第10話 協力者

「はぁー、びっくりしたよもう。いきなり大声掛けられるから山賊でも現れたかと」


「あはは、すみません……」


「…………」


 ルーシーが手に掛けるよりも早く行動しようとした結果、旅人に向かって大声を掛けるという失態を犯してしまった。が、先に旅人が警戒心を解いてくれたおかげでどうにか一触即発を回避できた。……背後のルーシーの視線がずっと突き刺さっているが。

 旅人も目の前にいる二人がただの少女と知って安心したのだろう。フードを脱いでその顔を顕にする。


「うん、やっぱりすごく美人だ」


「お姉ちゃん!?!?!?」


「いたたたたた痛い痛い!」


 急激に肩に添えた手に力を込めるルーシーにソフィーは涙を浮かべ抵抗する。振り返るとギョッとするほどルーシーの顔つきが険相になっていた。

 いきなり姉妹喧嘩(?)を始めたソフィーたちに旅人はいよいよ困惑極まりないという顔になる。


「えーっと、勇者がどうのこうのって言ってたな……?」


「あっ、実はわたし勇者になりまして。任命式を受けるために中央国に向かってるんです。わたし、ソフィーって言います。それと、妹のルーシーです」


「…………よろしくお願いします」


「なるほどね。あたしはアスカ。しがない旅人さ」


「おお、アスカさん!」


 ようやく判明した旅人の名前にソフィーは感動する。 

 アスカ。あまり馴染みのない語感をした名前だ。付け加えて黒髪。この国ではかなり珍しい髪色だ。恐らくアスカは遠い異国の地からやってきた旅人なのだろう。

 

「で、協力して欲しいと言ってたな。迷子か?」


 アスカが目を細めて尋ねてくる。いきなり森の中で見ず知らずの女の子に助けてほしいと言われても道に迷ったとしか思われないだろう。

 だが正直に進めば死ぬと答えることも出来ない。『死に戻り』の制約で口出しが制限されているからだ。どこまで話せば制約に引っかかるのか定かではない。かと言って下手な嘘すらも思いつけない。本当に面倒な力を押し付けられたな、とソフィーはため息をつく。黙ってても埒が明かないので抽象的に事情説明を始めた。


「……実は付近に魔族が現れたっていう噂を聞いて。今朝、わたしたちは出発したばかりなんだけどその噂を思い出すとどうしても怖くなっちゃって。まだ勇者に選ばれたばかりだったし、力もそんなに持ち合わせてないからどうしようって悩んでて……。それで、ここの近くに川があるから釣りしようと近付いたらアスカさんがいて、つい嬉しくなって協力をお願いしたんです」


「魔族……?」


「ごめんルーシー。不安にさせたくなくてずっと黙ってた」


 ソフィーの発言にルーシーが訝しげに首を傾げ、すぐさま弁明を取り繕う。事前に打ち合わせておけばよかったと後悔する。エルシーに失言を犯して殺された記憶が蘇ったからだ。もし失敗してしまったら、そんな不安が脳内を駆け巡る。


「ううん、ずっと我慢してたんだね」


 だがルーシーはソフィーの言葉を信じることにしたようだ。やんわりと微笑み、わたしの肩を抱いて肯定する。思わず涙が溢れそうになる。そんな仲睦まじい二人に「んん」とアスカが咳払いし、話を続ける。


「あー、仲良しなところ悪いが……。ようするに魔族がいるかもしれないって話だな? なら戦いはあたしに任せな。自分で言うのもなんだけど腕はあるんでね」


「本当ですか!? ありがとうございます!」


「ああ、それと気軽に話してくれていいよ。あたし、別に目上とか気にしないから」


「本当!? よろしくねアスカさん!」


「うん、こちらこそよろしくな。ソフィーちゃんにルーちゃん」


「うん!」


「は?」


 心底嫌そうな顔で返したルーシーの頭を思わず小突いた。






※※※※






 それからアスカと交えてテントを設立し、晩御飯を作ることにした。

 アスカは成人しているものの、料理がそこまで得意ではないらしい(その話を聞いたルーシーは酷く冷ややかな目をしていた)。一度目と同じくソフィーが調理することになった。今回はバケツいっぱいに詰まったシャーモンを消費するので、焼き魚だけでなくスープも作る。


