Showdown  〜終身刑三人組見聞録〜

かぷりっちょ

第1話 善悪のうろ

「おじいちゃん!」コーギーの子犬を連れた男の子がとてとてと水晶製の廊下を走る。男の子の声にスーツ姿の男の話を聞いていた老人がはっと振り向いた。老人は白い法衣を身にまとっており、シワだらけの顔をしている。

「ユハト…!?だめじゃあないか…お部屋に居ないと、ベートーヴェンが居るんだから寂しくなだろう?おじいちゃんは今ね、この人とお話をひてるから…」ベートーヴェンと名付けられた子犬が反応してキャンと鳴く。

「おじいちゃんの四百二十三歳のお誕生日会についてのお話でしょう?ぼくも手伝うよ」

「おお、そういえばもうそんな頃合いかな。ありがとうなユハト…お前は本当に優しい子だなぁ。でも今日はちょっと難しいお仕事のお話をするからね、お部屋で待っててくれるかい?後でお前の好きなピーナツバターを持って行ってあげるからね」

「……早く戻って来てくれなきゃやだよ?僕もベートーヴェンもおじいちゃんと遊びたい」

「分かってるさ…じゃあね」

老人は自分の腰までの背丈しかない男の子を愛おしげに抱きしめた。ユハトと呼ばれた男の子は老人の頬に自分の頬をすりすりと擦りつける。しばらくするとユハトはベートーヴェンと名付けた子犬と一緒に走って行った。

「…書記官、報告を続けなさい。」男の子に向けていた声とは打って変わって、老人がスーツの男に向ける声も目線も冷たいものになった。冷たいという表現は適切でないかもしれない。冷静ではあるのだろうが、その双眸には煮えたぎる鉄の様などろりとした怒りが渦巻いている。

「大偉老殿下、先程申し上げた通り、進行計画は既に実行段階に移行しております。二十八時間後には『我らの母』は祖国の無念を晴らし、ヨルトワとウァルスタの軌導師に生き地獄を見せつけるでしょう。」

「…分かった、お前も下がれ。次は二十五時間後に『我ら母』が起動した際、戦闘員達に精神高揚の軌導を使え。多少死んでも構わん、強めにかけろ」

「はっ!了解しました。では失礼いたします、クラン・グラシアに栄光有れ!」スーツの男は敬礼をすると老人にお辞儀をして去っていった。

「やっとか…長かった…実に長かったな。もう誰も生きてはいないなぁ…親しかった友も、家族も全員死んでしまった。もう私しかいないのだ、間に合って本当に良かった…ゲボッ!ゔっゴホゴホッゲハッ…!!」老人は激しく咳き込んでその場にうずくまる。体に限界を感じる。当然だ、人の分を越えた無茶な所業をどれだけ自己の肉体に積み重ねてきただろう。だが、自分にはやらねばならない事がある。

「二つの大陸の軌導師たちよ…『多くもない善行』と『少なくはない悪行』を数えるがいい。運命の天秤は傾いた。復讐の時…いや、裁きの時は来たれり。クラン・グラシアの名において、生を受けたことを後悔し死を恩寵と感じる程の絶望をくれてやる。」老人のしわがれて掠れた声には憎悪の色が滲んでいた。戦が始まる。決して止まる事の無い復讐者の進行が、軍歌と共にやって来る。海にぽっかりと空いた、一つの国が入ってしまう位に大きな深い深い穴の中。薄暗い水晶製の廊下に膝をつき、老人は太陽を睨みつけていた。




夢を見た。

まだ何も見えていなかった幼い頃の夢を。夕暮れ時の、日差しが差し込む美術館で迷子になった時の思い出だった。俺はある絵画の前に一人で突っ立っている。その題を『世の栄光の終わり』。現実よりも写実的に描かれた腐乱してゆく司教の死体が、あまりに酷たらしいその絵は今も脳裏に焼き付いている。うちの両親は適当な所がある人間だったが、多分これは7歳のガキんちょに見せるにはちょっとえげつない過ぎると思うぜ…。だが、同時にこの絵は俺の人生にはテーマを与えてくれもした。それは、


「オイいつまで寝てんだギドー!起きろや」

「…ンが!?」低い男の怒鳴り声と同時に机がガタンと揺れて目が冷めた。

「お、起きた。おはよーギドーよく寝てたねぇ」

もう一人の声はやる気のなさ気なのんびりとした調子が伝わってくる。青年はねじれた髪の毛を、ガラス製の左手でかったるそうに掻いた。透明な義手の内部には炭化した黒い腕の骨が見える。

