第6話 尾を引く波乱は終わる事を知らず
走る、走る、走る。途中、屈む。また走る。
「迷路か、ここは!」
さっきから右に左に曲がっちゃいるが、一向に一階に降りれない。因みに、俺が今走ってるのは恐らく二階の廊下だ。根拠は、廊下にある窓から外を見た高さ的な勘。
体力的にはまだまだ余裕なんだが、こうも終わりが見えないと精神的にキツイ物があるな。
何より、
「…………」
後ろから追ってくるフラトゥスさんの圧が凄い。
スプリンターみたいな綺麗なフォームで時々、両手の指に挟んだフォークやら、ナイフやらを投げつけてくるんだが、その狙いがまあ、的確。
足やら、後頭部やら避けれてるのが奇跡のレベル。かといって、反撃しようにも、な。やっぱり、異性を殴るってのは抵抗がある。
まあ、こんな追い掛け回されても思考が温いのは、単純に俺自身が命の危機だと思ってないからって言うのが一番の理由だろう。
じゃあ受け止めろって?無茶言うな。痛いモノは、痛い。
そうして続く追い駆けっこ。その途中で俺はある事に気が付いた。
「…………あー、成る程な」
思わず、逃げ足も止まる。
気付けた理由は、窓だ。それから調度品と壁に掛けられた絵。
感覚的な物なんだが、多分この廊下ループしてる。じゃなきゃ、この速度で走り続けて階段の一つも見つからないのはおかしいだろ。
いや、勿論外付け階段があって、部屋のどこからか出入りするって構造の建物の可能性だってある…………けども、それって防犯面とかその他色々考えると不都合だろうしな。
という訳で、作戦変更。もしもの時は…………うん。
足を止めれば自然と、フラトゥスさんも追いついてくる。
「………お覚悟を」
「悪いが、それは無理だ」
肩幅に足を開いて、右の拳は天井に掲げるようにして持ち上げる。
「請求はレッドガードにしてくれ!」
そして、勢いよく打ち下ろす。
これが俺の変更した作戦の内容。
本来の道が一本の線だとしたら、俺が走ってたのはいうなれば輪。どれだけ走ってもゴールが無いし、戻ったところでスタートも無い。曲がり角があったりしたから気付くのに遅れたけどな。
で、俺のセカンドプランは、この輪その物の破壊。
全力、とまではいかないまでも結構な強さで廊下その物をぶん殴る。
一瞬周りの風景が揺らいだ気もするが、気にしない。
俺の振り下ろした拳の破壊力は、多分普通自動車が突っ込んでくる程度だろうと思う。少なくとも、核シェルターとか特殊な代物でもなければぶち抜ける。
狙い通り、俺の立っていた廊下は砕けた。ついでに、ガラスの砕けるような音も響いて屋敷が歪んでいく。
「何でもありだな」
恐らく一階。その廊下に降りて、見上げた天井は崩れた瓦礫がまるで逆再生のように戻っていった。
その穴が塞がる直前に、フラトゥスさんも飛び降りてくる。
「流石は、超人因子。無限回廊の術式を一時的とはいえ破壊するとは」
「やっぱり、さっきのアレはトカゲ男の時と同じ奴か……一つ、質問良いか、フラトゥスさん」
「何でしょう」
「アンタ、何で息が荒れないんだ?」
気になるのは、その点。
時速にすれば、三十キロ後半位のスピードで俺は走ってたつもりだ。なのに、この人は顔色一つ変えるどころか、肩の動きすらも殆ど無い。
「…………
「ふ、フランケンシュタイン……?」
「私の肉体は、生物構造を模倣しておりますが、全てが人造。故に、」
そこで言葉を切ると、フラトゥスさんは右手を前に突き出してくる。
走るのは、青い光。それが、彼女の腕を血管のように駆け巡っていく。
そうして、フラトゥスさんの前腕が上下に割れた。こう、生物的にじゃなくて、機械がレールに沿ってその部分を動かすような、そんな分かれ方。
機械だ。肌の質感とかは人間のソレでも、本質的には人間じゃないと視界で、音で訴えてくるそんな姿。
「…………マジで?」
フラトゥスさんの右前腕が形を変えて、俺に向けるのは所謂ところのガトリングガンの銃口だった。
撃てるのかどうか。そんな事は、回転し始めた束ねられた銃身が教えてくれる。
「待て待て!こんな所でぶっ放せば、屋敷が穴だらけになるぞ!?」
「問題ありません。現在の
「それ、遠まわしに俺が暴れ過ぎたら壊れるって言ってないか?」
「ご想像にお任せします」
「逃げるしかないじゃねぇか!?」
洒落にならねぇ!
