第4話 守る者のために
ここからはヨミ、もとい『からくり時計』の過去の話になる。からくり時計がどう生まれ、どのように生きてきたのか。
『からくり時計』は他人の『時』を吸い出し、『時』を吸い出した人の人生、経験、記憶を全て転写することができる。そして吸い出された当人はその生涯をそこで終えることになる。
この『時計』は最初から『からくり時計』だったわけではない。前述の特殊な能力をもったアーティファクトではあったが、絡繰兵器のように武装されたのは絡繰技師ジールによるものである。
ジールはもともと何処にでもいるような絡繰技師であった。しかし、絡繰の魅力に取り憑かれていた彼はいつしか絡繰によって『人そのもの』を生み出そうとしていた。
しかしそれには最後のパーツが足りない。
それは『心』だった。絡繰には『心』がない。さも当然のことを彼は絡繰への執着からか否定したがっていた。
そんな時、彼はとある時計を手に入れる。前述の『時』を吸い出す時計である。
彼はこの力を利用し、絡繰の最高傑作を生み出そうとしていた。彼の手はもう止まらず、かの時計を組み込んだ絡繰、『からくり時計』を作り上げた。
あとは人の心を転写するだけだ。そのためには犠牲が必要だ。ここで彼は堕ちるとこまで堕ちる。
散々、自分のことを絡繰しか能がないと馬鹿にしてきた呂の国の住人。
あんな奴らなど、どうとでもなって仕舞えば良い。
彼は呂の国の住民に目をつけた。
ジールは無差別に呂の国の住人の『時』を吸い出し、その人生を絡繰に経験させていった。次第に行方不明者が増えた呂の国の異変にいち早く気づいたのが、商人であったヨミとミトの父である。
彼はジールの非道な行いを目撃し、ジールの元から『からくり時計』を盗み出すことを決意する。
結果、盗み出すことに成功したヨミの父は彼の家にて『からくり時計』を管理していた。本物のヨミが誤ってからくり時計を起動してしまうその時までは...
ヨミが起動してしまった『からくり時計』は、その能力の対象をヨミに選んでいた。それを我が身を挺して防いだのが彼女の父である。その結果、彼女の父はその生涯を終え、ヨミは酷い精神的ショックを受けた。部屋を覗き込んでいたミトは、父の命を奪った絡繰を憎むとともに、その存在に恐怖を抱いたのであった。
結局、その後の呂の国の内乱、他国との戦争にて、『からくり時計』の行方は分からなくなってしまっていた。
実はこのお話にはまだ続きがあるのだが...
場面はアルド達とジールが対峙する現代に戻る。
ジール「降参かい?やっと見つけんだ。僕のからくり時計。そうそうには逃がさないよ」
アルドとヨミは奮闘していた。しかし、相手は絡繰。昼間の一体の絡繰でも苦戦していたのにソレが数十体。
ジール「僕個人としては既に完成してしまったキミが何処で何してようと構わないんだけどね。組織の上が煩くてさ」
ジール「あれから何人が犠牲になった?その姿は誰だ?どれだけ成長したのか僕に見せてくれ」
やたらと語りかけてくるジールを無視し、周りの絡繰に集中するアルドとヨミ。
戦いの最中、ヨミは彼女に"本来ないはずの記憶"を取り戻していた。それは『からくり時計』に刻まれた記憶。
真っ暗な部屋の中『からくり時計』は泣いていた。
???「ワタシはもう、他人の命を無差別に奪いたくない」
そこに近づいてくる大柄の男。
大柄の男「だったらウチに来な。ウチにはお前が仲良くなれそうな俺の子供達がいるからよ。あんなヤツのもとにいてもアンタは殺人兵器として扱われるままだぞ」
???「...」
大柄の男「自分の人生なら自分で決めるんだ。他人の人生なんていくら経験しても、それは自分のものじゃねえ。造られた心なんて意味がねえのさ」