「…おはよう二人とも。俺どんぐらい寝てた?てかいま何時よ」口から漏れたよだれを拭きつつ時計を探す。我ながら結構寝てたと思う。だって机の上によだれの水たまりできてるもん。

「外見てみ」浅黒く厳つい顔つきに顔ごっつい体、ニメートル程のでっかい体、更には鬼の角みたいな寝癖をした大男が、窓の外を指差す。

「夕焼け照ってるねぇ…キヨウ」窓の外では橙色に染まった海が沈みゆく太陽を写していた。ウミネコの鳴き声が聞こえる。

「お前昼寝とか言ってたけど長すぎるわ」大男がちょっと呆れた感じで軽くため息を付く。このどう見てもカタギの雰囲気じゃない彼はキヨウ、仕事仲間の一人である。実際カタギじゃねえ。

「寝る子は育つよぉキヨウ、アタシも本気出せば三十時間は連続で行けるゼ?」小柄な体つきにあってないぶかぶかな上着を着た少年が自慢げに言う。眠そうなタレ目に泣きぼくろが特徴的なヤツはイサク、同じく仕事仲間である。黙ってりゃ結構な美少年のコイツだが、一日の中で起きている時間の方が短い。

「寝すぎだろ…そのうち枕と頭がくっつきそうだな…」

「何それ最強じゃん!」

「…おん」

いつも通りだなこの二人も。野良軌導師のギドーはポケットのに残っていた煙草に火を付けた。窓枠に腕をおいて港町の風景を眺める。辺りは閑散としていて人っ子一人おらず、乞食も休業中の様子。

(合いも変わらず不景気な面した町だ)

この港町は、"西の王者"と称えられるヨルトワ帝国の西端に位置する少し寂れた所である。名前は知らない、興味も無い。根無し草にとっては一時の仮宿にすぎないからね。 

イサク・キヨウ・ギドーの三人は軌導師を生業にしているクセの強い訳アリ三人組である。『軌導師』、この職業は、遥か古代に栄華を極めた文明のシャーマン達が使用していたという『軌(トーラス)』と呼ばれる超常的な(今を生きるの人間からすると)ロストテクノロジーを司る質の悪い考古学者を指す。なぜ質が悪いかと言うと、この『軌(トーラス)』と呼ばれる技術が魅力的過ぎるからである。

……すまん、魅力的ってのはちょっと美化した言い方ですわ。想像してみてほしい、今まで想像の中に留めていた欲望が解き放たれる世界を。人間は老いることなく、二百年を越えてもなお生き続け、醜いものは軒並み美しくなり、不治の病は必ず治る、身勝手な性欲は肯定され好き勝手が許される、人の分際を完全に忘れた人間のいる世の中を。

これねぇ、マジで実現すると地獄なんですよ…。少なくともここ、世界で二番目に国力があるとされるヨルトワ帝国ではそう。出来る事が多くなり過ぎたせいで、どいつもこいつも我慢する事を忘れつつ有る。見た目の若い老害が、百年単位で政治の中枢に居座る国なんてゾッとする。ギドーはため息をついた。

「まーた海に死体浮いてら…地獄かここは?」

「普通だろ」真顔で答えるキヨウ。

「うん、珍しくはないね」興味無さげに答えるイサク。

「……まぁなー」万事こんな調子である。一部の整理された都を覗いてはヨルトワ帝国の地方都市は概して治安がかなり悪い。かと言って、都の住む人間が幸せにかと言うと、疑問符がついてくる。都の公共機関に務める軌導師は厳しい規則の中で政府への忠誠を誓わなければならない。どっちもどっちだね。…何?彼ら三人衆はどうなのかって?

彼らはたまに国からの仕事を外注されるフリーの野良軌導師だ。国に忠誠を誓っている公の軌導師とは違って給料は安いが、ガチガチの規則に従う必要はない。繰り返す、給料は安いが。

『皆さんこんばんわ。夕方のニュースのお時間です

「ゔぁッ!…びっくりしたぁ…なんだよーラジオか。急に喋り出すの怖いからそろそろ修理してよコレ。見た目もなんか不気味だし…」イサクが音声のする方を指差す。ラジオはくるみ割りとよく似た作りをしており、表面にびっしりと文字紋様が刻み込まれていた。音が口の辺りから聞こえて来る度に下顎がカタカタと揺れる。これは一種の軌導器具である。

