第3話 からくり時計は家族の夢を見るか
ヨミ「えっ...」
突然の妹の追及に言葉を失ったヨミ。平静を取り戻し、彼女はミトに問いかける。
ヨミ「な、何をいいだすんだミト。どこからどう見てもお前の姉のヨミだよ」
少しの間沈黙が続く。
ミト「お姉ちゃん、覚えてるかな」
ヨミ「な、何がだ?」
妹のいつもと違う雰囲気に気圧されるヨミ。
ミト「お父さん、行商人だったよね?」
ヨミはミトの質問の意図が分からなかったが、記憶にあるまま答えることとした。
ヨミ「そうだな。父は行商人で世界各地の色んな話をしてくれたり、色んな物を集めては私達に見せてくれたな」
ミト「そうそう。その中にね、からくり時計があったの覚えてる?」
ヨミ「からくり時計?そんなものあったか?」
その発言を聞いた時、ミトは半信半疑だった何かを確信し、やっぱりと小声で呟いた
ミト「やっぱり...今ので分かったわ。アナタはワタシのお姉ちゃんじゃないッ!本当のお姉ちゃんはどうしたの!?」
彼女は何を言っているのだろう。今のやりとりの中でどこが問題だったのかヨミには皆目見当も付かなかった。
ヨミ「む、昔の話じゃないか。ワタシだって全部覚えてるわけじゃない。父は色んな物を見せてくれたからその中の一つなんて忘れてるだけじゃないか」
ミト「あんなに衝撃的だったのに覚えてないの?本当に?ワタシが絡繰に恐怖を抱くことになったのはあのからくり時計が原因なのに」
ヨミは思い出せない。妹が絡繰恐怖症になったのは小さい頃に暴走した絡繰に襲われたからではなかったのか?ヨミはそのことをミトに問いかけた。
ミトから帰ってきた答えはNoだった。
ミト「からくり時計のせいでお父さんが亡くなったこと、本当に覚えてないと言うならアナタはワタシのお姉ちゃんではないわ」
長い悠久の末に見つけ出した生き別れの妹から自身の存在を否定される。これほど辛いことはないだろう。そこでヨミは問いかける。
ヨミ「ではこの記憶は?この容姿は?妹を想うこの気持ちすらまやかしだと言うのか?言っていいことと悪い事があるぞミト」
ヨミがミトに近づいたその瞬間、ガキンというような金属音が部屋に鳴り響いた。
ヨミ「...え?」
よく見るとヨミの服が裂けており、妹であるミトの手には小型のナイフが握られていた。ミトがヨミに向けてナイフを振るっていた。
ミト「やっぱり、アナタあの時のからくり時計ね」
ヨミの白い服に血が滲む。でも先ほどの金属音は?確かに自分の中から聞こえてきた。妹の言葉はもうヨミの耳には届いていない。
ヨミ「違う... 」
ミト「違わないわ。アナタは絡繰。他者の時を吸い取って写し身として吸い取った人の記憶を、容姿を、そして想いまでも完全再現する。からくり時計と呼ばれた絡繰の究極体よ」
最愛の妹から突きつけられた真実に動揺を隠す事ができないヨミ。
ヨミ「違う..!ちがう...!! ちガウ!!」
黒い負のオーラがヨミに纏わりつく。
ヨミの大きな声に驚いて部屋に入ってくるアルド。
アルド「ヨミ!?どうしたんだ?」
ヨミの切れた服、ミトの手に握ったナイフをみたアルドはミトに問う。
アルド「なぁ...ミト。いくら姉妹喧嘩でもやりすぎだと思うぞ」
ミト「違う!アルドさん。あれはお姉ちゃんの姿をした絡繰よ。今まで騙されてたの」
ミトは何を言っているんだ。どこからどう見てもアルドの知っているヨミであり、絡繰とはとても思えない。ミトを疑うアルドだが、今はヨミだ。切られているし、さきほどから蹲って動こうともしない。
アルドがヨミの側に駆け寄り、声をかける。
アルド「ヨミ!大丈夫か?しっかりしろ」
ヨミ「...か...き...」
ヨミは小さな声でブツブツと何かを呟いている。
アルドは聞こえなかったため、ヨミに再度問う。
アルド「え?何だって? もう一度言ってくれないか?」
ヨミ「か..くり..こく...」
またもやアルドは聞き取る事が出来なかった。しかし、3度目のヨミの呟きはアルドはハッキリと聞き取る事ができた。そして、その意味を理解した途端アルドは背筋に悪寒を感じた。
ヨミ「絡繰鬼哭流」
まずいッ!と思った次の瞬間、アルドめがけて唐傘が振られ、一閃。アルドは間一髪、彼女の初撃を防ぐ事ができた。
