第52話 僕がコハクさんに突っ込んだ話
全力で走った。
電光化を使い、引き出せる限界で空中を駆けた。
それでも。
「殺せ! 皆殺せぇええええええ!」
「何としてでも抑えろ! 執政区には踏み込ませるなッ!」
自身の全力でもどうにもならないことは、確かに存在する。
「……なんだよ、これ」
広がる眼下の光景に絶句した。暴動は既に爆発している。綺麗な街並みは暴徒と化した人間が溢れ、街を守ろうとしている銀色の鎧を飲み込んでいく。仲間が警備兵の剣に倒れてもその屍を踏み越え。仲間の血が足を滑らせても怒りと執念で前へ進んでいく。
――地獄という言葉が正に相応しい。圧倒的に実力で劣る暴徒たちは、ただひたすらに数で押し切っている。味方の屍を縦に、足場に執政区へと駆け上がっていく。轟く怨嗟に底は見えず、彼らを撃退している兵たちは実力では圧倒的に勝っているのに、しかし成す術なく怒号へ飲み込まれていく。まるで巨大な敵を押しつぶす兵隊蟻の様な、圧倒的なまでの数の暴力だった。
「―――これを、僕に止めるのは無理だ」
無意識に漏れたのは諦めだった。
ハッとして頬を叩く。バチチチチ、という甲高い破裂音だけで痛みは無いけど、意識を切り替えることは出来た。僕の目的は暴徒を止める事じゃない。コハクさんを死なせない事だ。彼女を探し出し、この戦場から離脱させることを考えろ。全てを救うなんて傲慢は、現実の前には圧倒的に無力なのだから。
「きっと彼女なら、目立っているはず……」
周囲を見渡し、最も被害の大きそうな場所を探す。
それはすぐに見つかった。
「……嘘だろう?」
ヒスイさんと思われるその人は、たった一人で執政区の側面を破壊し続けていた。たった一つ設けられた通用門に雪崩れ込む暴徒は囮で、恐らくはそっちが本命なのだろう。少数で移動しているヒスイさんと数名が、瞬く間に防壁を貫き、妨害する兵隊を血祭りに上げている。それも圧倒的な早さで。兵隊たちは彼女に近づく前に悉く絶命し、石畳を赤く染め上げていた。
――彼女は殺すことになんの躊躇もないんだ。きっと邪魔な石ころを蹴とばす程度にしか思っていない。
「あれを……止めるのか」
放っておいても、コハクさんは死ぬことは無さそうに思えてくる。だって彼女は圧倒的に強くて、怖くて、容赦が無かったから。
「――そうじゃないだろ。約束したじゃないか」
ふーっと息を吐き、覚悟を決める。
難しい事なんて考えられる僕じゃない。
だからやることは一つだ。
「全速力で突っ込む、全力で攻撃をたたき込む。そんでコハクさんを本隊から引き離す。その後は――なるようになれだ!!」
ぐっ、と力を足にため込み、一気に解き放つ。
電光ジャンプの多段使用は、僕の想像以上のスピードを叩き出した。
やり過ぎたら彼女を殺してしまう――なんてバカバカしい考えは秒で消える。
逆だろ。力を使い果たすつもりでやらなくちゃ、僕が死んでしまうんだ――!
「ぁあああああああああああ!!」
自分の保身を捨てた全力の特攻。壁と感じる空気抵抗を更に貫き、周囲に大気の悲鳴を巻き散らして突進した。それすらも置き去りにしてコハクさんへと肉薄し、接触の直前に全衝撃を蹴りに集約させる。きっと通常の人間ならば気づかせる事なく、瞬時に即死させうるその必殺の一撃ですら。
「――ッなに!?」
ヒスイさんには気づかれ、即座に展開された障壁に相殺された。
流石、としか言いようがない。
「っぐぅ――この攻撃……?」
だが彼女は衝撃全てを受け止めた訳じゃない。
障壁がその殆どを緩和したとはいえ、大きく後方へと動かす事が出来た。
「まだ――まだぁあああああああああああああああああ!!」
「っく―――!?」
ならこのまま連打する。全力を乗せた拳を、高速で、ひたすら、ひたすらひたすら障壁へ叩き込む。一撃、一撃で電光化した体が四方へと霧散していく。このまま続けるとどうなるのか、なんて考えたくもないけど、コハクさんが反撃してこないのは障壁へ力を注いでいる為だろう。つまりこの攻撃は有効だ。このまま反撃する隙を与えずに、彼女を戦場から引き離してやる――!
「コハク、先に行く!」
後方から響いた男の声に、コハクさんは顔を引きつらせた。苦虫を嚙み潰したようなその表情は、見た事が無いほどにその端正な顔を歪ませている。この調子だ。既に執政区から弾き出す事が出来た。後は何とかこの障壁を突破してしまえば、コハクさんのダウンを狙えるかもしれない――!
「いい加減に……してもらおうかしら!」
「え――?」
けれど、彼女はそんなに甘くはなかった。
チートスキル「一発逆転ボタン」を手に入れた僕が最強になれない筈が無い かんばあすと @kuraza
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