大柄の男「少なくとも俺はそう思うぜ。他人を傷つけるためじゃなく、俺の家族を守るためにその力を使ってくれ」
そう言ってくれた大柄の男にワタシは救われたのを思い出した。彼の子供達は本当に明るく、仲が良い姉妹だった。彼の子供、ヨミが誤ってワタシを起動してしまった時、ワタシにはどうすることもできなかった。力が制御できずに暴走してしまったワタシは結果、彼の人生を奪ってしまった。
彼の最期の記憶は子供達、そしてワタシを心配するものだった。
「幸せになれ俺の子供達。ヨミ、ミト、それに名もなき『からくり時計』。 俺の命を奪ったことを責めるな。それより残されたヨミとミトのことを頼む。それだけが心残りだ...あとは頼むぞ...」
ワタシはその記憶を読み取った途端泣き崩れてしまった。絡繰なのに涙が出るなんて変だなと心底思う。
心なんてなんで不便なものを与えられてしまったのだろう。
それから、父を亡くした精神的ショックからかヨミはこの時の記憶の一切合切を無くしていた。ミトについてはワタシに対する当たりが強くなった。どうやら父のことで相当恨まれているようだ。
そんな時、呂の国が滅ぶ事件が起きる。他の国が呂の国に攻め、火の手がそこら中を巡った。
ワタシは彼の遺言通り、彼女らを守らなければならない。しかし、煙がたちのぼり、劈く悲鳴、怒号の中では彼女らの捜索は困難を極めた。
彼女らの片割れを発見したときには彼女は既に事切れかけていた。姉であるヨミが地面に横たわり、腹から出血していた。しかも、その場には妹であるミトは見当たらない。
助からない、そう思ってしまった。
ヨミが駆けつけてくれた『からくり時計』に気づき、話しかけてきた。
ヨミ「ねえ...からくり時計...」
からくり時計「喋るなヨミ!もういいから喋るな。血が...」
それでもヨミは『からくり時計』に語りかけようとする。彼女の母の形見だと言っていた"唐傘"を手に握りながら。
ヨミ「私を...私の人生を吸い出してくれないかしら...」
からくり時計「!?そんなこと...」
ヨミ「私はもうダメみたい... 自分のことだからよく分かるの... でも...」
からくり時計「でも...?」
ヨミ「妹が心配、あの子寂しがり屋だから側にいてあげたいの。だから...ね?お願い」
この家族は本当に狡い。自分が死ぬかもしれないって時に心配しているのは家族のことばかりだ。
またしてもワタシに手を汚せというのか...
ヨミ「あとは... お父さんが話してくれたユニガンや他の場所もいっぱい見たかったな。お父さんにも...もう一度会いたい」
彼女の最期の言葉を聞いた時、からくり時計は光り始める。その姿を見た瞬間ヨミは目を見開き、「ありがとう、妹のことよろしくね」と言って目を閉じた。
ヨミの時を吸い出し始めるからくり時計。今は自分を愛してくれた大柄の男の姿となってヨミの時を吸い出していた。
この姿になってから何年の時が流れただろうか?悠久の時が流れ、自分自身何者かも忘れそうになる。
ワタシは誰だっけ?何のためにここに?誰かを探していたのだろうか。
そう、そうだ。ワタシはヨミ。妹のミトを探して旅をしているんだった。この大陸はもう探し尽くしてしまった。
ミトに会わなくては。ミトを探さなくては。ワタシの大事な妹。ワタシの大事な最後の『家族』なんだから。
場面は再び現代に戻り、ジールの絡繰達と戦っている最中に戻る。
ヨミ「思い出した...」
アルド「ヨミ!?」
戦いの手を止めてしまったヨミを心配するアルド。
その背後から絡繰がヨミに襲いかかってきた。