もはやアルドの知っている彼女ではないことは一目瞭然であった。通常の2本の腕に加え、ヨミの背中から2本の機械的な腕が突き出している。
2本の機械の腕には小刀が握られており、前の絡繰と同様に斬り合いになればアルドが不利であろう。
それにアルドは自分が思っている以上に動揺し、剣に迷いがあることに気づいていなかった。
何せこの絡繰はヨミの姿をしていた。アルドにとってヨミと過ごした時間は短い時間だったかもしれないが、それでも、仲間であるヨミの姿を斬るのは想像以上に躊躇われた。
考える暇もなく次の攻撃がくる。
ヨミ「絡繰鬼哭流 東雲」
絡繰鬼哭流 東雲。かの技は、小刀を擦り合わせ火花を散らす。散った火花と小刀の金属面の乱反射により、相手の視界を奪う。まるで夜明けの如く、一瞬閃光が部屋を包み、明るくなる。
アルド「うわっ」
眩い光にアルドは目を閉じてしまう。瞬間、ヨミの腕に握られていた唐傘から鋭い一撃がアルドに浴びせられる。
一度、共闘しているため、アルドには分かっていたが、この絡繰の唐傘の扱い方は紛れもなくヨミのものであった。本当にヨミなのか、とアルドは思うが素直に目の前の現実を受け入れる事ができない。
硬い絡繰の装甲に対抗するにはどうするか。アルドは自身の技の一つである『竜神斬』を放つことにした。『竜神斬』は相手の斬攻撃に対する耐性を下げることができる。絡繰にも通用するかもしれないとアルドは思った。しかし結果的にはその選択は浅はかであったといわざるを得ない。
『竜神斬』はヨミの装甲に通用し、ヨミがよろけた。付与効果で軟らかくなったヨミの装甲に追撃するアルド、たしかな手応えを感じた。
しかし、すかさずヨミはアルドから距離を取り、絡繰特有の構えをとる。
ヨミ「絡繰鬼哭流 残心」
そして再びヨミとの斬り合いになり、アルドは気づく。ヨミの装甲が先ほどまでと同様に硬くなっている。
『竜神斬』が効いていないのか?いや確かに手ごたえはあった。ならば、付与効果がヨミの技で消されたと考えた方が納得がいく。
ヨミ「絡繰鬼哭流 黎明」
機械の腕が握っていた小刀を投げ捨て、新たな刀を取り出す。刀と唐傘の二刀流になったヨミは技を次々と繰り出す。
ヨミ「絡繰鬼哭流 逢魔ノ時」
絡繰の仕込み弓矢や小刀が飛び出し、アルドを襲う。距離を詰められたアルドは簡単に唐傘の一撃をくらってしまう。
アルド「くっ。ヨミ!ヨミなんだろ?目を覚ましてくれ。頼む」
もはや聞く耳をもたないヨミだったものは、最後の技を繰り出す。
ヨミ「絡繰鬼哭流 誰彼ノ時... わタシは..?」
突如攻撃の手が止まる。
ヨミ「ワタしは一体ダレ?」
アルド「ヨミ!意識が戻ったのか!?」
ヨミ「あ、アルド?コレは一体...」
まだカタコト口調のヨミがアルドに尋ねる。
アルドは既に満身創痍でボロボロだった。よかった、と呟いてアルドは倒れ込んでしまった。
ヨミはアルドを心配して近寄る。ヨミが部屋にあった姿見を見て、自分が異形の姿になっていることに気づく。
ヨミ「こレがワタシ?」
ミト「そうよ。それがアナタ」
先ほどまで部屋の隅で黙っていたミトが口を開く。
ミト「あの時もそうだった。さっきと同じように暴走して... ワタシ達のお父さんの命を奪ったのよ」
ミトはからくり時計を睨みつけた。
ミト「次はお姉ちゃんまで... どれだけワタシの家族を傷つけたら気が済むのよ」
ヨミ「わタしが...? 父を手ニカケタのか?」
ミト「からくり時計に時を吸い取られた人は死に至るわ... だから本物のお姉ちゃんももう...」
ミトは涙目になりながら叫ぶ。
ミト「だから...もう壊れて!」
近くにあった花瓶を手に取り、ヨミに叩きつけようとする。ヨミはもうどうでいいと半ば自暴自棄になっているようでソレを受け入れようとしていた。
倒れていたアルドが立ち上がり、ミトの鉄槌を止める。
アルド「彼女はヨミだ。俺の仲間なんだ。都合のいいことを言ってるのは承知してるんだけど、ヨミを許してはやってくれないか」
ミト「はなして!お姉ちゃんの仇をとるんだから!あんなに大好きだったお姉ちゃん、お父さん。ソレを奪ったこのからくり時計をワタシは許さないんだから!」
恨まれても仕方がないとヨミは言った。そして、悪かったと言い残しその場を立ち去ってしまった。
アルド「ヨミ!待てって!」
