第6話「俺はまたやっちゃいました派だ」
「さぁて、ほんならウチ特製の『お好み焼き』を作ってくけぇね」
鬼子さんは意気揚々と法被のような上着を脱ぎ、黒色ノースリーブ姿となった。ぴっちりとしたスパッツ材質の上衣は、彼女の豊満な胸をこれでもかと強調してくる。くぅ、綺麗だ、身体の線がくっきりと現れて妖艶で美しい……。
「まずはフライパンに油を引いて、小麦粉もしくは薄力粉を水で混ぜた『生地』を載せていくで。生地の作り方は別に決まってないけん、好みや隠し味で
腰にぶら下げたひょうたん様のものから、白い液体の生地がフライパンの中央に落とされる。恐らく俺が湖に行ってる間に作っていたものだろう。
「生地は火が通りやすいけぇね、おたまを使って中心から外側に向けて、手早く回しながら約20センチくらいの平べったい大きさに広げるんじゃ」
中央にボトリと落ちていた乳白色の固形状の生地が、段々と薄い煎餅のように円状の形を作っていく。この何とも言えない粉モノの香りが懐かしい。
「次に、
この世界カツオもいるんかい。……いや、既に小麦粉や薄力粉がある時点でツッコミは無粋か。しかし鬼子さん、説明しながらの料理なのに手際が良い。
「こっからは好きな野菜や肉、天かすなんかを好みで生地の上に載せていくんじゃ。これが『シマヒロ風お好み焼き』の醍醐味でもあるけぇね。どの具材が必ずしも正しいっちゅー訳でもないし、各家庭によって自由に色んな具材を載せてアレンジすりゃええけぇ、多種多様のオリジナルお好み焼きに仕上げることができるんよ」
流石だ鬼子さん、どんなお好み焼きも否定しないそのスタイル、俺は好きだぜ。元いた世界の日本では『関西風お好み焼き』や『広島風お好み焼き』で大分類区別されていたりして、抗争に発展することさえもあったらしいけども、どっちの料理だって美味しいし、決して争う必要なんてないんだ。
「ただウチはのぅ……西地方で名産と謳われとる『サンカイ風お好み焼き』だけは、絶対認めんとぉないんじゃ!」
あ、ダメだこれ。すげー争う気マンマンだった。このシマヒロ地区ってまさに広島っぽい感じするけど、西のサンカイってのも関西のモジリなのかな。牡蠣ちゃんもウンウンウンと強く頷いていることから、コイツも関西風を認めねえ派か。もっとさぁ、平和的に行こうよぉ。
「ほじゃ早速、生地に具材を載せてくで。まずは大盛りのキャベツ! そしてさっき仕留めたイノシシ肉! 以上じゃ!」
ふんわりとしてきた白色生地の上に千切りされたキャベツが置かれ、更にその上に薄切りされたバラ肉が置かれていく。ふむ、まぁ具材が少ないのは現地調達だから仕方ないとして、マジで広島風お好み焼きの作り方と遜色ない感じだ。
「ほんまは、焼きそば用の麺があったら良かったんじゃがのぅ。あとは野菜で言やぁモヤシやネギ、食感と味の深みを出すなら蒲鉾なんかを入れてもええし、とろろ昆布やイカ天も合うで。肉じゃのうても、エビやタコなんかの魚介類でも相性ぴったりなんじゃ!」
そう言いつつ、鬼子さんはひょうたんからお好み焼きに追い生地をかける。キャベツと肉が白濁に染まり、ひっくり返した後の裏生地役を務めてくれるという訳だ。
「ほいっとな」
手慣れているのか、鬼子さんは大き目のヘラを二本具現化し、それをお好み焼きの下生地に入れて丁寧にひっくり返した。表面生地はちょうど良さそうな茶色の焦げ目がついており、ジュウという焼音と魚粉の良い香りが俺のお腹と背中を引っ付けてくる。