アルド「ヨミ!?あぶないッ!?」
ガキン、という金属音が鳴り響き、襲ってきた絡繰が崩れる。
ヨミの一閃が絡繰を貫いていた。
アルド「ヨミ、大丈夫か?」
心配し、駆け寄ってくるアルド。ヨミの顔を覗き込むと小刻みに震え、不敵な笑みをしていた。
ヨミ「アルド... 全部思い出したんだ」
アルド「ヨミ!?記憶が戻ったのか?」
ヨミ「ああ。ワタシは確かにヨミではない... ヨミではないがな。アルド。彼女の願いはワタシの中で今も生き続けている。頼まれたんだ。ヨミ自身に。妹を守ってやってくれって」
アルド「ヨミ...」
ヨミ「彼女の願いはワタシが叶えよう。ワタシが動き続ける限り。彼女の妹はワタシが守ろう。ワタシの命が燃え尽きない限り」
アルドは彼女の発言の全てを理解していたわけではないが、彼女自身に先ほどまであった迷いが一切合切消えていた。
アルドは彼女はもう大丈夫だろうと確信していた。
ヨミが唐傘を構え、絡繰特有の構えをとる。
そして言葉を発する。
ヨミ「絡繰鬼哭流... 誰彼ノ時」
彼女の足が加速し、唐傘からの突きを放つ。その速さに追いつける絡繰はおらず、その速さ故にヨミ自身の姿を誰も捉えることができない。
ジールはそんな彼女を見て呟く。
ジール「素晴らしい...」
数十体いた絡繰を全て葬り去り、その場にはヨミとアルド、そしてジールだけが残る。
ジール「やはり、キミは僕の最高傑作だったね..!!何を学んだ?ぜひ教えてくれ」
ヨミ「他人の人生を踏みにじるお前には一生分からないだろう」
ヨミは吐き捨てるように言葉を発する。
ヨミ「ワタシはな。自分の人生がまやかしだと気づいた時、ワタシにとって愛は無縁で無価値で無意味だと思っていた。でも、ワタシはちゃんと愛されていた。そこには『家族愛』があったんだ」
アルド「ヨミ...」
ヨミ「ワタシは最後の家族を守るためにここにいるんだ。そんな平和な日常を脅かすお前はここで仕留める」
くっくっくっ とジールが嘲るように嗤う。
ジール「家族だと?笑わせるなよ。絡繰風情が」
ジール「絡繰が人になるにはどうすればいいと思う? 一つ目は絡繰をキミのように極限まで人に近づける。二つ目は...」
ジールの身体からありとあらゆる武器、そして機械の腕が飛び出す。さきほどまで"人間だったもの"の変貌にアルドとヨミが武器を構える。
ジール「人を絡繰に造り変えることだよ!!どちらが絡繰の最高傑作か!決着をつけようじゃないか!」
ジールの機銃から弾が乱射される。
ヨミがアルドを軽々と抱え、超スピードで走り抜け弾を避ける。
ジール「この程度では捉えられないか。じゃあこれだ」
ジールは居合の構えをとる。これでは、接近した際に一緒で切り捨てられるだろう。
アルド「ど、どうするんだ?ヨミ」
ヨミ「問題ない。あの技を使う」
絡繰鬼哭流 誰彼ノ時。ヨミの超加速により、ヨミ自身の姿が消え、認識できなくなる。
突きを繰り出そうとして、ジールに接近したヨミ。
ジールの間合いにヨミが入り、抜刀するジール。
抜刀の速度より圧倒的に速いヨミ。
唐傘の一閃がジールの装甲を貫く。
馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な。
ジールは困惑していた。自分があの『からくり時計』に装備したのは小刀、刀、弓矢だけだ。なんだあの傘は。なんだあの技は。自分が与えた技、黄昏ノ時ではないのか?想定外のヨミの動きに狼狽える。
膝をつくジールを見下し、ヨミが話す。
ヨミ「この加速装置はな。ワタシのお父さんがつけてくれたんだ。ワタシの大事なお父さんがな」
ジール「戯言を...お前に父などいない!」
