綺麗すぎる男の娘と女子の呪い

@tama2022

第1話

合コンを制圧するとはこういうことかと思った。

男性側に、ものすごく綺麗な男の娘が来たのだ。漆黒の切長の目に、小さくぽってりとした唇、肩までの髪は地毛なのだろう。化粧も完璧で、清楚な水色のワンピースがよく似合った。圧倒的に綺麗だった。

その場の全員が場違いだと思っていた。女性側は、彼が綺麗すぎて完全に負けだった。

「僕は、女装をしてるだけで、普通の男性です」

名前をひとみくんと言った。くん、と呼んでいいらしい。

悪趣味な幹事だな、と思っていると、幹事の男性も見惚れているようだった。

「俺等も初めて女装姿を見たんだ」

「どうしてまた今日は女装なんですか?」

私が聞くと、

ひとみくんは「ちょっと気分」と言ってふふふ、と笑った。

意地悪だったのは、どうやら彼ひとりらしかった。

一次会は、彼の一人舞台だった。女性側は完全に白けムードだったし、男性側もどうしていいのかわからないようだった。

彼のラインを聞いたのは、私だけだったが、それも何だか「下々のものに与えてやるわ。おほほ」みたいな雰囲気で命令を下されたみたいだった。


私がひとみくんの連絡先を欲しがったのは、単にすごく綺麗だったからだ。

後日、ひとみくんに連絡をして、たわいのない話をしているとペットの話になった。

「アリを飼ってるんです」

「ただの黒いアリですか?」

「そう。女王アリと働きアリ」

「それは人間界の構図的な意味でですか」

「違いますよ」

深読みするなあ、とひとみくんは疲れたうさぎスタンプを押してきた。

私は、もう一度ひとみくんに会いたかった。美しいひとというのは、あんなにも場を圧倒できるのだなと思うと羨ましかった。

「整形じゃないんですか」

私は単刀直入に聞いた。なんなら自分もしたいと思っていた。

「整形じゃないです。自然物です」

「自然物でそんなに綺麗なんですね」

「でも、脱毛はしてます。要らないと思って」

なるほど、脱毛には力を入れていいのだな、と思っていると、ラインはスタンプで打ち切られた。


いろいろ探りを入れてみると、ひとみくんは、オカマバーでバイトしているようだった。

「性転換したいんですか」とラインで聞くと

「体をいじるつもりはないよ、今のところ」

「男性と女性とどっちが性的対象なんですか?」と聞くと

「どっちも」と言って、ふふふと笑う。

こう笑われると、どうも女王様の手の内で転がされてる気分になる。

私は、ひとみくんの通う大学の門まできて、待つようになってしまっていた。


「ひとみくんの下僕じゃん」

あの時、一緒に合コンに行っていた若葉が私に侮蔑を込めていった。

若葉はよほど腹が立ったらしく、ひとみくんを呼んだ幹事の男性に、今も愚痴をぶちまけていた。

今日は、また別の集まりというか、ひとみくんでメチャクチャになった合コンの代わりだった。

「なんでそんなにひとみくんに関わるの?」

「オーラが違う気がするんだよね。カリスマ性っていう感じ」

私は本音で答えた。

「そんなのある?ただ綺麗なだけじゃない?」

「オーラあるよ。その場を制圧したって感じだったもん」

私は彼を見た時のことを忘れられなかった。彼だけが輝いてみえたのだった。


ある日のこと。

ひとみくんはオカマバーでいつものように接客していた。

私も少ないバイト代をやりくりして、お客として遊びに行っていた。つまり少々飲みすぎていた。

「ひとみくんは、どうしてそんなに綺麗なんですかっ!私なんて全然綺麗じゃないっ」

「いいじゃない綺麗じゃなくても生きていけるわよ」

バーのママは、濃い化粧をして、いかにもママという感じの出立ちだ。

「綺麗じゃないと、損なんですよ。女の子は」

「ひとみは男の娘でしょ」

「だからずるいって言ってるんですよ。女の子が綺麗じゃなきゃいけないってもう呪いなのに。そんな呪いを男の娘に吹き飛ばされて、私たちはどうしたらいいんですかっ」

私はヘベレケになっていた。

そして、トイレで吐いてしまった。

ひとみくんは、そんな私の背中を優しくさすってくれていた。

「強いからって飲み過ぎだよ」と言いながら。


ひとみくんに醜態を見せてから(それでも優しく接してくれたので)私はひとみくんにさらにまとわりつくようになった。

時々疎んじられながらも、私はひとみくんから離れられなかった。彼の魅力の虜であり、もう執念と言ってもよかった。


私は、はっきりいえばブスの類だった。

合コンでは引き立て役だし、それを甘んじて受け入れてもいた。大学でも、社会でも、小さい頃から、美人が得なのもわかっていた。でも、自分はそうじゃないから、損するのも仕方ない。おこぼれに預かれればいい、そんな感じだった。