「うーん、塩気が効いてるねぇ~。流石ソフィーちゃん!」


「えへへ、ありがとう……!」


「いやぁ、ルーちゃんも料理上手なんでしょ? いいなぁ羨ましいなぁ、こんなにも可愛い妹がいて」


「でしょでしょ! 自慢の妹なんだ」


「……っ、ありがとうお姉ちゃん! アスカさんに褒められても嬉しくないです」


 初めは警戒心を顕にしていたルーシーだったが、ようやく打ち解けてきたようでアスカを睨むような真似はしなくなった。相変わらず塩対応のままだが。

 とほほ、とアスカは苦笑いを浮かべる。だがルーシーに対して嫌悪感は抱いてないようで、「ははは!」と朗らかに笑った。

 

 ────そして時刻は夜。すっかり頭上には月が昇っている。就寝の時間になり、約束通りアスカが見張りをすることにした。このまま彼女に任せて寝てもいいのだが、二度も襲われた『死』の体験がソフィーの脳内に警鐘を鳴らす。彼女の実力を疑うわけではないが、一度目の襲撃は伝えたほうがいいだろう。

 隣のルーシーが寝息を立てたのを確認し、ソフィーはテントを出る。


「おっ、寝れなかったのかい?」


「……うん、まぁ不安で」


「そっか。ほら、隣に座りなよ」


 ぽんぽん、と地を叩いてアスカが席を促す。その行為に甘んじてソフィーは隣に座ることにした。

 どこから切り出そうかと悩んでいると、先にアスカが口を開く。


「……実はさ、あたしにも妹がいたんだ」


「えっ?」


 唐突に明かされた事実に面食らう。アスカがソフィーたちに気を良くしてくれるのも、そういう理由なのだろうか。

 ……だが、先程のアスカの発言が引っ掛かる。言い間違えでなければ、


「妹さんが、?」


「ああ。ソフィーちゃん達と同じくらいの年だったかな。妹と一緒に旅に出たんだ。すっごく可愛い子だったよ。ルーちゃんみたいに髪を伸ばしていてさ、あたしより優れていて……。トキって名前だった」


「…………」


 その妹さんはどこに? なんて質問が出来るはずもなかった。ずっとトキについて過去形で語っている。つまりトキは今……とソフィーは想像し、表情を暗くする。


「旅を始めて一年ちょっとのことさ。ある魔族に襲われてトキは死んだんだ。それもあたしを庇って」


「――――」


「それ以来あたしには使命があったんだけど、全部どうでもよくなっちゃって。今はこうして放浪を続けているわけなのさ」


 アスカの過去に返す言葉を失くしてしまう。

 その結末は、ソフィーも辿ったばかりだ。二度も死んだが、どちらもルーシーが先に庇う形で死んでいった。アスカはその後命を拾われているが、ソフィーは助からなかった。

 アスカの過去を聞いて、より一層ソフィーは決意を固める。もうルーシーは死なせないし、わたしも死んではいけないと。


「だからさ、ソフィーちゃん達を見てるとどうしてもやめて欲しいって気持ちが湧いてしまうんだ。……ごめんな、こんな重い話を聞かせてしまって」


「ううん。アスカさんの気持ちは分かるよ……。わたしも大切なものを失ったことあるから。わたしだって、行かせて欲しくないって言うと思う」


 一度、歩みを止めようともした。あんな目に遭うぐらいなら、逃げてしまえばいいと思ったこともあった。

 だが、想像以上にソフィーの夢想は強かったらしい。わがままかもしれないけど、逃げたくはなっても諦めたくはないのだ。そしてその思いを尊重してくれたルーシーと最後まで旅を添い遂げたい。

