気がする。
勿論、明確な数値として測ってるわけじゃないから確証はない。何なら、それは幻想で本当は、一杯一杯にやっても車が限界ってだけかもしれない。
今までは興味が無かった。でも、今は違う。あんな世界を知ったんだ、取れる対抗策は多い方に越したことは無い。
「…………い」
「うん?」
「何でも。ほら、早く行かないと遅刻しちゃう」
「まだ大丈夫だろ」
「そんな事言わない!ほら、早く!」
「うわっ!?ちょ、手を取るんじゃねぇ!握り潰しちまうだろうが!」
これがあるから、美作は油断ならねぇんだよ!
*
初日の授業はオリエンテーションが基本で、場合によっては一年の頃の内容の確認小テストがある程度。
何が言いたいかといえば、始業式翌日の授業日何て特に何事も無く過ぎて行くって事だ。
あっという間に昼休み。午後の授業に向けて活力を得る時間だけども、大抵の場合腹が一杯になった後の時間は眠くなるのが世の常ってものだけどな。
「…………何で、ここで食ってるんだ?」
「あら、私が何処で食べようとも、私の勝手でしょう?」
「いや、まあ、そうなんだけども…………」
視線が痛い。それこそ、クラス中から突き刺さってるからな。
昼飯は、一年の頃から教室で弁当派な俺。購買戦争やら、学食闘争には参加したことが無いんだが、今はソレを少し後悔中。
何せ、俺の使う机の隣に椅子を持ってきて相当豪華な弁当を食べてるレッドガードが居るからだ。
本当に、どうしてこうなった。
「あー、レッドガード?」
「なにかしら」
「いや、その……せめて自分の席で食べる方が広くスペースを取れるんじゃないか?」
「問題ないわ。私、少食だもの」
「いや、そうじゃなくてだな…………」
ダメだ、話が通じない。俺は、コイツ程視線を気にしないなんて事が出来る程メンタル鋼じゃねぇんだよ。どうしても、チラチラ見られると気になるってもんだ。
お陰で、卵焼きの味が上手く分からねぇ。俺の好きな出汁巻きだっていうのにこの仕打ちはあんまりじゃないか。
モソモソと、落ち着かない昼飯を無理矢理腹の中へと収めて、俺はどうにかこうにか弁当箱をカバンの中へと直した。
「…………で?態々、昼を一緒にするだけが目的じゃないんだろ?」
声量を落として、口元を頬杖をついた掌で隠しながら質問する。
「―――――そうね。構内の案内、頼めるかしら?昨日じゃ全部は見切れなかったもの」
行儀よく口元を拭いながら、彼女は返答替わりなのか紙を一枚机の上を滑らせてくる。
“人が多い”ね。やっぱり、裏の理由ありきじゃねぇか。
だが、どうするか。この時間、というか昼休み。小学校とは違って昼飯を食べる場所を限定されないせいで、学年問わず生徒が学校中に分散してるんだが。
勿論、往復の時間とかを考えれば校庭の端とかに行くのは現実的じゃない。
その上で、この時間帯に非との近寄りにくい場所。或いは、人が居たとしても、気づかれにくい場所。
「…………図書館にでも行ってみるか」
「図書館?学校では、図書室ではないのかしら?」
「あー、何て言うか、な。まあ、見た方が早いだろう」
正直な話、何で高々高校にあんな設備を作ったのか、俺自身も分からないし知ろうとも思わないが、人目を避けるなら十分だろうしな。
そう考え至り、俺はレッドガードを連れて教室を後にする。
噂なんぞは、知らん。
*
204758。この数字、なんだかわかるか?
正解はここ、宇田方学園図書館の蔵書数。その合計だ。流石に、国立図書館とかには劣るかもしれないが、普通の高校の図書室の蔵書数の凡そ十倍だ。
その圧倒的な蔵書数の為に、この学園、図書館を教室棟から切り離してるんだよな。具体的には、新しく三階建ての建物を建ててその中に、蔵書をぶち込んでる。
「…………凄いわね」
「だよな。俺も初めて見た時は、引いた」
渡り廊下で体育館みたいに教室棟から移動して辿り着く図書館のガラス扉を開けて、最初に俺たちを迎えるのは噎せ返るような本のニオイ。
一応、一階は新書や、文庫本、ライトノベルに、絵本やらマンガやら。二階には純文学含めた本から、資格試験用の問題集や参考書。三階には、図鑑から歴史書、医学書から、果ては巻物まで置かれてる。
因みに移動は、入り口から見て一番突き当りにある階段だ。文明の利器何て無かった。
「ここは、飲食が禁止だ。一応、ペットボトル飲料程度なら問題ないらしいが、大抵の人間は近づかない。まあ、今はスマホとかもあるからな。態々紙媒体の本に手を伸ばす高校生は多くない」
「これだけの、蔵書は珍しいわね」
「ああ、何でもこの学園の作った学園長が相当な読書家で、尚且つ乱読だったって話だ。この蔵書は、その学園長とOB、OGの元々の持ち物。三階に関しては、よその繋がりある場所からの寄贈らしいがな」
「そう…………それはそうと、彼女はアナタの知り合いかしら?」
「あ?あー……まあ、な」
レッドガードが言うのは、貸出受付のカウンターに座っている長い黒髪の女子。
目元が隠れるぐらい長い前髪と、青白くも見える肌の彼女はまあ、一応知り合いになる、のか?
「よお、
「ご、五稜くん……う、うん…………」
「そか。悪いな、急に声かけて」
「う、ううん……だ、大丈夫…………その…………」
「リズリー・F・レッドガードよ。藤上、
「…………え、何で知ってるんだよ」
「一般教養よ」
「どんな一般教養だよ!同じクラスならともかく、別のクラスの下の名前まで知ってるとか」
「図書館では静かになさい」
「誰のせいだと……!はあ…………悪かったな藤上。騒がしくしちまって」
「だ、大丈夫……何か、本を探しに来たの?」
「ああ、いや…………ちょっと人のいない場所を探しててな。ここの三階なら人も来ねぇと思って」
「そっか……」
前髪の隙間から覗く菫色の瞳。何でこうも、俺の知り合う相手は瞳の色がこんなに綺麗なんだろうな。ルビーみたいなレッドガードの目や、炎みたいな青い美作の目含めてよ。
それから、もう一度断りを入れて俺たちは、階段へと足を向けた。
それにしても、藤上って俺が図書館に来ると絶対カウンターに座ってるよな。一年の頃から絶対居る。
まあ、どうでも良いか。
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