そんな中、ひとみくんが現れた。

若葉なんて目じゃないくらい綺麗だった。男性なのに、美しい。

そして男女両方が好きだと言って憚らない。

私にとって、ひとみくんは、男女を超越した存在だった。


「ひとみくん。お願いがあります」

「なんですか改まって」

「一度でいいから、裸を見せてくれますか?一糸まとわぬ姿を見たいです」

「何頼んでるかわかってないでしょ。痴女か」

「もう痴女です。痴女に成り果てました」

「いやです」

「やっぱり」

私はかっくり肩を落とした。残念すぎる。

こんなやりとりを、オカマバーに行くたびやっていたら、ママに怒られた。

「ひとみの気持ちを尊重してあげなさいよ」

「ひとみくんの気持ちですか。ひとみくん、私が整形して綺麗になったら相手してくれますか?それか大金持ち」

「ま、そのどっちかしかないわよね。どっちかというと大金持ちに靡くんじゃないかしら」

ママは遠慮しない。

ひとみくんは、ふふふと笑うだけだ。

「私は大金持ちを目指すことにする!整形するにもお金が要るし!」

ブスはブスなりに生きていく術がある。

「大金持ちになんなさいっ」ママは私の背をパンと叩いた。


大金持ちになりなさい、ってなれるほど世間は甘くない。お酒の勢いとはいえ大言壮語を吐いてしまった。私は、そういう才覚はまるで持ち合わせてないのだ。

カフェで、どうするかなあ、とコーヒーを啜っていたら、

たまたま、ひとみくんがやってきた。というより、私がひとみくんの大学の近くをうろちょろしているだけなのだが。

今日は華奢な男性モードである。それでも、顔立ちが整っているので美しい。

私がポウっとしていると、ひとみくんは隣に座って話しかけてきた。

「大金持ちになる算段はついた?」

「そんなのつくわけないですよ」

「顔が綺麗か、大金持ちか、じゃないと裸は見れないと思う?」

「ママもそう言ってましたよ」

「僕が、あんたを好きだったらいいんじゃないの」

「そりゃそうですけど!断られたじゃないですか!」

「あんたねー、裸みたいって言っただけでしょ。好きも嫌いも言ってないじゃない」

「えっ」

「じゃあね。コーヒーでもゆっくり飲んで考えて」

えっ。どういうことですか?と問いかける間もなく、ひとみくんは大学の方へスタスタと歩いていってしまった。

私は、カバンを掴むと、ダッシュでひとみくんを追いかけた。

「ひとみくん!」

「そんなに大声ださなくても聞こえます」

「私、ひとみくんが好きです。女神様だと思ってます」

「だから?」ひとみくんはこれだけではダメらしい。

「だから・・・?付き合ってください!」思わずノリで言ってしまった。

「まあ、いいよ」

「いいんですか!!!!!!!!」あまりにも驚いたために、ものすごい大声になった。

「もちろん。僕、最初から決めてたんだよ。それが何?下僕みたいになっちゃって。僕を何様にさせるつもりよ」

「ライン聞いた時、そんな雰囲気全然なかった。女王様みたいだった」

「だからって、その気のない人にライン教えるわけないでしょ」

「でも」まだ信じられないでいた。

「でも、何?好きなんでしょう?」

「それはそうですが・・・本当に」

いいんですか、と言ったと同時に涙が溢れた。感情が昂ってうまく喋れない。

「やめてよ。僕が泣かせてるみたいでしょ」

ひとみくんは、私を優しく抱き寄せた。

「あんな視線を向けられたら、こっちが困るでしょ。あんなに素直に『綺麗だ綺麗だ』って子供みたいに。目をキラキラさせて」ふふふとひとみくんは笑った。

「付き合うなんて恐れ多い」私は涙でぐちゃぐちゃの顔を上げた。

「あのね」ひとみくんは、ため息をついた。

「そうじゃないんですよね、ここは素直にありがとうございますですよね」

「そうしてくれる?」

ひとみくんは、いい加減にしてくれよ、と言わんばかりに肩をすくめた。



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