第5話 急転直下の説明会
俺の体は、生まれた時から強かった。母さんや、父さんの話じゃ赤ん坊の頃からただ握るだけでも骨が軋む程の強さだったって話だ。
そして、この力は歳を重ねれば、重ねるだけ。時間を重ねれば重ねるだけ、強くなっていった。
今じゃ、俺自身もその底を知らない。
*
「待たせたわね」
「あー………まあ、な」
「あら、この場合は、それほど待たなかった、と言う所じゃないかしら?」
「いや、そっちの都合で待たされてたんだから、妥当だろ」
ジト目でレッドガードを見れば、涼しい顔で見返されて反対のソファに座られる。
テーブルを挟んで向かい合う形だ。ついでに、フラトゥスさんは彼女の前に紅茶の入ったカップを置いて、レッドガードの座るソファの斜め後ろに陣取っていた。
待たせたからか、レッドガードの恰好はいつぞやの誘拐されたときの服装。ツーサイドアップの髪も相まってマジでご令嬢だな。
いや、実際、レッドガードはご令嬢だ。レッドガードカンパニーは世界有数の大企業。主に物流関連が本業らしいが、電子工学や医療、果ては兵器の製造にまで手を出してるって話。
あくまでも噂。でも、その噂が真実味を帯びる程度にはこの会社は大きすぎるんだ。
「―――――さて、それじゃあアナタの質問に答えていこうかしらね」
「良いのか?というか、レッドガードって俺の体の事に俺以上に詳しいよな?」
「そうね。まずは、そこからかしら」
頷くレッドガードは、紅茶に口をつける。
関係ないが、一挙手一投足が絵になるよな。美人って。
「超人因子を知ってる?」
「…………いや。超人ってのは、何となくわかる。スポーツ選手とか言われてるよな」
「ええ。でも、この場合の超人は文字通り、人を超えた人類の事を指してるの」
「人を、超えた…………?」
「アナタの体に当て嵌めれば、分かりやすいわ。その筋力、身体能力は明らかに人を超えているでしょう?」
言われてみれば、確かにそうだな。
純粋な力が頭一つどころか、体一つ飛びぬけてはいるけども、俺の体はやっぱりおかしい。
傷の治りも早いし、小さいときは良く骨が折れてたけれども今はそんな事も無い。
極めつけは、あのトカゲ男のパンチを頭突きで受けた時だ。皮膚が表面的に裂けて血が出ただけで、その下の頭蓋骨や脳にはダメージが無かった。
「…………超人因子?ってのが俺の体の原因なのか?」
「ええ。とはいえ、超人因子そのものは歴史上にも多く見られるもの。かの有名な英雄や、歴史上の人物が持ち合わせていたとも言われているわ」
「歴史上の?」
「例えば、三国志に出てくる呂布。彼もまた持ち合わせていらしいわ。その他にも、日本なら野見宿禰、歴代最強の力士ともされる雷電爲右エ門もそうだった、と」
「へー……何か原因とか、理由があってその超人因子ってのは芽生えるのか?」
「どうかしらね。確かに、血筋的に近ければ引き継がれやすいとは言われているわ。でも、絶対じゃないの。共通するのは、超人因子を持っているかどうかは、生まれた時点で決まっているという点ね」
「生まれた時点…………」
「個人差は、もちろんあるわ。それこそ、常人の二倍程度で凄い力持ち、で済むような人もいれば、カゲトラみたいに底の見えない人もいる。アナタ、全力って出したことないでしょ?」
「え?」
レッドガードに指摘されて、俺は記憶を遡ってみる。
…………うん、まあ、確かに全力全開で動いたことは無い、な。力加減にしたって結構適当だ。
「一度、全力を出した方が良いわ。少なくとも、今後役に立つでしょうから」
「おう…………うん?今後?」
