第51話 僕が精一杯、格好をつけた話

「……嘘だろ。もう、始まったのかよ」


 座って待っていた彼女に状況を伝えると、ヒスイは顔を青くして俯いた。

 その辺の弱そうな奴を捕まえて適当に脅した結果、やはり暴動は始まっていたのだ。体を震わせ、今にも泣きそうに見える彼女を見かねて、僕は慰めになりそうな言葉を探す。


「でも、その……動き出したのは数十分前らしいから、今から追えばぶつかる前に追いつけるかもしれないよ」


「そう……だな。私の足じゃ、もう難しいけど……お前なら大丈夫だよな」


「……ああ、僕はすばしっこいからね」


 上げられた顔と目は、縋るように僕を見る。

 それは半ば絶望を孕んだ顔だ。


「僕の強さは知ってるだろ?」


 言って不安に襲われる。

 ああ――僕はうまく笑えただろうか?

 力強く答える事なんて出来ないし、希望を持たせる言葉は噓になりそうで怖い。なのに誤魔化す様な自分の言葉が情けなくて、少し視線が落ちてしまった。


 瞬間、僕の左手を彼女が包んだ。

 ハッとして視線を上げる。


「頼むよ。お前に頼るしか、無いんだ」


「ヒスイ……」


 いつも強気な彼女らしくない、弱々しい声。

 弱みを見せまいとするいつもの姿はどこにもなかった。

 目の前にいるのは、見た目通りの少女だ。


「姉さんを……私に残された、たった一人の家族を……助けてくれ」


 伏せられた顔にはきっと涙が流れているのだろう。嗚咽が混じり、けれどそれを漏らすまいとして震える声。彼女の中の不安や恐怖が爆発してしまったのだろう。過酷な状況に生きてきた彼女の、これが本当の顔なのかもしれない。


 気丈に振舞ってきた彼女を支えてきたのが、姉であるコハクさんなんだ。


 儚い彼女の手を強く握る。萎みそうな声を頑張って張る。

 震えるな。怯えるな。俯かず、前を見ろ。

 希望を伝えることに、臆病になっちゃいけないんだ。


「任せておいてよ。コハクさんは、絶対に死なせない」


 僕は膝を落とし、空いている右手で彼女の涙をぬぐい、頭を撫でる。彼女がちゃんと安心できるように、出来る限り明るく、二カッと笑って見せる。だって目の前で女の子が泣いてるんだ。ここで格好を付けなきゃ、男が廃るだろう――!


「安心して待っててよ、ヒスイ」


「うん――!」


 上げられた顔に不安は見えない。

 清々しいほどに彼女は僕を信じていた。

 嬉しい反面、それはプレッシャーでもある。


 この笑顔を裏切っちゃいけない。絶対に。


 僕はヒスイの顔を頭に焼き付けて立ち上がる。不意に脳裏を過ったリュウヤ、そしてコハクさんの姿に一瞬、心が挫けそうになるけど……全力で振り払った。


 僕には魔王のスキルと、そしてあのボタンがある。

 大丈夫だ……大丈夫さ!

 やってやれない事なんてない。

 全力で最善に縋るんだ。希望をつかみ取るまで――!


「ありがとう……クロス」


「――行ってくる!」


 僕は決意を固め、力強く駆け出した。

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