第50話 僕がアジトへ飛び込んだ話

 覚悟を決め、ヒスイの魔法で透明になってから一人アジトへと飛び込んだ僕は、そこにいる人の少なさに焦りを覚える。


 あまりにも少なかった。加えて彼らには緊張感が無い。誰もが脱力してくつろぎ、あるいはゲームに興じている。これから何かをするぞ、という気迫みたいなものは、全くない。


 ――これは、やっぱり。


 嫌な予感が確信に変わるのを感じながら、僕は奥へと進んでいく。暴動が始まってしまったのはほぼ間違いないだろう。こうなってしまうと僕にできる事なんて限られてしまう。コハクさんやリュウヤをどうこうする、なんて奇跡でも起きないと無理だ。


 だから僕は、まず奇跡に縋ることにした。


「……確か、この奥だったよな」


 人気のない廊下を進むこと数分。見覚えのある場所に辿り着いた。そこは僕が捕まっていた独房だ。真っ暗な中に、頼りないオレンジ色のランプがぽつぽつと点いており、ずらりと並ぶ独房が僅かに浮かんでいる。ヒスイの話によると、この独房の奥に没収した物をまとめて保管している部屋がある、とのことだった。


「ルヤタン……怒ってるかなぁ」


 僕は背中に冷たい物を感じながら、痛いほど静かな廊下を進んでいく。見たところ、誰も入ってはいないようだ。最近は僕以外に利用者は居なかったのか。


 突き当りはすぐに現れた。木製の古びた扉を開く。

 ぎぃぃぃ、と大きな音が出てしまい、僕は慌てて振り返るけど……人影も物音もない。とりあえず大丈夫、かな。後は中に誰も居ない事を願うだけ。


「―――」


 覗いた先には誰も居ない……と、思う。部屋の中は真っ暗で人気はない。が、暗すぎて広さも分からない。僕はそーっと部屋に滑り込み、扉を閉める。その後、指先だけ電光化して部屋の中をゆっくり照らし出した。


「……よし、大丈夫だな」


 中はそこまで大きくはなかった。あの独房の3倍程度の広さ、だろうか。壁沿いにぐるりと木箱が積まれていて狭く感じるし、物置みたいな印象を受ける。没収されたルヤタンの袋は……見当たらない。もしかして、この木箱のどれかに入っているのだろうか。


「うえ、これを確認するのは大変だ……」


 近づいて木箱を確認してみる……と、かなり埃っぽくてむせ込んでしまった。


「ってことは……木箱自体は、長く触られてないってことか」


 襟を口元までぐいっと上げて、部屋を見渡していく……と、隅の木箱の上に、何かを置いていた様に埃の無い場所があった。その大きさからして、ルヤタンの袋っぽい。


「……え? じゃあここにはもう、袋は無いってこと?」


 慌てて床を照らす。僕の足跡の他に、いくつか足跡が見て取れた。ほとんどが大きな物だったけど、その中に一つ、新しく袋から伸びる小さな物を見つけてしまう。


「袋から出てきたってこと……だよなぁ、これは」


 ――最悪だ。

 僕は両手でぱちん、と顔を覆って固まった。ということは、えっと……ルヤタンは目を覚まして、袋から出てきて、たぶん「ここはどこじゃ?」ってなって、何食わぬ顔でこの部屋を出ていきましたよ、と。でもアジトの人たちが何事もなくのんびりしていたから、別に揉め事にはなっていないのだろう。


「……ならまあ、宿に戻ってくれてるかな」


 ルヤタンの心境は分からないけど、とりあえず面倒な事にはなっていないようだ。となれば、後は適当に弱そうな人をとっ捕まえて、暴動について聞いてみるとしよう。それが済んでしまえばもうここに用はない。


 ……ああ、本当に覚悟を決めなきゃな。

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