*
「…………派手にやってるわね」
紅茶も、そろそろ無くなってしまうわね。
カゲトラが、屋敷に刻まれた無限回廊の術式に気づくかは五分五分だと思っていたのだけれど、存外早かったわ。
無限回廊の術式は、その名の通り廊下や通りを無限にループさせる結界系に属する術式の一つ。一度嵌れば、並大抵の術者じゃ抜けられない。
けど、カゲトラはそんな結界を拳一つで綻びさせてしまう。一時的とはいえ、まだ彼は手加減しているみたいだし限界を一度やっぱり見ておきたいわね。
「ヴィクトリア…………」
珍しい。あの子が形態変化を見せるだなんて。遠く聞こえる銃声からして、ガトリングかしら。
はしゃいでる、訳じゃないわね。あの子にその手の機能は存在しないもの。
各種アタッチメントを取り付ける事で様々な状況に対応することが出来る、という売り出し文句から造られた現存する唯一の個体。
私の様な混ざり者でも、カゲトラの様な超人でもない。
人によって造られ、魔によって
「さあ、どうするのかしらカゲトラ。アナタの力なら、あの子を壊すなんて造作も無い事でしょう?」
そして、私に子だねをくれないかしらね。
*
本当に、ヤバい。このままだと、俺死ぬかも。
「五稜様、お諦めください。この場からの逃亡は100%不可能と判断します」
んな事分かってんだよ!分かってるけど、どうしようもないんじゃ!
さっきの廊下の件から咄嗟に逃げる為に近くの部屋に飛び込んだ俺は、今はリアルホラーゲームの真っ最中。
鬼は、フラトゥスさん。逃亡者は、俺。
薄暗がりの部屋、机の影に身を潜める俺と靴音鳴らして近づいてくるフラトゥスさん。
怖い。純粋にホラーテイストで怖すぎる。
そもそも、腕がガトリング砲になるメイドってなんだよ。化け物かよ。化け物でしたわ。フランケンシュタインさんでしたわ。
しかし、どうする。相手が人間じゃないからって、全力でぶん殴るのか?あの美人さんを?
…………無理だ。想像の中でさえ、心が痛むって言うのにあの華奢な体なんて殴ったら胃が捩じ切れる。
なら、どうするか。やっぱり、一番のベストは取り押さえて無力化、か?
幸い、機動力は多分俺が上。純粋な馬力も、恐らく俺が上。
後はタイミングだな。足音的には、そろそろだと思うんだが。
そして、俺は行動を開始する。
「目標、補足」
「実弾じゃなくても、こえーぞコレ!」
飛び出すと同時に、独特のモーター音の後銃口からは弾が発射されてくる。
一応、非殺傷の代物らしいんだが、一発で木製の扉を凹ませてたあたり何発も食らえばまず間違いなく動けなくなる。
そう広くはない部屋。俺は、フラトゥスさんを中心にするように円をするように姿勢を低く反時計回りで駆け抜けていった。
「捕まえ―――――」
「―――――
ガトリングの射線を潜り抜けて飛び掛かった瞬間に聞こえた嫌な音。
出所は、フラトゥスさんの左腕。
「―――――
「うおぉおおおおおお!?」
文字通り、間一髪。思いっきり、背骨が折れるんじゃないかっていうほどに体を仰け反らせれば、スレスレのところを斧の刃が通過していた。
ただ、生憎と俺は空なんて飛べないし、空中殺法が出来るわけでもない。
で、そんな俺が飛び掛かった状態から、急激に仰け反ったらどうなるかは火を見るよりも明らかだった。
「あだっ!?」
背中から床に落ちる。後頭部も打ったせいか、視界に星が散った。
直ぐに起き上がろうとしたんだけども、その前に額、というか顔面に八本束ねた銃口を向けられちゃ、動けない。
「鎮圧完了」
「…………フラトゥスさん、左手も武器になるのね。しかも、斧とか」
「戦闘人形ですので」
「その他にも、仕込みがあったり?」
「私単体の戦闘能力はそれほど高くはありません。優秀な
「…………個人に対してガトリングは、過剰戦力じゃない?」
「否定します。五稜様との本格的な戦闘を想定するならば、最低でも現在装備されている
「過大評価が過ぎる…………!」
ガトリングの十倍の火力ってなんだよ。機関銃か?アンチマテリアルライフルか?もしくはミサイル?
少なくとも、人間単体に向けるような火力じゃないよな。
さて、現実逃避はここまでにしよう。まあ、打開策は既に見つけてるんだがな。
「五稜様、拘束させていただきます」
「拘束、ね。因みに、どうするんだ?俺って多分鎖とかも引き千切るぞ?」
「こちらを使います」
「………注射?」
「筋弛緩剤です」
「毒か!?」
「ご安心を、数分で効果が抜けますので」
「そう言う問題じゃない!」
斧から普通の手に戻したフラトゥスさんが、無表情で注射針を向けてくる。
今しかない!