「ヨルトワ中央放送を料金払わないで聞くにはこれがベストなのさ。自家製だから見ためには目をつむってくれよ、慣れたら可愛いから」

「いやギドー…これ子供見たら泣くぜ?」耳なし芳一そっくりに体中文字だらけの、くるみ割り人形型ラジオは、虚ろな目でニュースを喋り続けている。うん、見た目は明らかにホラーだろう。

「しっ!静かに、二人とも。何か面白そうなやつ始まったぞ」

『…以上がファブリーズ国務長官とジャポニカ大使の会談でした。やはり、ヨルトワとウァルスタ共和国の雪解けはまだまだ難しいようですね。さて、次のニュースです。ヨルトワ帝国とウァルスタ共和国の境界線で長年問題とされている"ワダツミの大口"問題についてです。』先程、ヨルトワ帝国を世界第二位の国力を有す、と紹介した。"東の覇者"ウァルスタ共和国はそれを上回る世界第一の強国とされる。ヨルトワ帝国以上の暴力国家にして、合理主義者かつ貪欲な"理想的"軌導師達が統べる魔窟だ。国境沿いに"自由と平和の国へようこそ!"と書かれた看板の直ぐ近くで木に首吊った死体がある、そんな国である。ヨルトワとウァルスタは同族嫌悪というべきか、非常に険悪な仲にあり、二つの大陸を舞台に小競り合いを繰り返している。

「いや…楽しいじゃないでしょうよ。ウチらのいる場所際どいとこダヨ?」

「ビビんな!何かあってもぶった切ればなんとかなる!!」

「うぅう…脳筋めぇ…」

心細さが分かりやすく声色に現れるイサク。そして腰に刀を構えるキヨウは頭の単純さが出た。

現在野良軌導師の三人衆が滞在している港町は、海峡を隔ててウァルスタ共和国の東端に面しており、両国の境界線にほど近い。物騒なニュースも決して他人事ではございませんね。上位の軌導師同士での小競り合いで町が吹き飛ぶことはまま有ることだから。

『本日はこの問題の第一人者であるビックパンティ博士にお越しいただきました。どうぞ宜しくお願いします。』

『あー、うん。ヨロシク』

『さっそくですが博士、この"ワダツミの大口"問題は約五十年に渡り二万人以上の死者・行方不明者を出し続けています。外務部門の軌導機関を悩ませる目下の課題な訳ですが…五十年以上、もう半世紀に渡ってです。しかし残念ながら、我々市民の目から見ても事態が進展しているようには思えないのですよ。』

(おお、結構思い切った発言をするキャスターだな)

ヨルトワ中央放送で公共の軌導師を批判する人間は珍しい。だいたい地方局に飛ばされるからね。

『あーうん、ハッキリ言っちゃうとね、この問題はあと五百年は解決しないで燻ぶるよ。』

『は??』

『"ワダツミの大口"っていうのは皆さんご存知の通り、ウァルスタとヨルトワの海の境界線マルタ海峡に約五十年前に突然出来た大穴の事を指す。直径約五十キロメートル、深さ測定不能…最低でも五十キロメートルあるというのが学会の通説だね…つまり巨大な大穴の事を言うわけ』

『はい、その通りですが。この大穴は交易船及び漁業船がどうしても通らねばならないポイントに存在する上に、周囲の海流を渦潮のように巻き込んで飲み込む為多くの犠牲者が出ています。』

『あー…うん、うーんとね、それもある。けどね、この"ワダツミの大口"問題の一番質の悪い所はね、危ない話とおいしい話がセットな所なんだよねぇ』

『…詳しく説明をお願いします』

『うん、ワダツミの大口周辺からね、大型軌導器具の炉心核に燃料として使える"クラン・グラシアの恩恵"と呼ばれる特異な水晶石が見つかってしまってね…。それで両国の上位軌導師が目の色変えてしまったんだよ。今となってはヨルトワ帝国で最も危険な境界線と言って良いだろうね。先程君が犠牲者を二万人以上と言っていたが…その内訳の何割かはウァルスタ側の国境警備兵に襲われてしまった可能性が高い。』

「ごちゃごちゃややこしい話だ、つまらん。バスケ実況にチャンネル変えるぞ」

「ちょお待て待て!キヨウ、この話題他人事じゃな…」義手の男は人型ラジオの頭をひねってチャンネルを変えようとする大男を静止しようと試みた。が、時既に遅し。

バキッ

「あっ」

『しかしこのワダツミの大口に…ザザッ……も、手ぉこ招いてイルだけではナアアイぃっ!…………ぴーーガーー…機関機関機関のきドドドドドドドドドドドド………ブッ……………』