ヨミ「お前は何も分かってはいない。家族はな、何も血のつながりだけじゃない。他者を思いやる気持ち、守りたいと思う気持ち、それがワタシの力だよ」
ジール「くっ...」
ヨミ「それが分からないお前はワタシには勝てないよ」
ジール「くっ...くっそおおお」
ジールの断末魔が上がる。叫ぶジールを容赦なく斬り伏せるヨミ。ジールはその動きを止め、そこら中に転がっている絡繰の一部と化す。
ジールを討ったヨミにアルドが近づいてくる。
アルド「ヨミ!やったな!」
ヨミ「あぁ、すまない。アルド... 迷惑をかけたな」
ヨミが顔を上げる。その目線の先、アルドの後方にこちらを見ていたミトがいた。
ミトの元へ向かうヨミ。びくびくしているミト。
ヨミ「すまない。お前の姉の命を奪ったのは紛れもなくワタシだ」
ミト「やっぱり...!」
怯えながらも怒りを露わにするミト。
でもな、とヨミが続けた。
ヨミ「お前の姉は... ヨミは最期までお前のことを心配していたよ。それにお前のことを守ってくれないかとも頼まれたんだ」
ミト「...」
ヨミ「お前が嫌じゃなきゃワタシを側においてはくれないか?」
ミトが閉じていた口を開け、ぽつりぽつりと言葉をこぼす。
ミト「本当は... 本当は全部わかってたの。お姉ちゃん、アナタと仲良かったから。アナタがそんなことするわけないって」
ヨミ「ミト...」
ミト「酷いことしてごめんなさい。それと...」
ヨミ「それと?」
ヨミは何だ?とミトに尋ねる。
ミト「お姉ちゃんの最期ちゃんと教えてくれないかな...」
ヨミ「あぁ、もちろんだ」
アルドを交え、事の真相を語るヨミ。
ミト「お姉ちゃんやっぱり... 。ありがとう、ちゃんと教えてくれて」
ヨミ「すまなかった。お前の姉を守ることが、父との約束だったのに」
ミトは首を振る。
ミト「あの状況なら仕方ないわ。悔やんでも悔やみ切れないけどね」
ヨミ「ミト...」
でもさ、とミトが続ける。
ミト「でも、アナタがいてくれるんでしょ?」
ヨミ「えっ?」
ミト「私に残された唯一の家族だもの。これからあらためてよろしくね。もう1人のお姉ちゃん」
ヨミ「ミト... ありがとう」
泣き崩れるヨミ。彼女の父と姉の命を奪ってしまった罪悪感が彼女を今まで縛っていたのだろう。自分のことを許し、受け入れてくれたミトのことを、彼女は... 彼女は一生をかけて守ろうと誓ったのであった。
しばらくの間、姉妹水入らずの時間が流れる。本当の姉妹ではないけれど、本当の姉妹以上の姉妹愛がそこにはあった。
もうヨミは心配いらないだろう。姉妹に水を差しちゃ悪いと思ったアルドはその場を立ち去り、ユニガンを後にした。
しばらくして、アルドの後方から物凄いスピードで駆け寄ってくる足音が聞こえてきた。
アルドが振り向くとそこにはヨミがいた。
ヨミ「アルド。水臭いじゃないか。何も言わずに立ち去るなんて」
アルド「邪魔しちゃ悪いと思ってさ... でも、よかったな。ヨミ」
ヨミ「アルドのおかげだよ。ありがとう」
アルド「俺は何もしていないよ。ヨミが頑張ってきたからだろ?」
ヨミ「アルド...」
しばらく話した後、ヨミに別れを告げ、自分の本来の旅に戻るアルド。彼の時空を超える旅はまだまだ続く。
唐傘を翳し、悠久の空の下、歩く巫女服の彼女は、今日も生きていく。守る者のために、亡き父との、そして自分自身との約束のために。
第四話 「守る者のために」完
唐傘を翳す彼女は悠久の空に何を想ふ にこら @nicora1017
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