「わぁ~! 良い匂いがしてきたのん!」
「鬼子姉サン、万歳! シマヒロ焼キ、万歳!」
牡蠣ちゃんとポチも嬉しそうだ。ただシマヒロ焼きって呼称すんのは今の内からやめとけ。異世界でも仁義なき
「ひっくり返した後、野菜やら肉が生地の外に溢れ出ても慌てんでええ。ヘラで中央にしっかり寄せて、お好み焼きん中にしっかり包んでいくんじゃ。ほいで上生地をヘラでぎゅうと押したら、野菜の水分や肉汁も混ざって裏生地にも火が通っていく。……ほいで、極めつけにこれじゃ」
鬼子さんは五本の指に二個の生卵を挟んでおり、手早く頭で卵を割って、お好み焼きとは別のフライパンにそれを垂らしていく。熱をもった鉄は透明な白身を瞬時にホワイトカラーへと染めていき、中央の黄身を素早くヘラで潰した後、白身と混合させたところで、別フライパンのお好み焼き(裏生地にも火が通ったくらいの状況)を卵の上に載せていった。
「……懐かしいな」
調理を眺めながら、俺は幼い頃の母の記憶を思い出していた。小学生時代は土曜日も午前中だけ学校があって、昼時に腹を空かせて帰路を走ると『オタフクソースを焼いた香り』が家の外にまで漏れていて興奮したものだ。
ただいま、と元気に戸を開くと、満面の笑みを浮かべた母ちゃんが「おかえり。お好み焼き、できとるよぉ」と出迎えてくれた。うちは片親で貧乏だったから、肉なんかも入ってなくて、なんならキャベツしか包まれていないお好み焼きだったけど、甘くて芳醇な風味が口の中に広がるソースのおかげか、無限にお好み焼きを食べられた。幼い頃は本気で、母ちゃんの作るお好み焼きが、世界で一番美味い食べ物だと思ってたんだ。
「さ、これで完成じゃあ!」
デデーン、という勢いある効果音が鳴り響くと共に、フライパンから皿に移されたお好み焼きが姿を現した。湯気が立ち込め、ちょうど良い塩梅の茶色生地の焦げ目が涎を誘い、中から多少ハミ出しているキャベツと肉にもしっかりと火が通っていることが窺える。
既に別の具現化魔法で顕現させていたのか、人数分の4枚の白い皿と箸までもが丁寧に切り株の上に準備されていて、鬼子さんはヘラで手早くお好み焼きを4人前に切り分けた。
「……美味そう、ですね」
森の新鮮な空気が更に食べ物を美味しくさせるマジックが働いたのか、既に俺の口の中は唾液でいっぱいになっていた。本当ならネギや紅ショウガ、青のりなんかを生地の表面に添えるのが定番だが、材料のない今となっては致し方ない。
――さぁて、じゃあここでようやく俺の出番って訳だ。なんといっても、無限にオタフクソースを召喚できるスキルを持ってるからな!
「ウォォォオ、モウ待テナーイ! イッタダッキマース!」
「あたいも我慢できないのん! いただきまーす!」
「えっ?」
ポチと牡蠣ちゃんが一斉にお好み焼きを口へと運ぶ。牡蠣ちゃんに至っては白く美しい身に大きな穴が開き、それが口の役割をしているようなのだが、いや待て、大事なのはそこじゃない、お前らソースかかってないだろそれ!
「美味しぃ~~♡」
「ウマァ……」
ツッコミも虚しく、二人は無味のお好み焼きに舌鼓を打っている。
え、嘘でしょ? そりゃ鰹とか塩コショウの味は多少するだろうけど、野菜と肉を味付けなしで食べてるようなモンよそれ?