「そうよ。アナタは、図らずも今日別の世界を知ったの。そして、一度知れば彼らはアナタを逃さない」
「彼らって…………あの、トカゲ男か?でも―――――」
「倒せていないでしょう?何より、あの男は単独犯じゃない」
「ッ、マジで?」
「あんな知能の足りて居なさそうな、爬人が空間剥離みたいな術式を使えるわけないでしょう?必ず、仲間が居る」
「く、空間剥離…………あの、廊下みたいなって事だよな?」
「そうね。あの規模になると相当な術師、或いは妖精が絡んでるかもしれないわ」
「妖精?ちょっと、待てよレッドガード。妖精なんて居るのか?」
「勿論、居るわよ。そもそも、この世界には人間と動物、植物だけじゃない。微生物も居る、なんて話ではなく、ね。亜人もその一つ。そして、私とヴィクトリアも人間じゃないわよ」
「………………………………マジで?」
思わず、レッドガードの顔と、その後ろのフラトゥスさんの顔を見てしまう。
いや、確かに美人だ。それもとびきりの、美人。でも、それだけ。人間じゃない、何て唐突に言われても信じられないってのが、正直な所だ。
そんな俺の内心を読み取ったのか、レッドガードは微笑んだ。
「証拠、とまではいかないかもしれないけれど、見せてあげましょう」
言って、レッドガードは目を閉じた。
変化は、割とすぐの事。
最初に、彼女の両耳が上に尖り始めたんだ。こう、アニメや漫画の悪魔みたいに。次いで、その両手の爪も鋭く尖っていく。
後は、雰囲気。何と言うか、禍々しい。
「―――――ふぅ…………やっぱり、比率を変えるのは疲れるわね」
そう言って目を開けたレッドガードの瞳は、あの時廊下で見たような瞳孔が縦に裂けたような真っ赤なルビー。
ついでに、微笑む彼女の口の隙間から白い棘?が二つ飛び出してるな。
金髪に、ルビーの目。それに特徴的な歯の形……そして、美人。
「…………吸血鬼?」
「あら、博識なのねカゲトラ。そう、私は吸血鬼。といっても半分だけなんだけど」
「半分?…………ハーフって事か?」
「ええ。人間と、吸血鬼のハーフ。ダンピールって言うの」
「ダンピール……じゃ、じゃあ、レッドガードは血を吸うのか?」
「それは、比率によってかしら」
「比率?」
「ええ、そう。私は人間の要素を50%、吸血鬼の要素を50%持ってるわ。そして、このパーセンテージを、私は操作できるの」
「ほー…………で?」
「人間の比率が多ければ、人間に。吸血鬼の比率が多ければ、吸血鬼に。それぞれ近くなるわね。ただし、このパーセンテージは絶対にどちらかの比率が100%になる事は決して無いの」
「…………つまり?」
「限りなく人間や、吸血鬼に近づけても、完全に人間や吸血鬼になることは無いって事。もっとも、これは種族柄仕方が無い事ね。混ざり者は、混ざり者でしかないの」
「…………」
紅茶を飲む、レッドガードの姿が俺にはひどく寂しげにこの時見えた。
混ざり者。要は、除け者か。どこまで行っても真似事で、完全にどちらかになる事なんてありえない。
似てる、と思う。少なくとも、人の見た目をしながら異物感がある点では俺と彼女は近いんじゃないか?
とはいえ、こういう事は言わない方が良い。ソースは俺自身の経験から。どちらかというと、気づいても触れてくれない方が良い。仮に触れても普通な態度で、腫れものを触るような感じは、逆に空しくなる。
それにしても、吸血鬼か。いや、既に爬人とかいうザ・リザードマン的な物を見た後だからインパクトに欠けるというか。少なくとも見た目の変化はそう大きくなかったな。
そう言えば、後ろのフラトゥスさんも人間じゃないって話だったな。
何だ?吸血鬼繋がりで、彼女も吸血鬼とか?