アルドがヨミを追いかける。酒場の2階から外へ出て、ユニガンの路地裏にてヨミは星空を見上げて泣いていた。
ヨミ「なぁ、アルド。ワタシは一体何なんだろうな」
ぽつりとヨミが言葉を溢す。
ヨミ「この身に流れる血も、流す涙も本物であるはずなのに、ワタシ自身の心は紛い物にすぎないなんてな」
アルド「ヨミ...」
ヨミ「結局ワタシの妹に対する思いも、愛情も、記憶ですら紛い物であったとすれば...」
きっと。きっと、そう。 ヨミは言葉を紡ぐ。
ヨミ「ワタシにとって『愛』はきっと無縁で無価値で、無意味なんだろうね」
どうしようもなかった。アルドは今のヨミに何て言葉をかければいいのだろうか。
そもそも今のヨミは一体何者なのだろうか。ミトの本物の姉であるヨミを写しとった存在、とでも言えばいいのだろうか。
彼女本人にとって歯痒いことだろう。彼女が感じた経験や記憶、妹に対する想いは本物のヨミ自身が感じていた物なのだろう。それなのに、当の妹にはソレを否定され、受け入れられなかった。こんなに辛いことはないだろう。
ヨミは妹を探すために長い間、ガルレア大陸中を旅していたと言っていた。もしかしてその時に入れ替わったのだろうか?
本当に入れ替わるためだけにこのからくり時計は本物のヨミの命を奪い、時を吸い出したのだろうか?
今の彼女を見ているととてもじゃないが信じられそうにない。
アルド「ヨミ...本当のことを教えてくれ。本当に今のヨミは本物の命を奪い、成り代わった存在なのか?」
アルドの質問に少し言葉を考えるヨミ。
ヨミ「信じてはもらえないだろうが、その辺りの記憶がないんだ。ミトの発言や先ほどのワタシの状態から考えるとワタシが『ヨミ』の時を奪ったのは本当なのだろう」
ヨミが自分の胸に手を当ててみる。
ヨミ「どうして今まで気づかなかったのだろう。ワタシの胸からは心臓の鼓動ではなく、カチカチと時を奏でる音がしている」
ヨミ「ワタシは本当にからくりの一種で時計なのだな」
苦笑するミト。
ヨミ「最期に頼まれてくれないかアルド」
ヨミ「ワタシを... 壊してくれないか?頼む」
アルドは首を横に振る。
アルド「そんなのはダメだ。ヨミだってやっとの思いで妹を見つけたじゃないか。たとえヨミが絡繰だったとしても、ミトを思う気持ちまで紛い物だったなんて俺は思えない」
アルド「今のヨミが本物であろうとなかろうと、今のヨミだから俺も協力したんだ」
ヨミ「...アルド」
アルド「だからさ、自分を簡単に諦めないでくれ。今のヨミの気持ちを全て理解できるとは言えない。でも、俺たちは仲間だろ。仲間だからこそ一緒にいてやることはできる」
アルド「だからもう少し頑張ってみよう。ヨミ」
ヨミはアルドの言葉に少し救われたように感じた。
ヨミ「ありがとう...アルド」
???「そうだよ。壊すなんてもったいない。せっかくの最高傑作なんだからさ」
突如、聞き覚えのある声が街中に響く。それは昼間、アルドとヨミと出逢い、スケッチをしていた絡繰技師であった。
ヨミ「なぜアナタがここに...」
絡繰技師「そういえば頼まれてたの忘れててさ。からくり時計の回収」
この男は何なのだろうか。昼間とは雰囲気がまるで違っていた。
アルド「回収だって?」
いやぁ、と頭を掻きながら絡繰技師は答える。
絡繰技師「昼間見た時に思ったんだよなぁ。あぁ、コイツは僕が作ったからくり時計なんだなって」
ヨミ「アンタが作った...だと?」
絡繰技師「そうそう。キミは僕が作ってあげたの。感謝してよね」
絡繰技師は眠そうに欠伸をかき、話題を変える。
絡繰技師「それはそうと。頼まれているんだよね。時計の回収」
アルド「ヨミを連れていく気か!そんなことはさせないぞ!」
アルドが剣を構える。
絡繰技師「やれやれ、自分達に勝ち目があると思っているのか?」
突如絡繰達がアルドとヨミを取り囲む。
絡繰の数は20、いや30は超えるだろうか。
???「僕の名前はジール。昼間は小手調べのつもりだったけど、今度はそうはいかないよ?」
ジールと名乗った絡繰技師は余裕の笑みを浮かべる。
状況は最悪、もはや絶対絶命だった。
第三話 「からくり時計は家族の夢をみるか」完
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