「美味い言うてもらえてよかったわい。……あれ、ケイは食わんのか?」
「え? あ、ああ、いえ、その。い、いただきます」
せっかく鬼子さんが作ってくれたんだし、俺だけ食べない訳にはいかないよな。もしかすると生地に濃いめの味付けが施されているのかもしれないし、何より失礼だ。俺は箸で一口サイズの分量に分け、湯気の立つお好み焼きを口へと運んだ。
――美味しい――気はするが、はっきり言って味はない。
勿論ソースが無い分、素材の味が引き立っているのは分かる。小麦と鰹が若干香る生地に、キャベツのシャキシャキ感や野菜の風味と、獣臭さが残るが弾力のあるジューシーな肉が、ほんっと繊細だが薄味を醸し出している。だが『圧倒的に何かが足りない』気がする。
「……美味いか、ケイ?」
「ええ、まぁ。でも何かが少し足りないような気がします」
「何かが、足りんじゃと……?」
ほんの少し空気がピリついたが、食材や料理を美味しくするためならばと思い、俺は引かなかった。というより、鬼子さんならば説明したらちゃんと理解してくれると信じていたからだ。
「ええ。このお好み焼きに、俺のオススメの調味料をかけてみてもいいですかね?」
「ンジャ、ワレェ! 鬼子姉サンノ作ッタ料理ニ、文句アルッチューンカイ!?」
案の定ポチがいきり立ってきたが、鬼子さんはなだめる様に手を出す。
「ええんじゃポチ。ウチも料理は好きじゃが、そんな大層に上手っちゅー訳でもない。どっちかと言やぁ、もっと探求していきたいと思っとるし、ケイの素直な意見も聞きたいんじゃ。――それに『オススメの調味料』いうのにも興味があるんよ」
「シ、シカシデスネ!」
「おどれは、ウチの料理に対する侮辱じゃ思うて怒ってくれたんじゃろ。その点はありがとうのう。しかしケイは異世界から来た言うとったし、もしかしたらウチらよりも味覚が鋭い人種なんかもしれん。ここでウチが怒り狂うことはすぐできるが、それで人の意見を聞かん頑固者になったり、もっと料理が進化する可能性を無くすようなことになるのは絶対いけんのじゃ。……ほじゃけ、気ぃ静めての。まずは話聞いてみようや」
とは言いつつ、鬼子さんも少々不機嫌になっているようだ。そりゃそうだよな、例えば愛する奥さんが苦労して作った料理に「味変したい」って言ってるようなモンだし、傍から見れば調理への愚弄にもなりかねない。ただ……俺は愛する人に対して正直でいたいし、鬼子さんは絶対にソースの味を受け入れてくれて、更に料理の腕が上がることの確信があるッ! 器の大きい人とは、鬼子さんのように寛大であり、相手の意見も優しく聞くような人で、常に意識が上昇志向にあるからだ!(多分)
「――では、まずこれを見てください」
俺は右手上にオタフクソースを溜めた。円状のボールのような形で、液体がユラユラと波打っている。
「黒い……液体か、こりゃあ?」
「ええ、名称は『オタフクソース』と言います。俺の郷土にある会社で作られていて、様々な野菜や果実、糖類、醸造酢、昆布や椎茸の出汁、オイスターエキスや肉エキスなどの旨味成分が配合されていて、カラメル色素で色付けされた風味豊かな液状の調味料ですね」
「ほう~、凄いのぅ! ただの調味料に、そこまで色んなモンが入っとんか!」
鬼子さんは目をキラキラとさせて話を聞いてくれる。やはりだ、この人は口調は荒いけど、誰かを喜ばせる為に努力を惜しまない人なんだろう。
「アーーッ思イ出シタ! コレ、オマエガワシニ、食ワセタヤツカ!」
ポチの追撃も功を奏したのか、二人とも興味深々で聞き耳を立てている。
「そうだよポチ、君があの時飲みこんでいたソースだ。こっちの世界だとHP(ヒットポント)? っていう体力の回復にも繋がるようだし、是非ともこれでお好み焼きの味を更に際立たせたいと思ってね」
「ナルホドノウ。オマエ、ナカナカ、賢イジャン」
賢いと言われる程のことではないし、普通に考えて分かってくれ。はっ――まさかこれが俗に言う、主人公を持ち上げる為に他キャラが知能低くなってる現象!?
