第74話 災禍の滅竜

「ッ、なんだ?」


 アイリスとシオンが和解した後。

 町の外に避難した皆に、悪魔を倒すことができたと伝えに行こうとしていたその時だった。

 突然、大地全体が大きく振動し始めた。


 それと同時に、形容しがたい嫌な予感が湧いてくる。


「アイク、あれ見て!」


 それ・・に一早く気付いたのはフレアだった。


 フレアの指差す先――セプテム大迷宮がある方向だ。

 その頭上に、何か黒い粒のようなものが見えた。

 遠く離れているため、その全容を把握することは出来ない。


 しかしそれでも、俺たちの背筋を凍えさせるには十分すぎるほどの何か。

 誰もが、ただ無言でその存在を注視する。

 徐々に、徐々に、黒い粒が近付いてくる。


 そしてとうとう、それが何であるか確認できるほどの大きさになった。

 一見しただけでは小さな山と見紛うほどの巨大な存在。

 この場にいる誰かが小さく呟いた。


「黒い……竜」


 そう。それは竜だった。

 魔物の中でも最上位に君臨する最強の存在。

 これまでに戦ってきたヒュドラや上級悪魔でさえ、遠く及ばないほどの絶対的な存在。

 それがどういうわけか、凄まじいスピードでこちらに迫ってきていた。


 そんな魔物がどうしてこんなところにいるのか。

 なぜ俺たちの元に向かっているのか。

 分からないことばかりで混乱する中、リーンが小さく呟く。


「……まさか、アレは」


 常に冷静さを保っているリーンが発したとは思えないほど、恐怖に満ちた震えた声だった。


「アレについて、何か知っているんですか?」

「……はい。ただし、伝承でのみですか」

「伝承?」


 リーンは頷く。



「数千年前に存在したと言われる歴史でも類を見ない災厄。その災厄はその圧倒的な力によって、当時存在していた国を幾つも滅ぼし、更地に変えたと言われています」

「……そんな存在が、実在したんですか?」

「はい。名は確か――災禍(さいか)の滅竜(めつりゅう)。当時の勇者が自らの命と引き換えに封印したことによって、なんとかその脅威から逃れることができたと聞いていましたが……まさかその魔物が実在し、その上こんなところに現れるとは」


 リーンの言葉を聞き、全員に緊張が走る。

 眉唾物な内容だが、あの敵が実際に放つオーラを感じてしまえば、それが嘘であると一蹴することはできなかった。


 そうこうしている間にも、黒竜――災禍の滅竜はこちらに迫ってくる。

 その赤色の双眸に明らかな殺意を宿したまま。

 これから俺たちがアレと戦うことになるということだけは、直感的に理解した。


 ここまでは前哨戦。

 今この瞬間から、本当の意味での戦いが幕を開けるのだった――

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不遇職【人形遣い】の成り上がり ~美少女人形と最強まで最高速で上りつめる~ 八又ナガト @yamatanagato

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