「悪いな、フラトゥスさん!」
最初の一手。ガトリングの銃身を掴んで、そのまま握り潰す。
次の一手。刺そうとしてくる左手の注射器を握り潰す。
最期の一手。腹筋を使って体を起こし、その反動で抑え込もうとしてくるフラトゥスさんを逆に突き飛ばして、押し倒す。
「形勢逆転だ」
倒れた彼女の顔面間近に拳を添えて左手で肩口を抑え、拘束完了。
右腕は壊しちまったが、ガジェット?とやらは幾つか有るらしいからな。彼女が人形なら付け替えも可能だろ。
「…………」
「俺の勝ち、って事で見逃してくれるか?」
「私の仕事は、お嬢様のご命令を遂行する事ですので」
「ッ、待て待て待て!そんなに無理矢理動こうとするな!」
無理矢理起き上がろうとするフラトゥスさんを、どうにかこうにか抑え込むのは神経を削る。
というか、掴んだ肩の感触が完全に機械とかじゃなくて、服越しとはいえ人間のソレなのが余計に困る。
まるで、ガラス細工だ。変に力を入れたら壊しちまいそうだ。
「あー、くそっ!マジで、止まれってば!」
「できません」
「何でだ!」
「お嬢様のご命令だからです」
「ふっざけんじゃねぇぞ!!!」
視界が赤くなった。同時に、左手を彼女の肩から外して、その胸倉を両手で掴んで引き上げる。
「命令がなんだ!アイツは、アンタに壊れてまでそれを求めるってのか!?」
「私は、人形です」
「今!ここで!俺と話してるのは、アンタだろうが!!!」
「…………」
「ああ言って、断った手前言い難いんだがな。レッドガードは、お前が居なくなったら悲しむと思うぞ」
「…………」
「人形だろうが、何だろうが、ずっと側にいたんだろうが。穴を開けるつもりか?」
薄暗い部屋に、俺の言葉だけが木霊していく。
ああ、そうだ。さんざん理由を重ねてはみたけども、結局俺がフラトゥスさんに拳を振るえなかったのは単純な事だった。
この人は、レッドガードの大切な存在だったから。
俺は、そんな誰かの大切を
「…………私は、戦闘人形です」
「ああ、そうだな」
「お嬢様のご命令を遂行する事こそが、存在意義です」
「ああ、聞いた」
「それは、己の破壊を懸けてでも果たされねばなりません」
「…………それで?」
「………………………………お嬢様は、私が壊れることを望まれないでしょうか?」
「少なくとも俺は、嫌だ。身内が、帰ってこないなんて考えたくも無いな」
「お嬢様も、そうでしょうか」
「そりゃあ―――――」
「―――――当たり前でしょう?」
俺の言葉を遮って鈴の様な声が部屋に響いた。
その声伸した方へと顔を向ければ、そこに居たのは廊下の電灯で逆光になったレッドガードの姿。
彼女の瞳は、薄暗くてもハッキリと分かるほどに紅く輝いていた。
「いつまで、私のメイドに乗っているつもりかしら、カゲトラ」
「ッ、人聞きの悪い事言うんじゃねぇよ!元はといえば、お前が―――――」
「薄暗い部屋で、片腕が不自由になったメイドを押し倒して息を荒げる姿を第三者が見ても、そう言える?」
「…………」
何て、的確で嫌な言い方しやがるんだこの女。いや、想像したら通報待った無しの光景ですけどもね。
気まずい気分になって、その場を退けば入れ替わるようにしてレッドガードはフラトゥスさんの側に膝をついた。
「手酷くやられたわね、ヴィクトリア」
「……申し訳ありません、お嬢様」
「…………まあ、良いでしょう。カゲトラも、相当の手加減をしてくれたみたいだしね」
「……おい、何で睨むんだよ」
「当然でしょう?ヴィクトリアの右腕を壊されたんだもの。少し、手間なのよ」
「少しじゃねぇか。と言うか、そもそもの話レッドガードが、あんな要求してこなけりゃ、こんな事にならなかったんじゃないのか?」
「あら、私が悪いって言うの?」
「言うだろ。あんな、その…………こ、子作りとか、言いやがって…………」
「初心ね。何を恥ずかしがってるのかしら」
「むしろ、何でお前はそこまでオープンなんだよ。恥じらいとか無いのか?」
「さて、どうかしらね」
はぐらかすように、言葉を切ったレッドガードは俺から視線を外すと、徐に未だに倒れたフラトゥスさんの膝裏と背中に腕を差し込んだ。
スゲェ、体格的にフラトゥスさんの方がデカいってのに、こいつ何の苦労も無く持ち上げやがった。
「今日の所は、アナタの勝ちよカゲトラ。家にも帰してあげるわ」
「お、おう…………うん?今回は?」
「当たり前でしょう?私は、アナタを諦める気なんて毛頭ないもの。覚悟しておくことね」
それだけ言い捨てると彼女は、すたすたと部屋をアッサリ出て行った。
部屋に残るのは、置いて行かれた俺一人。
え、マジでこれからどうなるんだ、俺?
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