第9話 わたしの知らない妹
ようやく泣き終わって腫らした目も治まり気分が落ち着いてきた。
夢を諦めない。ルーシーを絶対に死なせない。そう誓った。ルーシーは自身の夢を叶えさせてくれると言ってくれた。その言葉に恩返しできるよう、ルーシーを支える。そう決意した。
だが気持ちを新たにした所で目の前にある問題は片付いていない。
『結局分かれ道どっちに行くの問題』だ。だが答えはもう決まっている。
「それで、お姉ちゃん。どっちに行くの?」
「右」
「早っ!?」
間髪入れず答えるソフィーにルーシーは大変驚く。ルーシーからすればこの道を見るのは初めてなのだから当然の反応かもしれないが。
死んだ記憶のことをそのまま話すと先程のようなペナルティが発生して無意味になる可能性があるので、とりあえずそれらしい理由をつけて説明する。
「実は地図を前日に読んでたの。それで右の方に行くと中央国に直通しててさ。左は特に関係なさそうな神殿に繋がってたから、右が正解だね」
「そうなんだ。お姉ちゃん事前に読んでるなんて偉いね。私、地理苦手だから……」
「え? そうなの?」
ルーシーの答えを意外に思い聞き返す。ルーシーは聡明で武術や魔法の才能もあるから、苦手なものはないと思い込んでいたのだ。
「うん。むしろお姉ちゃんの方が知識あるよ。自覚ないかもしれないけど、座学は私より成績良いし、家事も私より上手だよ」
「え、嘘。わたしいつもサボってるのに」
「
「え?」
何故だろう、ダメ出しされたはずなのにまったく違う含みがあったような気がする。聞き返そうとするも、どことなく恐怖を感じてしまったので飲み込むことにした。
ともあれ、重要なのは襲い来る死の未来を回避し、中央国に辿り着くことだ。有り体に言ってしまえば、一旦村に帰り日を改めて再出発するのが一番安全なのだが、時間がない。まったく、突発的に勇者に選ばれたというのに何故王様がわざわざ日程を指定してくるのか。
「着いたら絶対に文句を言ってやる……」
「え、王様に?」
「王様と神様両方」
勝手に時間指定してきた王と騙すような『祝福』を施してきた神双方は一度叱られるべきだ。そうソフィーは一人憤慨する。
ともかく歩みを止めるわけにはいかない。が、このまま進み続けても『
だが、これは『ソフィーたち』だけで進み続けた場合の話だ。ルーシーでは力不足、ソフィーは言わずもがな役立たずだ。魔物退治すら出来ない勇者など前代未聞にもほどがある。
「……自分で考えてすごく悲しくなってきた。うう、修行サボらなければ良かった」
とにかく、二人では限度がある。助っ人が必要になってくるだろう。その当てに関しては既に浮かんでいる。
「そうと決まれば善は急げなのだよルーシー」
「いきなりどうしたのお姉ちゃん」
「実を言うとこの先に川があるんだよね。そこで美味しい魚が釣れるから今日の晩御飯にするよ!」
「え、歩けるところまで歩くんじゃないの?」
「ひとまず行くよルーシー!」
「きゃっ!?」
ルーシーの手を引いてソフィーは駆け出す。
いずれにせよ夜襲は今日中に必ず来る。ならば協力の交渉はなるべく早く済ませた方がいい。
一刻も早く、逸る気持ちを抑えぬままソフィーとルーシーは走り続けた。
※※※※
「ぜぇ……はぁ……」
「ふぅ……ふーっ……」
結局、ものの数十分で歩くことになった。ルーシーも息が上がっている辺り、戦闘とただ走るだけでは体力の使い方が全然違うのかもしれない。息苦しくさせて申し訳ないとルーシーに謝る。
だがここまで走れば充分だろう。日はまだ沈んでいない。前回よりも早く野営場所に辿り着くことができた。
「そういう訳でここを野営場所にするのです!」
「ええっ、早くない!?」
確かに日が沈んでいないのにも関わらず休憩するのは早いだろう。しかし夜通しまで歩いた所で襲撃を避けるのは不可能だ。ならば今のうちに助っ人を用意し、ついでに美味しい食材を調達する方が良いだろう。
「さっきも言った通り、この近くに川があるの。だから釣りをして晩御飯の用意をするよ」
「な、なるほど……? でも中央国には間に合うの?」
「うん、距離的には問題ないから! それにルーシーも疲れたでしょ?」
「うーん……でももう少し進んだ方が良いと思うけど……。余裕を持って中央国に辿り着きたいし……」
ここにきてルーシーの真面目さが発揮されてきている。彼女の言動には説得力があり、ソフィーも頷かざるを得なくなりつつあった。このままでは押されてしまうのでソフィーは切り札を開放した。
────ソフィー・アルバート秘技、『駄々をこねる』!
「でも元々二日掛けて中央国に行く予定だったでしょ? わたしもう疲れちゃったなぁ……」
「で、でもお姉ちゃん。それだと体力つかないよ」
────急に厳しいこと言ってきた!? 今まで修行をサボっても見逃してくれたのに!?
