第28話 菓子を求めて

仲間内で麻雀を打つ時、話題に上ることがある。

一つには仕事の話であり、これはこの社会においては避けて通ることができない。

一つには知人の話であり、これも良く出る話題ではある。

そうした取り留めのない話の中で異彩を放つのは、私が打つときに食べる菓子の話である。

豆大福を取り出してはむしりとやり、羊羹を取り出してはのんびりとやる。

よく食うねえ、と苦笑されることもあるが、煙草を吸わない私にとっては酒の無い時に甘い物をいただくのはごく自然なことである。

そして、私にとって菓子は酒と同じぐらいには切っても切り離せぬ関係にある。


幼少の頃から菓子が好きであった私は、実家が営む店の近くにあるカステラ屋によく立ち寄っていた。

買うためではない。

長崎駅近くということで観光客が通ることも多く、その軒先には試食用のカステラが「ご自由にお取りください」という言葉と共に置かれていたのである。

これを額面通りに受け取った私は、その小さな包みを幾つか握り締めて帰りいただくのを習慣としていた。

我ながら思い出しただけで、そのさもしさに顔から火が出るような思いとなるが、今の意地汚い呑兵衛としての萌芽がそこには在るような思いもしている。

やがてそのような行いをすることはなくなったのであるが、それが親に叱られたためであるのか、店の方に見られて怖気づいたためであるのか、それとも、罪の意識が芽生えたためであるのかは定かではない。

いずれにしても、その店も今は無く、私は試食自体を拒むような人間にはならなかった。


ここだけ抜き取ると、私はあたかもカステラが大好きな人間であるように見えるかもしれない。

ただ、大好物というものでもなければ、買い求めてまでいただくのは稀である。

むしろ、このカステラを受け付けなかった時期すらある。

小学二年生の時に祖父がこの世を去ったのであるが、顔が広かった祖父へ手を合わせようと多くの方が訪ねてきた。

そうした際に供え物として持ってこられるのがカステラであり、そのために、三年生にかけての一時期はおやつとしてカステラばかりいただいていた。

今ならば何と贅沢なと思うのであるが、子供からすれば同じものが続けば飽きが来てしまう。

それから一年ほどは中々カステラを口にしようとしなかった。

なお、カステラでも切れ端が私の好物である。

より剛の者であった母は、通信制の学生時代にこれを持ち込んで昼食にしたという。

長崎を離れて残念なことがあるとすれば、この切れ端を滅多に口にできなくなったこともその一つであろうか。


一時期、ケーキバイキングに嵌っていたことがある。

姉や友人と共にケーキ屋へ伺い、時間の来るまで思うにまかせていただくのであるが、当時の私は合わせてワンホールのケーキをいただいたこともあった。

健啖家という訳でもない私にとっては驚くべき量であり、生活習慣病という五文字が背後に忍び寄る今では望むべくもない量である。

友人と大学近くの店に寄っているところを見咎めた同窓生の女子が、

「男二人でこがんとこ」

と宣ったが、

(女を連れてこれるかよ……)

とうち笑って聞き流したものである。

なお、友人は途中でパスタを挟み、私は紅茶と甘味で貫き通した。


高校時分には、学習に必要な糖分を摂取するべくブドウ糖を学校に持ち込む者があった。

それに準ずるものとして、チョコレートをバッグに入れて脳の回復を図る学友が多くいたのも覚えている。

学校自体がそうした持ち込みに寛容であったし、授業中でなければ良しとする空気は何とも心地の良いものであった。

ただ、私はそうした中で羊羹を選び、それを数本忍ばせていた。

この様子を見て笑う級友もあったが、その頃の私はは大真面目に考えていたようである。

「チョコと違って溶けにくく、脂質の摂取が抑えられ、腸にも良い」

今思い出してみると耳の痛いところもあった志は、しかし、ミニではない羊羹一本食いと共に一つの笑いぐさとなってしまった。

なお、今でも麻雀の際に羊羹をいただくことはある。


このように甘いものが好きな私であるが、黒胡麻を餡にしたものはどうしても受け付けぬ。

小学生の頃に、習い事で仲良くなった友人の家でゲームをしながら北海道土産というものをいただいたが、その黒ゴマ特有の香りに私はやられてしまった。

苦労して何とかいただいたのであるが、目には涙が浮かんでいた。

その後、舌に纏わりついた記憶というものは離れがたく、未だに胡麻の餡というと私はいただくのを避けている。

胡麻自体は好きなのであるが……。


一方で、マルセイのレーズンバターサンドは私の最も好む菓子であり、北海道の催事がある時には、必ず買い求める。

レーズンが苦手という方も多いようだが、酷い時にはこれだけで晩酌を済ませてしまうことがあるほどである。

ウィスキーなどを片手にやる楽しみというのは代え難く、これがあると途端に家路が恋しくなる。

それでも、昨年は催事場へ行くことに少し後ろめたいところがあり、口にすることができなかった。

今なら通販という手もあるのかもしれないが、今年も同様であれば試みるかもしれない。


酒の席で甘味というのはあまり好まないという方もいるようだが、私は構わずにいただいてしまう。

以前に長崎の店でスイーツと合わせて酒を出す店を紹介したが、そうでなくとも饅頭などで酒をいただくこともままある。

呑兵衛の風上にも置けぬという声が聞こえてきそうであるが、そのような細事に拘る気持ちよりも自らの好みの方を私は優先する。

そして、したたかに飲んだ後で頂く甘味というのもまたたまらない。

これは洋菓子よりも和菓子の方が私の口に合うように感じている。

きんつばやぜんざいなどをいただき、熱い茶をすすると満ち足りた思いとなり、酔いという心地よい微睡を一層深くする。

酒後しゅごの甘味は体に悪かろうという声も聞こえてきそうなものだが、そうした背徳感もまた私にはこたえられない。

酒の席ではカロリーやら血糖やらは頭から消えてしまうらしい。

そうした席において私の頭は幼少に戻り、素直に欲するものを口にし、ほがらかに笑うのであった。


甘きもの 求め今宵も 宵の口 浮世の波の さらう小僧は


なお、酒の後にカステラをいただくことはないが、その途中であれば、いけねぇなぁと笑いながらいただく。

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