第5話「俺は広島焼きかお好み焼きかは別にどうでもいい派だ」

 森の中は至って静かだった。

 鬼子さんからこの世界は『モンスターや魔族がいる』と聞いていたし、実際俺もケルベロスに遭遇したこともあって警戒していたのだが、湖に至るまで化け物の類には出会っていない。というか多分、鬼子さんは俺が襲われる可能性が万に一つでもあるなら一緒についてきてくれただろうし、恐らくこの森は安全地帯なのだろう。


 しかし、モンスターと魔族って何か違うんだろうか。俺自身あまりゲームとか詳しくない方だけど、RPGの世界だとそういうの常識なのかな。


「ふんふ、ふん、ふ~ん♪」


 湖に近づくにつれて、何やら聞き覚えある声色の鼻歌が聞こえた。きっと牡蠣ちゃんだろう。干乾びる危険性があるとはいえ、果たして真水が牡蠣の潤いを満たすのか心配でもあるし、俺は急ぎ足で草木をかき分けて湖畔へと出た。


「おーい、牡蠣ちゃん。身体は大丈――」


 瞬間、自分の目を疑うことになる。


「ふぇっ!?」


 なんとそこに牡蠣ちゃんはおらず、代わりに綺麗な長い髪を結んだ紫色ツインテールの若いお嬢さんが、裸体で水浴びをしていたのだった。

 月明かりに照らされたおかげか、抜群のスタイルがくっきりと見える。身長は150センチ程度、後ろ姿でも分かる見事に引き締まった腹筋のくびれと白い肌、モデル並みのスラリとした足――そして、ああ、くそっ、前を向いてくれないと胸の解説ができないが、恐らくはBカップ程度の慎まやかで綺麗なバストを彷彿とさせる。俺の心の声はゆっくりとその姿を描写しているが、この間約0.5秒である。


「のの、覗き――」


「わぁああああー! す、すみません、すみませんっ!」


 説明しよう!

 偶然的な事故にしても、女性の着替えやお風呂シーンを目撃してしまった場合、相手から「覗き」と発言される前に、それを上乗せさせてまず懸命に謝罪することが重要なのであるッ! 漫画やアニメなどでよくある『男性が女性のお風呂を覗き見る展開』なんてのは普通に考えて犯罪だし『たまたま男女の交代時間に男性陣が女湯に閉じ込められる展開』なんてのも主人公がとんでもなく抜けてない限り、そんなラッキースケベが発生する訳がないのだが、突発的に平謝りすることで最低限の俺ヘイトは回避することができるのだ!


「あのあのあの、その、俺の仲間が、こ、この湖で水分補給をしてると聞いて、ま、まさか貴方のような美しい女性が、水浴びしてるなんて思わなくて、あの」


 続けてこのパーフェクトゥな言い訳。あくまで意図的ではなく偶発的に起きたことを担保しつつ、仲間を心配するという善行を装い、目を両手で隠したフリをして指の隙間からきっちりと彼女の裸体を確認する。――まさに計画通り。


「とか言いつつ、しっかり見てるじゃないのん、バカーーーッ!」


「ふごっ!」

 

 因果応報。突如上空から飛んできた殻?のような硬い物質に頭を打たれ、俺はその場に倒れこんでしまい、またしても5分ほど気を失ってしまったのだった。



「……ほんで、まーたワレは気ぃ失ったっちゅー訳か」


 焚火に呆れ顔を照らされつつ、鬼子さんは言った。


「面目ない……。その女性もいつの間にかいなくなっていたみたいで、牡蠣ちゃんが俺をここまで運んでくれたみたいです」


「中田さん、弱すぎ。しかも覗き見なんて最っ低! しっかりしてほしいのん!」


 俺の隣に座る牡蠣ちゃんも(何故かいつもより)怒っている。干乾びていた身体も元に戻ったのか、白い身はキラキラと輝いていた。しかしあの美しい女性は一体誰だったんだろうか、うーむ分からん。


「まぁ病み上がりじゃったし、しょうがないわいね。ちょうど今から料理するけん、まずはご飯食べて栄養つけんさい」


「ありがとうございます、何から何まですみません……」


「ヤッタァアアアア、鬼子姉サンノ、激ウマ料理ジャアァアア!」


 なんか後ろから変な声が聞こえた。振り向くと、鬼子さんにぶっ飛ばされた例のケルベロスが行儀良さそうに座っている。なんでお前いんの?


「あの、鬼子さん、さっきのケルベロスが普通にいるんですけど……」


「あぁこいつねぇ、うちが昔シマヒロ住んじょる時に仲良うなったペットでのう。久しぶりに会うたけぇ、飯でもどうかて誘ったんよ。あんたを助ける為とはいえ、ウチが棍棒でぶっ飛ばしてしもうたしね」


 いやペットて。頭が三つあって人を襲う凶暴な犬をペットとして選ぶかな普通。あ別に、鬼子さんの趣味や嗜好を否定する訳じゃないけども。


「名前はポチじゃ。よろしくの」


 またそんな安直な。


「グフフ、グフフ、オイ小僧、鬼子姉サンノ料理食ウテ、旨スギテ腰抜カスナヨ」


 なんか俺のこと小僧にランクダウンになってるし。さっき兄さんって呼んでたろポチてめえ。というか絶対後でこいつ「黙れ小僧」って叫びそう。


「そういやぁ、兄ちゃんは名前なんて言うん?」


「あ……そうでした、自己紹介もできてませんでしたね。俺は中田圭なかたけいって言います。日本って国の出身で、この世界に迷い込んだみたいで」


「ケイ、か。ええ名前じゃね」


 鬼子さんは微笑みつつ靨を作る。人生で初めて、親が自分の名前をつけてくれたことに感謝した。


「しかし、流石に今まで『この世界に迷い込んだ』ちゅう境遇のヤツとは、ウチも出会ったことないのう。――まぁたちまち安心しんさい、ウチもシマヒロに用があって帰ってきたけど急ぎの要件でもなぁし、少しの間はケイらに付きおうちゃるよ。この辺りのモンスターは"魔王軍"の配下じゃないけんね、無法地帯で危ないんじゃ」


