第4話 力の一端はその手の中

 亜人、爬人、トカゲ男。

 何だ今日は、本当に厄日か?それとも、今日が俺の命日になっちゃうとかそんな日なのか?

「ギッヒヒヒヒ……さあ、ぶっ壊してやるよガキィ……力がちっとばかり強いみて~だが、もう効かねぇ。ぶっ壊す」

「ッ、やってみろ化け物が」

 本当に、何でこんな事になってるのかは分からないけども、それでも俺はレッドガードを守るように前に出る。

 さっき殴られたのも不意打ちだったからだと仮定しよう。相手は化け物。だったらこっちもで力入れてかねぇとな。

 …………それにしても、こんな意味の分からない状況で俺は結構落ち着いてる。

 こんな状況の経験何て無い筈なんだが、こうしっくりくるというか。歯車が上手くかみ合って回り始めたような、そんな感じだ。

「ふぅーーーーッ…………」

 喧嘩なんて碌にしたことが無い。格闘技何て以ての外。

 だって俺は、力が

 勿論それは、人間の中だけだと思ってるし野生動物の力自慢。例えば熊とかその辺との相撲何て金太郎じゃねぇんだから取った事も無い。

 ただ、何となく拳の出しやすい位置に置くだけ。

 昔見たムエタイの構えに近いか。まあ、俺はムエタイ何てしたことないけどもね。

「ギッヒヒヒヒ…………死ねェエエエエエッ!」

 トカゲ男が突っ込んでくる。

 速い、けども真っ直ぐだ。何の捻りも無い、俺を舐めた攻撃だ。

 躱す?防ぐ?否、そんな技術も技能も、俺にはない。

 だったら、どうする?

「―――――フンッ!」

 迎え撃つしかないだろ。

 迫る岩石みたいな緑の拳に対して、真正面から額を叩きつけに行く。

 まるで、交通事故でも起きたんじゃないかと思えるほどの音が鳴った。ついでに衝撃で首が軋むし、軽く眩暈も起きる。

 けど、

「ああああああああっ!?て、手がぁああああああああ!?」

「ど、どうやら、ぶっ壊れたのはお前の手らしいな…………っと」

 トカゲ男の拳は砕けた。こっちも額から血が出てるけども、ダメージレースなら勝った。

 ちょっとふらつく体を無理矢理動かして、頭を前に突き出したときに後ろに動かした拳をそのまま振りかぶる。

「ぶっ飛べ!!!」

 ただ真っ直ぐに振り抜くだけ。力任せに殴るだけ。

 怯んだトカゲ男の胴体へと、俺の右拳が突き刺さった。

「カッ…………!」

 さながら、野球のピッチャーだな。拳が当たった瞬間に腕の力と肩の力、それから踏み込みを利用してその巨体を吹っ飛ばす。

 先の見えなくなった廊下をぶっ飛んでいくトカゲ男。だが、その体は急に消えた。

「…………はい?」

 思わず気の抜けた声が出た。

 トカゲ男だけじゃない。さっきまで先の見えなかった廊下や、聞こえなかった外の音が

「―――――手加減、したわね?」

「あ?」

「意識的にしろ、無意識的にしろ、あの男に拳を叩きつける瞬間、カゲトラ。アナタは、自分の力にブレーキを掛けた。仕留めきれなかったのは、そのせいよ」

「いや……は?……というか、レッドガードっていったい何者だよ。あの化け物もお前狙いだったよな?」

「…………そうね。アナタもこっち側に足を踏み入れたものね」

 そう言って、レッドガードは真っ直ぐに俺の目を見返してくる。

 うん?今気づいたけども、コイツの瞳孔ってこんなに縦に裂けたような見た目してたっけな。色合いは、綺麗な赤のままだけど。

 まるで、ネコ科の猛獣。見られてるだけで、背筋に冷たいものが流れる気がする。

「―――――さあ、ご案内」

 指のスナップが鳴った瞬間、レッドガードの後ろの空間が不自然に揺らいだ気がした。

 そして、

「おおおおおお!?」

 俺は何か得体のしれない物に飲み込まれていた。



―――――化け物!