くるみ割り人形型ラジオはチャンネル操作の為の頭部を引っこ抜かれた。断末魔の奇声を発したと思うと事切れてしまった。

「何だこりゃ、ラジオ局が狂ったか?」

首をひねるキヨウ。

「そのポジティブ発想スゲいよお前」

(しかし、少し困ったことになった。)ラジオを除いては現在この寂れた港町と外をつなぐ器具は無い。

しかもギドー・キヨウ・イサクは故あってこの港町から外に出られないでいる。

「あーあ首にあるこの枷さえ何とかなればなぁ」

イサクは首周りをさすった。上着を着込んでいるので、一件何もついて無いように端からは見える。

「キッチリ作動するかどうかはまだ分からないんじゃないか?以外とこの港町から外れても何も無かったりして」

ギドーが首をなでながら呟く。服の襟からチョーカーに似た入れ墨がチラリと覗いた。

(案外ただのオシャレな入れ墨だったりしてね)

「一回試して見ろよイサク」

「ヤだよ!作動したら首がもげるんだぞ!?ちょっとギドー!この人でなしに何か言ってやって!!」

「死んだら死んだだろうが、軌導師の人生そんなもんよ。お前帰って来なかったら次俺行くよ」

「おいギドー、ついでに"鬼殺し"買ってきてくれや。酒が切れて渇く」

「おっけー」

「キヨウ…ギドー…二人とも…人生大事にしようよぉ…」

捨てられた子犬みたいな顔をするイサク、何か可愛いなコイツ。しかしながら、仕事も無くこんな死体が浮く不穏な場所に縛り付けられるのもアホらしい。早く報せが来ないものかな

「…ふむ、随分と遅いな。何もない」ギドーは部屋の郵便受けを確認したが、何も入っていない。いつもは、この港町に有るボロアパートの一室に公共機関から、仕事委託の文書が届くはずなのだ。が、今回は期日を過ぎても何も届いていなかった。

「不味いぞ、仕事がねぇ!そろそろ食費が底を付くんじゃないか?」

「おめーの肉代と酒代を切り詰めればあと三週間は持つぞキヨウ」

「酒は空気だ、無いと死ぬね!そう言うとお前はどうなんだよギドー?自分の煙草代とおやつ代の総額知ってるか?」 

「…記憶にございませんねぇ…」

「どっちもどっちでしょ、二人とも少しは欲望を控えなよ」

「「断る」」

「仲いいねアンタら…でも、軌導師にしては慎ましい方だよねぇ…変人なだけだと思うけども」

「寝てばっかの輩に言われたくないんだけども」

「寝てるんじゃないよギドー。アタシはね、いろんな物を枕にして寝心地を比べてるのさ。快眠の探求者ってやつだね!と言う訳でギドーくん、君の聖書を枕にしたいから貸してくれたまえ〜」

「嫌だね、俺の商売道具は渡さんぞ」

「今とんでもねぇこと言ったぞこいつ」突然、茶番の中でキヨウがツッコミを入れた時、狙いすましていたかの用にチャイムが鳴った。

「大家かな?」イサクがドアの方を見つめた。

「多分ね、イサク出ててくれよ俺とキヨウは大家に嫌われてっから話がこじれる。上手く家賃の期限伸ばしといて」

「ええ…無理…アタシ知らない人と話すの苦手なんだけど…」

「まぁ、面倒くさくなったら呼んでよ変わるから」

「うぅん…まあ、それなら。おっけー頑張ってみるよ」イサクは枕を片手にドアの方に床をきしませ歩いていった。

「まどろっこしいな、最初っからお前がやれよギドー」

「…キヨウくん、何で俺達と大家が揉めてるか知ってるかい??」

「あん?そりぁお前、先月食費が無くて腹が減ってた時に、いきなり大家が家賃倍にするとか言い出しして腹立ったからだろ」

「その後大家のペットの赤犬を君が捌いて俺が食っちゃったからでしょ…」

「美味かったからいいじゃねえか」

「…かなり美味しかったけども、鍋にして食う前に何の肉か教えて欲しかったぜ」小さなため息がもれる。美味しくはあったけども些かワイルドが過ぎたな。

「ギドー!キヨウ!!ちょっと来てぇっ!!!」

「あ?」

「え、何?」

玄関先から悲鳴じみたイサクの声が聞こえる。慌てた二人は階段を降り、ドアに駆けつける。すると、イサクが目の前の鬱陶しいくらい白いスーツに、蒼色のネクタイをした集団に取り囲まれていた。

(っ!公共機関の軌導師が何でわざわざこんなトコに?)

