第73話 勇者の愚行

 セプテム大迷宮、七階層。

 そこには一つの人影があった。


 その人影の正体――それは、勇者ノードだった。

 ノードはうす暗い一本道の通路を、恐る恐るといった様子で歩いていく。

 その顔に薄気味悪い笑みを浮かべながら。


「ははは……まさか本当に、最下層に続く隠しルートがあったとはな!」


 先日、とある悪魔から教えられた情報を思い出す。

 セプテム大迷宮には、三階層から七階層に直接行ける隠しルートが存在する。

 ただしその隠しルートを通れるのは勇者のみである。

 奴はそう言っていた。


 無論その情報を鵜呑みにしたわけではない。

 だが、ものは試しにと、ノードは一度その隠しルートに向かうことにした。

 三階層までなら、自分一人の力でも十分に探索することが可能だったからだ。


 そして実際に試してみた結果、なんと悪魔の言っていたことは本当だった。

 三階層の片隅にある行き止まりの壁に手を当てた瞬間、微量の魔力が壁に吸収された。

 その直後、壁が左右にスライドし、下へと続く階段が現れたのだ。


 ごくりと喉を鳴らすと、ノードは階段を下っていく。

 階段最下層である七階層にまで辿り着いたノードは、そのまま続く一本道を歩いていた。

 悪魔の言っていたことが正しければ、この先には、ノードにとって喉から手が出るほど欲しいものが存在するはず。


 そんなことを考えながら歩き続けること数分。

 ようやく一本道が終わる。

 そしてひらかれた空間に出た。


「ここは……」


 直径50メートル程の、広々とした巨大な部屋。

 前方には、凸凹が目立つ黒色の壁が存在していた。

 そしてその壁の手前には一つの台座が置かれており、そこには一本の剣が突き刺さっていた。


「っ! あれか!」


 目的のものを見つけたノードは、弾んだ声と共に駆け出していく。

 そして台座の前で立ち止まり、その剣をじっくりと眺める。

 眩い光を放つその剣の正体は、一振りの聖剣だった。

 ただし、普通の聖剣とは全く違う。

 その身に込められた力は、他のものと一線を画していた。


「まさかこれほど強力なオーラを纏う聖剣がこの世に存在しているとは……オレのものとはあまりにも格が違う!」


 勇者は主に聖剣を武器に戦うが、その入手経路は様々。

 高名な鍛冶師が造ったものもあれば、迷宮の攻略報酬として与えられるものも存在する。

 今回は後者なのだろう。

 最も、正攻法で辿り着いた訳では決してないが。


「落ち着け。問題はこの聖剣をオレが扱えるかだ」


 興奮も程々に。

 一つ深呼吸をした後、ノードはその聖剣に手を伸ばし、柄を握り締める。

 力を入れると、想像以上にあっさりと聖剣は抜けた。

 その瞬間、聖剣から大量の魔力がノードの体に流れ込んでくる。

 これまでに感じたこのない全能感がノードの身を包んだ。


 悪魔の言っていることは正しかった。

 この聖剣さえあれば、自分はどんな相手にも負けない。

 ミノタウロスにも。

 下級悪魔にも。

 そして――忌々しいアイクが使役する、忌々しい人形たちにも。


「待っていろ、アイク。オレの本当の力を思い知らせてやる!」


 ノードは力強く宣言する。

 後はこの聖剣を手に地上へと戻るだけ。

 そう考えるノードだったが、ここで予想外のことが起きた。


「っ、なんだ、この揺れは?」


 突如として足場が――否、迷宮全体が大きく振動を開始したのだ。

 こんな経験はこれまでに一度もない。

 警戒しその場に留まるノード。

 だが間もなくして、ノードはその揺れの発信源に気が付いた。


「おい、待て。なんだこれは……」


 ギシギシと。

 耳に残る嫌な音を鳴らしながら、ノードの前にある、凸凹とした黒色の壁が動き出していた。

 いや、違う。

 まさか、今まで壁だと思っていたこれは――


「これは、まさか……」


 そんなノードの言葉が最後まで紡がれることはなかった。

 壁だったはずのそれは、いつの間にか大きな両翼を広げ、その場に佇んでいたから。

 もはや全長すら想像できないほど巨大な体。

 なぜさっきまで、これが生物だと気付けなかったのかと思う程に漏れ出る威圧感。

 それがどの種類に属する魔物であるか、ノードは知っていた。


「……なぜ、ドラゴンがこんなところに!」



『グルォォォオオオオオオオオオオ!』



 驚愕するノードをよそに、その黒竜はひとたび雄叫びを上げると、両翼をはためかせて羽ばたいていく。

 しかし、このままでは天井にぶつかってしまう。

 そう考えるノードだったが、すぐにそれが杞憂であったと気付く。

 天井は黒竜の膂力を前に耐えきることができず、すぐに瓦解したからだ。

 破壊の象徴たるその魔物は、障害をものともせず舞い上がっていた。


「いったい……何が起きようとしているんだ? いや、それよりも!」


 黒竜が強引に壁を破壊しているからか、迷宮全体の揺れはさらに増し、まさに今にも崩壊しけているようだった。

 ノードは恐怖を振り払い、地上に戻ることだけに意識を向けるのだった。

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