07

 そして迎えた翌月1日。

 佐藤良太改め、蘭那由多あららぎなゆたの作家人生、記念すべき初日である。

 前日に散髪を済ませ、ユニクロで店員に「小洒落た作家っぽいコーディネート」という無理難題をふっかけて見繕ってもらった一式を身に纏い、出版社へとやってきた。

 受付嬢には「作家の蘭那由多ですが」と取り次いでもらう。


 先月持ち込みをしたときと同じ階に、同じあの男がいた。

 晴れやかな表情で挨拶しようとする那由多より先に、男が口を開く。


「今日は入社の説明からだからこの時間だけど、いつもは8時出勤ね。

 タイムカードこれ、こっから1枚取って自分の名前書いて。

 ――いや何してんの、本名だよ」


 思っていたのと違う。

 面食らう那由多を伴い、男は大部屋のドアを開けた。

 実に見慣れた光景だ。

 覇気のない連中がパソコンに向かって作業している。

 男は連中に向かってやや大きな声を出した。


「本日付けで入社した、佐藤良太さん。

 ペンネームは……何だっけ?」


「あっ、あ、蘭那由多あららぎなゆたです」


「だそうです。

 はい、佐藤さんはこの席」


 入り口に一番近いデスクに着席させられ、パソコンを起動するが……。


「あの、家で執筆するのではないんですか?」


「テレワークは9月で終わったよ。

 で、この共有フォルダの中の、自分の名前のフォルダに小説の指示書が入ってるから。

 それ読んで書いて」


「指示書とは……?」


「その名の通りだよ。

 毎月会議で、時期や流行に合わせた作品が各自に割り当てられる。

 2月に出る本なら恋愛&お菓子とか、4月なら卒業&失恋とか」


 それは……それは果たして、作家というのだろうか。

 ライターという言葉が那由多の脳裏をよぎる。


「あと、SNSアカウントも作って適宜つぶやいてね、作家っぽいこと。

 バズりネタとか、作家あるあるネタも共有フォルダにあるから」


 恐怖にも似た感情に支配されつつ、那由多なゆたは言われるままに共有フォルダを開いた。

 「蘭那由多」以外にも、個々の名前のフォルダがいくつも置かれている。

 それらの名前に、心当たりがあった。

 真っ先に目に飛びこんできたのは、憎き泥牛Zドロシーゼータの名前。

 ほかにも、第一線で活躍している作家の名前がいくつも……いくつも。


「なぜ……これでは普通の会社員と変わらないじゃないですか!」


 ついに那由多は金切り声をあげる。

 男は――間違いなく編集者であったその男は、口元をいやらしく歪めて言った。


「これが現実。

 それをぶっちゃけたら作家になりたい人がいなくなるから、秘密厳守。

 我々はある意味、夢を売る仕事だから。

 あとで書面で渡すけど、給料は月末締め翌25日振り込み。

 月20万で45時間分の残業代含む。それから……」

〈完〉

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あゝ、憧れのデビュタント Ryo @Ryo_Echigoya

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