公共機関に務める、国の子飼いである軌導師達は基本この格好で統一されている。

「仕事です」挨拶もナシに、中央にいるリーダーらしき女がこちらを向いて一言言う。女は手を後ろに組み、ツリ目の冷たい目線と綺麗だが威圧感のある声をしていた。よく見ると少し小さめの身長をしているが、脚が長くヒールを履いているので、結構長身な印象を受ける。腰までありそうな長い髪を前に垂らし、下の方で結んでいる。あと…んん…なんと言うか、スーツが一回り小さいのか出るとこが出てて露出がないのに何か…。

「ん?誰あのスタイルえげつないお姉さん。エッロ…。」うんイサクちゃん、僕の気持ちを代弁してくれてありがとうございます。色々とご無沙汰な生活を送っているとああ言うのは目に悪いよね。

「なっ…!」面食らったのか、リーダーっぽい女は正直な言葉のドッチボールに思わず別の白スーツの影にすっと隠れた。なんだ、可愛いトコあるな。

「さぁ?知らぬ」しかし一体彼女は誰だろうか、いつもなら仕事の委託は書類だけで済ませられているのだが。何だこの白スーツの集団は…ダンスでも踊んのか。

「おいバッジ見ろよ、あいつ"色付き"だ」キヨウが顎をクイッと白スーツの女の胸元に向ける。そこには、他の白スーツの輩とは違う金属製で紅色のバッジが鈍く光っていた。

「げっ…」思わず冬眠から覚めた直後に踏んづけられたカエルみたいな声が漏れた。


ヨルトワ帝国の中枢機関に所属している軌導師達の階級は天使になぞらえて階級分けされている。中級以降の軌導師達にはバッジに色付きのエンブレムが刻印されるので、どのような立場の人間かはバッジを見ればおおよそ理解できる。階級名とバッジの色の詳細は以下の通り。


下位三隊

アンジェリ(白):ザコ

アーキエンジェル:(白)ちょっとザコ

プリンチパーティ(白):下っ端構成員、雑用係


中位三隊

パワー(紅):叩き上げの現場の主任クラス&名門大学の生徒

ヴァーチュ(蒼):エリート軌導師の主な出世コース

ドミニオン(黒):軌導師を極めた実力者達


上位三隊

スローン(銀):各機関の支部長及び副大臣クラス

ケルビ(金):ヨルトワ帝国の各種大臣&要人クラス

セラフィ(紫):ヨルトワ帝国国主


少々ややこしい階級区分だが、あんまりややこしく考える必要はない。なぜなら下位階級の軌導師は見習いレベルで基本現場では活躍出来ていないし、上位階級はそもそも現場には来ないで仲良く足を引っ張り合っているからだ。よって、機関の手足になるのは中級三隊の連中となる(実力が認知されていない下級軌導師とたまに称号を持った上級軌導師にいる化け物のような老人達を除けば)。つまりバッジに"色の付いてる奴"には要注意。因みに奴らは真っ白なスーツに蒼色のネクタイをトレードマークにしており、ちょっとした染みやシワに非常にうるさい輩が多い。絶対仕事中にナボリタンとか食えない人種だな。

「汚いあばら家…まるで豚小屋」白スーツの女は口元に紺のハンカチを押し当て呟く。

「そりゃどーも、大家に言ってやってくれ。で、単刀直入に聞くけどおたくどちら様?」

「見りゃ分かんだろ、機関のお目付け役に決まってるだろうギドー」

「ゔっ…知らない人がっ…いっぱい…」

白スーツの集団は無遠慮に部屋の中に入って来た。全員で二十余名もいる。

「ヨルトワ帝国軌導統括省の者です。任務代行委託の監査役、その引き継ぎに来ました。時間が惜しいので、こちらも単刀直入に言いましょう。」

白スーツの女は名前を名乗ろうとすらしない。そしてうじ虫を見るような目で言った。

「死刑囚の証、首にある『外道の印』を見せろ」

「…」

「…」

「…」

三人は黙って首を女に見せる。イサクの首にはローマ字で"ディーテ"、キヨウには"プレゲドン"、そしてギドーには"コキュートス"と書かれた入れ墨が彫られていた。

「結構…前任者の話していた通りですね。しかし…私は正直機関があなた達野良軌導師を生かしている意味が分からない。だってあなた達、ただの犯罪者でしょう?」

「…」

「…言い方…」

渋い顔をして、黙って目線を反らすキヨウにうつむいてぼやくイサク。ギドーは白スーツの女の体の膨らみをバレないように凝視している。

(スーツのサイズ合ってない…胸のボタン飛ぶのでは?)