「さて、カゲトラ」
「…………ん?呼んだか?」
「ええ、呼んだわよ。カゲトラ、ここからが今回の本題なんだけど」
「あ?本題って…………俺への説明会じゃなかったのか?」
「それは、前振りよ。前情報として、幾つかアナタには知っておいて欲しかったからこの時間を設けたの。本題は別にあるわ」
「…………聞かないって選択肢は?」
「ある筈ないでしょう?」
「ですよねー」
不味い、猛烈に嫌な予感がする。具体的には、レッドガードが編入して教室に入って来た時と同質な奴。
要するに、これから俺にとって不都合なことが起きるって事だな。
かといって、逃げるのは難しい。少なくとも、ここは人の家だ。流石に壁ぶち抜くわけにはいかないし、扉を壊すのもNG。
もしも、そんな事やって請求書が家に来たとしたら…………笑えない。下手しなくても一家離散もあり得る。
そこまで考えてのこの状況なのかどうかは分からない。分からないけども、多分今この俺の思考含めてレッドガードの掌の上だったことは何となく分かった。
どうしたもんかな。
ある筈もない打開策を俺が頭の中で模索する間にも、時間は無情にも流れていく。
そして、
「―――――アナタには、私と子を持ってもらうわ」
「…………………………………………………はあああああ!?」
とんでもない方向へと跳んで行った本題に俺はソファへの気遣いも忘れて蹴り倒す勢いで立ち上がっていた。
当たり前だろ。最初に会ったのだって、二週間前。その時だった碌な会話も無かったし、せいぜいが自己紹介した位だ。
そして、今日。会話こそすれ、相手の事なんてろくに知らないし、そもそも付き合ってすらもいない。
そんな相手から、突然の子作り発言。動転しない方がおかしいだろ。
目を白黒させる俺に対して、爆弾を投げつけてきやがったレッドガードは涼しい顔。暢気に紅茶何ぞ飲んでやがる。
「そこまで、驚く事かしら?」
「いや、驚くだろ!?むしろ、ろくに知らない異性からいきなり、こ、子作りとか言われたらよォ!」
「一目惚れ、何て言葉もあるんだもの。出会って直ぐに子どもを求める人もいると思うわ」
「居ねーよ!居たとしても、ごく少数だろ!?少なくとも、俺は違うぞ!!」
「こんな美少女からの誘いよ?嬉しくないの?」
「嬉しい、嬉しくない以前の問題だ!モラルとか、品性とかのな!」
「そこまで言わなくても良いじゃない。私はただ、アナタの子種が欲しいだけなのよ?」
「顔色一つ変えずに、んな事言うんじゃねぇよ……!恥じらいがねぇのか!?」
「命を育む行為を恥ずかしいモノにしないでちょうだい」
「それは!そうだが…………いや、やっぱりおかしいだろ。俺とお前は、殆ど初対面なんだぞ?そんな相手に、付き合ってもいない相手にそんな要求するか、普通」
「…………別に、良いでしょう?貴方は、私で童貞を卒業できる。私は貴方の子を身籠る。対等な取引だわ」
「一遍お前は倫理を学び直してきやがれ……!とにかく!俺はお前と、そんな事するつもりはない!色々と教えてもらったのは、感謝するがソレはソレだ。帰らせて―――――」
「逃がす訳ないでしょう?」
踵を返して扉へと向かおうとした俺の耳に、低いレッドガードの声が届く。次いで、風を切るような音も。
咄嗟にしゃがんだ俺だが、その直後に俺の頭があったであろう場所を何かがすごい勢いで通過して向かう先だった扉へと突き刺さっていた。
それは、銀色のフォーク。四本のピックと三つの股がある、手入れの行き届いたテーブルフォークだ。
油の差していないブリキ人形のように体を震わせて振り返れば、その先に居たのはフラトゥスさん。
彼女の持ち上げられた右手の指の間に扉に刺さったタイプと同じフォークや、テーブルナイフ、スプーンが構えられていた。
「アナタが、頷くまで逃がさないわ」
「ッ!ぶっ壊しても、文句言うなよ、テメー!」
かくして、俺の
いや、本当に。どうしてこうなった!?
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