「シカシ、不純物デアル調味料ヲ施スノハ、逆ニ素材ノ味ヲ殺シテシマウ可能性モアリャセンカ?」
いや馬鹿なのか聡明なのかどっちなんだよ。キャラを統一しろ。
「安心してくれ。勿論素材の味を殺すつもりなんてない。逆に素材の味を更に高めている実証と実績もあって、俺のいた世界ではお好み焼きと言ったらソースであり、ほぼ誰もがこの味を好んで食べている統計も出てるんだ」
「ホウ! ナラ、単品デモ美味クテ、料理ニ混ゼルト更ニ美味イチュー証明モサレトルンカ! エエノウエエノウ、ジャアマズ儂ニ馳走シテクレ!」
オッケー、と返事した後、俺の少量のお好み焼きにオタフクソースを丁寧に塗って差し出した。巨体のポチにとってはとてつもなく小さな料理かもしれないが、味は保証できる。さぁてどうなるか。
「イッタダッキマース! ア待テ、ワシニモ食ワセ! ワシモジャア!」
3つの顔がお好み焼きを争奪して争っていたが、ちょうど空中で人間の一口サイズくらいに割れて、各顔がモゴモゴと味を確かめている。……ていうか三つとも自我があったのね。
「フグゥ!?」
突如、同時にポチの顔がくしゃりとなって衝撃を受け、ズドンと倒れた。
「ポチちゃんが倒れたぁああ!? ままま、まさか中田さん、お好み焼きに毒でも盛ったのん!?」
「ま、まさかだろ! おい大丈夫かポチ、俺は毒なんか入れてないぞ!?」
駆け寄ると、ポチは天へと昇るような顔でほっこりしている。まるで人生で一番美味い食べ物を口にしたような、我が生涯に一片の悔いなし的な感じで。
「ウマ……スギテ……ウマニ……ナッタンジャ……」
最後はぐふっ、という捨て台詞と共に気を失った。いやお前犬だろ。
「美味すぎ!? 美味すぎって言ったのん!? ポチちゃん、ポチちゃーん!」
「どうなっちょんじゃこりゃあ……あの味に厳しいポチが、完全に昇天しとるじゃん……! おいケイ、うちにもその、オタフクソースとやらをかけたお好み焼きを食わせてみんかい!」
「りょ、了解です!」
鬼子さんが焼いていた二枚目のお好み焼きにも丁寧にソースを塗る。俺は昔、母が作ってくれたお好み焼きにもソースをかける担当でもあったことから、そんじょそこらの奴らよりソース分量の調整が上手いはずだ。
「はむっ。……な、なにぃぃいい!? はぐぐぐ、がぁああああ! なん、なんじゃこりゃぁあああああ!!」
「ぼぇえええ、ぼぇええええええええええん!!」
鬼子さんと牡蠣ちゃんは同時にお好み焼きを食し、同時に叫びだした。牡蠣ちゃんに至っては大泣きしてるのか、殻の淵から大量の海水を噴出している。いやさっき湖にいたから真水なのか? と思ってる内に、二人はポチ同様その場に倒れこんだ。
「ちょ、ちょっと二人とも!? どうなんですかその反応は!? 苦しいのか、味が悪かったのか、そこらへんも分かりませんって!」
「……ケイ……」
「なんでしょう、鬼子さん!」
「こりゃ……おまえ……天下獲れるで……」
「反則なのん……」
鬼子さんと牡蠣ちゃんもガクリと撃沈した。なんだこれ。
3人ともオタフクソースの味に感動して失神したってこと……なのかな。いやでも流石に失神ってやりすぎじゃない? どんだけ今まで美味いモノ食べてこなかったんですか、フィクションでもなかなか見ない光景ですよこれ。
はっ――そうだ、そういえば、こんなときにオチで使われるセリフをネットで見たことがある。ええと確か、なんだったっけ。あーそうだ、こんな決めセリフだ。
「もしかして俺、やっちゃいました?」
冷たい風がぴゅーと駆け抜ける音だけが、静かに森に鳴り響いていた。
広島県人が異世界に転移しました ~無限オタフクソース召喚スキルで相棒の牡蠣と異世界無双じゃけえ!~ 新田祐助 @singekijyosei
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