「言い方?ハッ!何を人並みな扱いをしてもらえると思っているのか。道を踏み外した軌導師に人権などない。一生かけて罪を償い、頭を垂れ続けて懺悔しなさい。」

「…」ギドーは何か妙に口の回る役人だなぁと思った。

「少し…気が緩んでいる様なので、自分達の犯した罪を今一度思い出してもらいましょうか?あなた達の首に刻まれた罪人の烙印が一生消えないモノであることを忘れない為に。」言うが早いか白スーツの女は取り巻きの一人から書類を取り出させた。すごいなこの人、いきなりやって来てこの喋り。心なしか楽しんでいる風に見える。てかその前に自己紹介しろや。


ところで、公共機関に就職してる軌導師が天使の階級で分類されているのは先の通り。一方先述した通り、人の分を超えた力は何も正しく使われるだけではない。むしろ称号を得られるものは一握りの選良のみで、多くの野良軌導師は欲望を抑えられず罪を犯す。罪の重さは地獄の地名になぞらえて大きくClass levelに分類されている。詳細は以下の通り。


アケローン:犯罪者予備軍、不審者、ロリコン

リンボ:軽度の規則違反

スチュクス:軌導を使用しての暴力行為・強姦

ディーテ:異端・禁術の軌導を見た、聞いた、語った

プレゲドン:大量虐殺、要人暗殺、または戦犯

コキュートス:思想犯、国家転覆罪、禁術を使用


特にClass levelディーテ以降の違反者は、基本死刑か終身刑を言い渡されているので自由になるには死ぬしかない。んで、ぶっちゃけギドー・キヨウ・イサクは控えめに表現しても人生に王手がかかっている。

「最初にディーテクラスの犯罪者イサク・ヤガタ。」

「…ハイ」律儀に返事をするイサク、可哀想に顔は涙目である。 

「ウァルスタ共和国とイルベリア公国の国境沿いに存在する『巨像の町』ブアトにおいて軌導器具工房の一員として修行。同工房の兄弟弟子が禁術を使用している場面に遭遇し、拘束される。」

「……ハイ」小心者のイサクにはちと厳しい口調のようで、もう泣き出しそうである。

「ここにいる三名の内、貴方にだけは同情の余地があります。しかし、規則は規則です。貴方は一生日陰者です」

「同情の余地あんなら規則改正したら?」

「静粛に!!!」茶々入れたら凄い剣幕できれられた…オー怖。

「次にプレゲドンクラスの犯罪者キヨウ。年齢不明、出身地不明、ウァルスタ共和国でPSC(民間軍事会社)の構成員として活動。三年前、統治支援任務中にイテ荒原でウァルスタ共和国の軌導師の十二名を殺傷し、行方をくらます。逃走途中に追手を振り切る為、民間人数百人を切りパニックを引き起こした…と。……もはや人間のやる事じゃありませんね」

「…」キヨウは黙したまま何も言わない。

「おーい、キヨウいいのか?何かお前から聞いた話と随分と違うんだけども。人殺しでも言い訳くらいするもんだぜ」

「それはそうでしょう、犯罪者は後ろ暗い過去を都合よく正当化するものです」

「……そう言うことだ」大男は静かに言った。

(口下手な奴って人生損するなぁ)多分だけど、こいつ裁判官に対してもずっとだんまり決め込んだんだろうな、とギトーは思った。

「最後にコキュートスクラスの犯罪者ギドー・ガラク。ウァルスタ共和国の属国ドウリワラキで…え………『プロメテウスの気まぐれ』事件と呼称されるテロ事件に関与。……この際に禁術を使用して伝染病を開発、六千七百六十二人の死者を出す……」なぜか白スーツの女は書類を読み終えた後で黙りこくってしまった。

(んん…?様子がおかしいな)