「ま、魔王軍、ですか?」


「おう。あーそうか、分かりやすく言わな伝わらんわねぇ。この世界の人種は大きく分けて『人間族』『モンスター』『魔族』っちゅー3種に分類されとっての。人間族はまんまケイみたいな奴で、モンスターは知能のない動物姿をした凶暴な連中、魔族は人間のような姿をしとるが"魔王軍"に属すモンのことを指すんよ」


「……ということは、ポチはモンスターになるんですかね。鬼子さんは?」


「うちは魔族じゃ。一応、魔王軍の『四天王』をやらせてもろうとる」


 ししししし、四天王!?


「魔族の代表は言わずもがな『魔王様』じゃの。本来ウチは魔王様のお傍に仕える身じゃったが、地元であるこのシマヒロ地区で妙なことが起こっとるらしゅうてな。魔王城からここまで様子を見にやってきた、っちゅー訳じゃ」


 待て待て待て、なんか色々、色々一気に説明されたからついて行けない。

 え、魔王軍ってことは、悪役……なんだよな? ゲームとかの展開だとよくあるけど、勇者に倒される闇の存在というか。魔族は人間を無慈悲に殺して、私利私欲のために世界征服を目的とする存在が定番だし、つまり鬼子さんはその魔王に仕える四天王で――っていやいやいや、でもこの人全然悪そうな人じゃないし、偏見は良くないだろう中田!


「ど、どうして魔族の方が、人間族である俺を助けてくれたんですか……?」


 考えがまとまり切る前に、率直に聞いてみることにした。若干ではあるが手が震えている。もしかして晩飯と言うのは、俺をオカズにするとか――ないよね?


「へ?」


 俺の心配をよそに、鬼子さんはきょとんとした後にアハハと笑った。


「どうして言うて、そりゃ人間族と魔族には講和条約が締結されとるけえよ。けどまぁ確かに昔はの、人間族と魔族もずっと戦争しちょったけど」


「……講和条約、ですか。人間と魔族が」


「うちの魔王様は世界一心が優しくて、同時に世界最強の魔力を持つ御方じゃけの。ある日魔王様は、人間族を傷つけるのは絶対に許さん言うて、好戦的じゃった魔族を引き留めて講和条約を結んだんよ。ほじゃけ以降は、人間族や魔族で争うことは禁じられとる。……あーけど、そこからは色々あって魔王様も魔力無くなってしもうたから、今は普通の女の子しちょるけど」


「お、女の子!? 魔王って女の子なんです!?」


「……なんじゃ、うっさいのぉ。魔王様が女じゃとなんか悪いんかい」


 ギッと睨まれてしまった。いえいえ、そんなことは勿論ないんですけど、魔王っていう定番がやっぱり、怖くて悍ましい男寄りな化け物イメージがあったんで……。そりゃ鬼子さんが怒るのも当然だよな、魔王は彼女の上司に当たるんだし。


「す、すみません、悪い事なんて全くないです! 色々と、俺が知るような魔王という存在とは違っていたので、びっくりして……」


「……あぁいや、うちも睨み利かして悪かった。ケイは他の異世界? から来たんじゃし、そう思うのも無理はないわのぉ」


 鬼子さんはそう言って、目の前の焚火に右手を差し出す。何をするのかと注視していたところ、ごにょごにょと喋った後、突然火の上に鉄製のフライパンが出現したのだった。


「ふぁっ!? な、なんですそれ、なにしたんです!?」


「何って、具現化魔法じゃわいね。料理する言うたじゃろ? 今日は焼き物作るけぇフライパンが欲しかったんよ」


 具現化魔法すげえ。あと普通にフライパンって単語使われてるし。もうツッコミは追いつきそうにないから諦めるしかなさそうだ。つーか本当なんなのこの世界、異世界らしさがあるようで全くない。


「鬼子さん! 焼き物って、なに作るのん!?」


「おう、牡蠣ちゃんも腹ぁ減ったか。今日はうち特製の『お好み焼き』を作っちゃるけぇね。野菜たっぷりで栄養も満点じゃけえ、たんと味わって食いんさい」


「わぁ~! あたい、お好み焼き大好物なのん、楽しみ!」


 お好み焼きもあるんだ普通に……。あと牡蠣ちゃん、君がお好み焼き大好物ってのもおかしいだろ。プランクトンに統一しなさいよ。


「鬼子姉サン……! オクレ、鬼子姉サン!!」


 黙れポチ小僧。つかおまえ、食べ物くれる人なら誰にでも媚び売るのやめろ。いくら鬼子さんが作ってくれるからといって、デレデレするんじゃないよ全く情けない。


「あ、しもうた。ケイは好き嫌いとかあるか? お好み焼き、大丈夫だったかのう?」


 刹那、俺は勇ましく立ち上がって叫ぶ。


「お好み焼きガ、好きデス。……お好み焼きガァ、大好きデス! いつまでもォ! 変わらないデ! 死ぬほど! 好きだからァ!」


「……なんでカタコトなんじゃお前」


 無事にチャン・ドンゴンネタ(古)を鬼子さんにツッコまれたところで、俺の腹がグゥと鳴った。

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