「今日魚釣れたらわたしが料理するんだけどなぁ……」
「えっ、お姉ちゃんの料理……」
────あっ、引っ掛かったな。
よほどソフィーの手料理を食べたかったのだろうか。眉をしかめるもその瞳は爛々と輝き、口元は緩んでいた。
渋々と言った表情をしつつも顔を赤らめたルーシーが口を開く。
「……分かりました。早速準備しようお姉ちゃん」
「うんっ!」
天使のような笑みを浮かべてルーシーは折れたのであった。
※※※※
茂みを掻き分け、近くにある川へ向かう。
ただし、今回は一人ではない。ルーシーも一緒だ。前回の霧を経験してからルーシーと離れるのが怖くなってしまったからだ。しっかりと離さないように手を握りしめて、その温もりを感じる。
「それでね、ルーシー。ここの川、『シャーモン』っていう魚が釣れるの」
「ぷふっ。何その名前」
気の抜けるような名前の魚にルーシーが吹き出す。
やはりクラリスの手記に例の魚は記述されていた。一回目の死の記憶は夢ではなく、現実だったことの証明だ。つまり、このまま進んでいけば一回目の時に出会った旅人に会える。
ソフィーが目星をつけた助っ人とは旅人のことだ。彼女は護衛役になると言っていた。そう言うには自らの腕には自信があるのだろう。あの時拒否していなければ死ぬ未来をなくせたかもしれない。だが過ぎたことを後悔しても仕方がない。
こうして戻ってきたのだ。今度こそ、彼女の力を借りて運命を突破する。そう決意を固めていたときだった。
「ッ!?」
「んっ!?」
突如ルーシーがソフィーの口を押さえ地面に倒される。素早い割に丁寧に倒してくれたおかげで怪我はないが、妹のとった行動にソフィーは訳も分からず瞬きをしていた。
覆いかぶさるようにルーシーも寝そべり、耳元で囁く。
「……誰かいる」
「……あー」
警戒している声。その視線の先に立つ人影を見て思わずソフィーは天を仰ぎそうになった。
茂みの向こうに立っているのは紛れもなく旅人だった。だが彼女は黒いフードに身を包み正体を隠している。どう見ても怪しい姿だった。ルーシーが警戒するのも無理はないだろう。
……これは困ったことになってしまった。『死に戻り』は口に出せないし、詳細を省いてもルーシーは信じてくれないだろう。おまけに旅人にとってもソフィーたちとは初対面である。想像しているよりも説得が厳しい。
極めつけは周囲の空気……とてつもない緊張感が走っている。肌に突き刺さるような、張り詰めていくような感覚。
「……ッ」
この感覚をソフィーは知っていた。脳裏に刻まれた恐怖が思い起こす。本能が警鐘を鳴らす。
これは、殺気だ。
明確に敵対し、殺そうとする意思。二度も向けられたその感覚を、身を持って知っている。
出処はどこから? 答えは簡単。すぐ近く。
ルーシーからだ。
「……ルーシー」
「お姉ちゃん、静かに」
ゾッとするほど冷たい声。思わず身震いし、冷や汗が額から流れ落ちる。
────わたしの知る妹は、こんな声を出していただろうか。
────わたしの知る妹は、こんな目つきをしていただろうか。
────わたしの知る妹は、こんな殺気を発していただろうか。
ルーシーが、怖い。
ソフィーの知らない妹の姿に恐怖する。
「ルーシー」
「危ないから、そっとしてて」
「ルーシー!」
語気を強くしてようやくルーシーがこちらに視線を向ける。その瞳の中に輝く危うい光を見て、ソフィーは一瞬息を詰まらせた。
「……っ。落ち着いて、あの人は悪い人じゃない」
「何を、言って」
「お願い。わたしを信じて」
「――――」
ソフィーの懇願にルーシーはしばし目を泳がせる。いきなり根拠もないまま信じろと言われても受け入れがたいだろう。
だが、このまま一触即発しては全てがおじゃんだ。ルーシーには申し訳なく思いつつも、彼女が逡巡している間にソフィーは事を起こす。
「おーーーーーーーーい!!!!」
「お姉ちゃんっ!?」
「誰だ!?」
ルーシーを振り払い、立ち上がるなり大声で旅人を呼んだ。いきなりの奇行にルーシーが困惑した声で呼び、旅人も何事かと振り返る。
そしてルーシーたちが事を起こすよりも早く、勢いのままにソフィーは口を開いた。
「あのっ、わたしソフィー! こっちが妹のルーシーって言います! しがない勇者をやってます! 是非ともわたしの旅に協力してください!!」
「お姉ちゃん!?!?」
捲し立てるだけ立てて頭を下げる。いきなり身分を明かされたルーシーから糾弾されるような声が上がってきたが、そっちには視線を向けないことにした。事情を説明したら全身全霊で謝辞すると心に誓う。
それから、しばしの沈黙が流れた。その気まずい空気に耐えきれずソフィーは頭を上げる。旅人はフードを被ったままじっとこちらを見て固まっていた。そのまましばらく十秒ほど見つめ合って。
「お、おう」
と、ようやく旅人はかなり困惑した声音で返事を返したのであった。
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