「こいつ…殺さなきゃ」

「えっ」次の瞬間、彼女が俺を指差すと人差し指にはまっていた真鍮製の指輪が形を変え襲いかかってきた。

「っ!…と、危ない危ない…何するんだよ"色付き"さん」とっさに左手で受け止める。掴んだ物を見ると真鍮製の蛇が手に巻き付いていた。何気に危なかったな…義手の表面が溶けている。蛇の牙に腐食性の毒が仕込まれてみたいだ。手の混んだ作りをした指輪である。

「中隊長!不味いですよ、囚人の処刑は規則に則って行わないと!」没個性な白スーツの取り巻きがざわざわ騒ぎ立て始めた。

「…何でお前みたいな人間がのうのうと生きているんだ?」部下の声を完全に無視して俺を睨みつける女。

(うん、何かやっぱりおかしいな。イサクとキヨウに対する反応と違い過ぎる。)

「過去を弁明する気はないけどね、書類は最後まで読みなよ。新しい伝染病なんぞ、いくら禁術使ったからといえ一人で作れるか。」

「ええ、今読んだとも。『プロメテウスの気まぐれ』事件は十数人の大学生グループが起こし、正確な役割はギドー・ガラク以外の容疑者死亡につき不明。尚、ギドー容疑者は実行段階で切り捨てられ、左腕を伝染病で失ったことから主犯格ではないとされる…書類にはそう書いてあった」淡々と喋る白スーツの女の目には怒りの色が浮かぶ。

「ご丁寧に説明どーも。当たらずとも遠からず、おっしゃる通り僕は運良く生き残っただけ。捨て駒の下っ端さ。ところでこの蛇、元に戻してくれる?義手が地味に溶けてきてる」

「……断る」マジかよこの女、初対面だぞイカれてやがる。

「中隊長!!!このままでは貴方まで規則違反でステュクスクラスの罪人になります!落ち着いて下さい!!」頭の横を刈り上げた白スーツの男が大声で叫んだ。

「チッ…」流石がに冷静になったのか女の目に理性が戻る。同時に真鍮の蛇も彼女の人差し指にスルリと帰った。

「…命拾いしましたね。死にぞこないの底辺犯罪者…」

ギトー・キヨウ・イサクの三人衆は本来は首に縄がかかっている筈の人間とされている。

しかし、何事にも例外が存在するのか世の中である。罪を犯した軌導師の中には極めて優れた技能を有する者が存在する。ヨルトワ帝国は「毒を持って毒を制す」の判断で、彼らに首輪をつけて正義の尖兵として仕事を委託しているのだ。勘のいい人はお気づきだろうが、ギドー・キヨウ・イサクの犯した罪は全てウァルスタ共和国に不都合な行為である。祖国の敵を殲滅出来れば最善、共倒れしてくれれば手間が省けて次善、と言う訳だ。実に対費用効果が良い。三人は仮初の自由を得る代償として、公共機関のお目付け役から送られてくる書類に従って危険度の高い仕事を薄給でこなしてきた。だがしかし、この手の罪を犯した軌導師をまとめる仕事は、公共の軌導師が忌み嫌う仕事でもある。よって、機関からお目付け役に派遣されるのは、エリートコースを外れた連中なのだ。可哀想に。


「間違っちゃいないケドね。だけどもその底辺犯罪者に仕事を委託する公の機関ってのもどうかと思うぜ?楽しいから歓迎するけども」

「それは慈悲です。コキュートスのクズ軌導師にも社会奉仕のチャンスを与えているんですよ?もっと感謝しなさい。いや、しろよゴミ」

(このいいカラダした"色付き"…何で俺にだけこんな当たり強いの…?)

「…ほぉーお前さっきから…」

「おっと、落ち着けキヨウ。冷静に行こうぜ冷静に、別にお前が貶されてる訳じゃあないんだからさ」

いきなり食ってかかりそうになったキヨウの方を掴む。こういう組織の人間と揉めると後々面倒だ。ま、長い物には巻かれろってね。しかし自分の事には弁解しないのに…へんな奴だなこいつも。

「…俺はいつでも冷静だ」

そう言うと気を悪くしたのか、二階に上がって行ってしまった。

「失礼、話を中断させて悪かった。続けてくれ」

「…次に反抗的な行動を取った場合、規定に基づいて刑を執行しますので。くれぐれも自分の身の程を理解して行動するように」白スーツの女は鋭い目つきで睨みつけ、内ポケットから青銅製のベルを取り出した。

「あなた達の首に刻まれた『外道の印』は私がこのベルを鳴らせば直ちに反応し、死刑を執行します。活かすも殺すも私が統括部より一任されている。口の聞き方には気を付けなさい。」