 だから、


「それでも、わたしは夢があるから。この先怖いことも痛いこともたくさんあるかもしれないけど、ルーシーはわたしが守るし、絶対に死なせない」


 アスカを見据えてソフィーは、引けない思いを吐露する。しばらくアスカは探るような視線を向けていたが、不意に「ぷはっ」と吹き出した。


「な、なに……!? 結構真剣に言ったつもりだったんだけど!?」


「くっ、あははは! いやいや、ソフィーちゃんがそう言うなら止めないよ。それに、護衛を任されたんだ。ならあたしが精一杯守ってやらないとな!」


「きゃっ!?」


 うりうりー、と頭を撫でられる。


「髪っ、髪が乱れる、てっぺんの髪の毛が駄目になっちゃうからやめてー!」


「あはは、ごめんごめん」


 ちょっかいが終わる頃には、ぜはぜはと息を荒げていた。とんでもない女だ。いくら妹と離れて寂しいからって、大人なんだからもう少し自制しようよとソフィーは抗議の目を向ける。


「そんな目するなよ。……じゃ、そろそろ寝ないとな。あとはあたしに任せな」


「……あ、そうだ」


 だいぶ話が逸れていたが、元々の用事をようやくソフィーは思い出し口を開く。


「アスカさん、実はね。魔族だけじゃなくてね、魔物もいるの」


「……魔物? 今は冬眠の時期だし、あたしは全然この辺の地域で見てないが」


「うん、わたしもそう思っていたんだけど……。多分、魔族が操ってる」


 何故、一度目に魔物の夜襲を受けたのか。思考を重ねた末にあの魔族――――エルシーが操っているのではないかという結論に達した。

 まず、ここは中央国まで直通の道。そしてエルシーも中央国に行くと発言していた。恐らく護衛のために操っている魔物なのだろう。だが、これだけでは証拠が薄い。では何故エルシーが操っていると断言できるのか。それは思い出したくもないが、ルーシーの二度目の死因が答えだ。


 エルシーの凶器は刃物だ。現にソフィーも首を斬られて死んだ。その場合、体には切創が出来るはずだ。だがルーシーの体には切創がなく、喉が引き千切られていた。あの傷が、一度目に魔物に食い千切られた傷跡と特徴が一致するのだ。さらに、エルシーは喜々としてルーシーの遺体まで場所を案内していた。エルシーの実力は不明だが、自ら魔物が潜んでいる危険地帯まで足を運ぼうなどと普通は思わないだろう。故にソフィーはエルシーが魔物を操れると踏んだのだ。


「なるほどな……。にしてもやけに詳しいな、その魔物と知り合いか?」


「知り合いというか、因縁の相手というか、運命的な出会いというか……」


「随分と劇的なお相手だなぁ」


『死に戻り』した今では知り合いですらないが。運命の相手が殺人鬼なんてこっちから願い下げだと、エルシーを思い出し嫌悪する。


「アスカさんの実力がどれくらいなのか分からないけど、本当に危険な相手だから気を付けてね。さっきの過去も聞いたからこっちは不安、いや信頼してるけど、やっぱり怖いから!」


「大丈夫だって。あたし実は最強だから」


「そういうこと言われると余計に心配なんだけど!? だいたい自分から強いって言うと負けるって都市伝説が――――」


「待て」


 不意に言葉を遮られた。

 アスカが立ち上がり、周囲を見渡して警戒する。ソフィーの記憶では焚き火が消えたはずだが、まだ明るいままだ。依然として気配は何も感じられない。

 だがアスカの警戒する姿を見て瞬時にソフィーも状況を理解した。襲撃者が、すぐそこまで来ているのだ。

 目を細めアスカは呟く。


「……なるほど、随分とこりゃあ厄介な相手につけられてたようだな」


「わ、分かるの……?」


「ああ。ソフィーちゃん、とりあえずあたしから離れるなよ。間違いなく相手の方から仕掛けてくる」


 アスカが警告した直後だった。ぶぉん、と羽音が何倍にも重なったような奇妙な音を立ててアスカの両手から青白い光が伸びる。

 アスカは逆手に剣を握り締める独特な構えを取って、告げた。


「――――『蒼光』のアスカ、参る」




 火が、消えた。




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銀月のソフィー 火侍 @hisamurai666

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