 知ってる

―――――人間じゃない

 知ってるさ


 自分が人間離れしてる事なんて、自分が一番知ってる

 だから、俺は―――――



 視界が晴れると、そこに広がっていたのは豪華な部屋だった。

 何だこの、ザ・お嬢様ルームみたいな部屋は。天蓋付きのベッド何てドラマとかアニメ以外に初めて見たぞ。

 そして、そんな俺はウン百万でもしそうなソファに座らせられていた。

「ええっと…………?何がどうして、こうなったんだ?」

 記憶を振り返っても、大した情報は無い。

 あのトカゲ男をぶん殴って、気絶するかと思ったら消えて、レッドガードが指のスナップを一つ鳴らして、気が付いたらこの部屋に居た。

 うん、訳分からねぇわな。そもそも、今日は色々と起き過ぎてるし。

 あ、そういえば。

「今って何時だ?あんまり遅いのも…………うん?」

 時計探しに周りを見渡すついでに、無意識の頭に伸びた指先が髪じゃないものに触れた。

 触ってみれば………これって、包帯か。

 そう言えば、トカゲ男のパンチを真正面から頭突きで迎撃したんだったな。割と血も出たし。

 治療されてるって事は、結構時間が経ってるのか。元々、傷の治りは異常に早いから出血とかその辺じゃ測れないし。

 窓には、分厚いカーテン。隙間も見えない。それじゃあ、スマホを見ようとも思ったんだが、生憎と大抵の荷物はカバンの…………あ。

「俺のカバン!」

 思わず立ち上がって叫んでしまう。

 そうだよ、忘れてた。カバンを教室に置きっぱなしにしてたんだった。

 不味いな。あの中、スマホだけじゃなくて学生証とか一式入ってるし、財布とかもあの中だ。

 ここが、仮にレッドガードの家だったとして学校までどれだけかかるのか。

 全力、じゃ走る訳にはいかなくても、それでも走ってどうにかなる距離なのかどうか。

 人っていうのは、考え事をしていると途端に視野が狭くなる生き物だ。

 かくいう俺も、カバンの事ばっかりに気を取られ過ぎて、視野が狭くなってた。

「―――――お目覚めですか」

「おぉうっ!?」

 めっちゃ変な声出た。

 勢いよく振り返ったらそこに居たのは、メイドさん。

 黒髪のショートカットに、紺のスカート長めなメイド服着たメイドさんだよ、オイ。俺、メイドカフェとか行ったことないからよく分からねぇけど。

 そんなメイドさんの手には、俺のカバンが。

「こちら、学園よりうちの者が回収いたしました。中身の確認をお願いいたします」

「は、はい」

 とりあえず、カバンを受け取って中身を改めていく。

 いや、うん。今日は始業式ぐらいで特に弄って無いから問題ないな。財布も中身抜かれてないし、スマホも問題なし。

 問題なのは、

「…………」

 メイドさんが微動だにせずそこに立ってる点。というか、めっちゃ見てくる。

 何だ今日は。美人に見つめられる日なのか?レッドガードもメイドさんもレベルが高すぎるだろ。

「えっと…………大丈夫みたいっす。財布もその他貴重品もあったんで」

「そうですか」

「それでその……家に、連絡しても良いっすか?時間が―――――」

「その点はご心配なく。既に、五稜様のお母様に連絡は済んでおりますので」

「へ?……あ、そっすか…………」

「はい。ですので、もうしばらくお待ちくださいませ。お嬢様も、じきにお見えになられます」

「あ、はい」

 いやこれ、さっきよりも気まずい奴だよ。このメイドさんめっちゃ仕事できる人じゃん。コミュ障になっちゃうよ、こんなの。

 促されるままにソファに座り直せば、メイドさんはお茶の準備を始める。うわっ、スゲー。ティーポットをあんなに高く上げてカップに注いでる。しかも、一切びちゃびちゃ跳ねないとか。

「紅茶は、レモン、ミルク。どちらをお召し上がりに?」

「あ……レモンで」

 ぶっちゃけ、紅茶はあまり飲まないけど。ペットボトルの市販品位か。で、ミルクティーは甘い。俺的には後味サッパリしてほしいのが飲み物の好みだな。

 それにしても、

「…………めっちゃ、美人」

「ありがとうございます」

「ッ!?ちょ、ちがっ!いや、違くない!メイドさんは美人っすけど別に口説いてるとかそんなんじゃないんで!」

「ええ、存じ上げております」

 に、にこりともしねぇ…………いや、別に口説く意図があった訳じゃないし、うん。寧ろ、良い反応されたらソレはソレでこっちが困る事になってたか。

 耳まで赤くなったのを自覚しながら、俺は紅茶の揺れるカップを手に取って口をつけた。

 ベストな温度。紅茶の香りと、レモンの酸味でサッパリした後味だな。

 紅茶のお陰か、一息付けたからか視界が広がった気がする。

「あの、メイドさん?」

「何でしょうか」

「あ、いや、その…………名前の方を聞いても良いかな、と」

わたくしは、レッドガード家に仕える一メイドでしかございません。お好きにお呼びくださいませ」

「いやでも……やっぱり、名前があるならそっちを呼ぶべきじゃないかなぁ、と。あ、俺は五稜景虎っす」

「存じ上げております…………そうですね、私の名も述べるべきでしょうか」

 そう言って、メイドさんは優雅な動作でスカートを両手の指でそれぞれ摘まみながら優雅な一礼を見せてくれる。

「ヴィクトリア・フォン・フラトゥスと申します」

「ええっと……フラトゥスさん?で良いんすかね」

「五稜様の好みで構いません…………そろそろ、お嬢様もいらっしゃいますでしょう」

「…………」

 やっぱり、フラトゥスさんの顔は変わらない。

 表情筋が硬いのか、もしくは仕事柄無表情がデフォルトで癖になってるのか。

 それにしても、外国人なんだな。黒髪で、顔立ち的にはアジア系にも見えたんだが、ガッツリヨーロッパ系の名前だ。

 そうして、また沈黙の時間になると。まあ、元々俺は話題をバンバン提供できるタイプじゃないし、何と言うかこの人は答えてくれ無さそうだしな。

 大人しく、レッドガードが来るのを待つとしようじゃないか。

 そんな事を考えながら、俺は残りの紅茶を体の中へと流し込むのだった。

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