「了解、了解中隊長様。ま、仲良くやりましょう。僕たち三人が委託された仕事を上手くこなせば、それは貴方の功績になり、出世の糸口になる。そして俺達は仮初の自由を獲得!運命共同体何ですから、お互い上手くやりましょう…ねぇ、えーと…ヨルカ中隊長さん?」

「!何で私の名前を知っている!?」

「いや、バッジに書いてありますよ」

「…目橋の聞く奴め…犯罪者らしい」

ギドーは肩をすくめて返事をする。全く…役所の人間ってどうしてこう融通の効かない奴が多いんだか。何にせよこれから仕事を委託するってのに、わざわざ煽りを入れるか?モチベーションは資源でしょうに。さて、今回はどんなお仕事が待っているやら。おつとめ野良軌導師ギドー・ガラク、生きる為には働かにゃならぬ。

「中隊長…そろそろ本題に入りませんと…その…」さっきブチ切れたヨルカ中隊長を諌めた、刈り上げクンが申し訳なさそうに言う。いい部下やなコイツ。

「うるさいっ!分かっている!!いちいち口を挟むなっ!今言うところだったんだ!」

(…やっぱ公共機関の軌導師も大変だなぁ…頑張れ、刈り上げクン!めげるな、刈り上げクン!)

心の中でエールを送るギドー。

「…コホン、ヨルトワ帝国軌導統括省ヨルカ中隊長がイサク・ヤガタ、キヨウ、ギドー・ガラク、以上三名の野良軌導師に任務を委託する」白スーツの女…いや、ヨルカ中隊長は芝居がかった物言いで語り始める。

(やれやれ…就任早々飛ばすねこの中隊長さんは)

ギドーは軽くため息をつき、チラリと横目でイサクを見た。どうやら完全に白スーツの迫力に圧倒され黙りこくってしまっている。枕を両腕に抱え、小刻みにぷるぷる震えているのが健気である。

「キヨウ!降りてこいよ!!ヨルカ中隊長様がお仕事をくださるって!」

「…」

しかめっ面をしながら大男は降りてきた。心底人に命令されるのが嫌そうや雰囲気が体全体からにじみ出ていて、見える気がする。だが、仕事する際のスイッチが入ったみたい。こうなるとコイツ程頼もしいヤツはいない。

「では、指令を下します。静聴!!」

三人は気をつけをして姿勢を正す。ヨルカという白スーツの隊長はかなり若かったが、その声には迫力があった。こういう生真面目な人間が道を見失うとととことん愉快な姿なるのかな、とギドーは思う。

(違反起こして首が飛ぶなら愉快な顔しておこう)

「判別番号1671/270-216.作戦名"クラン・グラシア"、」

((ん?))何かどっかっていうかさっき聞いた気がする単語が聞こえた。

「作戦内容はマルタ海峡への探索及び"クラン・グラシアの恩恵"の鉱床調査。その実験的手段の一つとして、ヨルトワの正義の名において!!!囚人三名を"ワダツミの大口"内部への先遣隊に任命する!以上!!」

「…」

「…」

「…」

やり切った感を出して満足げな表情のヨルカ。目が死んで唖然としているイサク。なぜか少し楽しそうな笑みを浮かべるギドー。全く動じず無愛想な顔をしたままのキヨウ。

四者四様の有様だ。そして、この死にたがりな作戦が開示された時から確かに四人の運命は傾き始めるのだった。天国に登るには『多くもない』善性と、地獄に落ちるとするには『少くはない』悪性を携えて…仄暗い海が待っている。



















…さて、以上が前置きである。何分入り組んだ話なので、長くなってしまって申し訳ない。でも、現実の話という概してそんなもんさ。これから書き記すお話をは、ハッキリ言ってしまうと中々えげつないお話だろう。なにせよく血が流れた。分類するなら悪漢小説(ピカレスク)と言ったところかしらん?ま、自称善人にはおすすめせんね。だが、当事者としては中々愉快な経験ができたと思っている。東と西の正義の境界線…ぽっかりと口を開けた大きなうろ…倫理感の狭間。だが得てしてそんな場所だからこそ、日常のカバーに包まれた"人間の根幹"がずるりと這い出るてくる。そんでそれを探すのが俺の人生にとり、ガキの頃からの変わる事がないテーマなのだ。


『ギドー・ガラクの遺書』より抜粋。

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Showdown  〜終身刑三人組見聞録〜 かぷりっちょ @doskydo

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