第519話 再戦? いえ、一旦逃げます
「これはこれは。もしや君が我が王国の姫殿下を救った英雄様かな?」
「......。」
アギレスの横に、新たに別の男が現れた。
現在、僕らは城壁付近で百を超える数の白銀の騎士に囲まれていた。
白銀の騎士はおそらく姿を現したアギレスが操っているのだろう。こうして再び相対してみれば、それらの鎧の塊から生気をまるで感じないのがよくわかる。
僕は視線を動かさず、【固有錬成:水面隠蔽】で身を隠している<5th>に問う。
「誰、あれ」
「アギレスの隣に居る奴かな? ハミーゲ卿だよ」
『な?! あいつが?!』
『ほう、遂に黒幕のお出ましですか』
ハミーゲと呼ばれる男は貴族服に身を包んだ如何にもな男だ。その痩身さは地下牢に閉じ込められていた<5th>とそう変わらない。
そうか。こいつがハミーゲか......。
僕の中でどろどろした不快な感情が湧いてきた。そんな僕に対し、妹者さんが低い声音で言う。
『鈴木、抑えろ』
「......わかってる」
僕はハミーゲに向けて言った。
「これは......あんたの仕業か?」
「ああ、流石に王都全域とは言えませんが......城内に居る者のほとんどは私の操り人形です。もちろん、このアギレスも、ね」
そう言って、ハミーゲは隣に居るアギレスの頭を撫でた。
城内のほとんど......アウロさんやアテラさんは? 国王さんもか? そんな僕の疑問を察してか、ハミーゲがニタニタと下種な笑みを浮かべながら言った。
「もしかして偽のアウロディーテ姫殿下を心配しているのですか?」
「......偽の?」
「ああ、もう隠さなくていいですよ。自室に閉じこもっているアウロディーテ姫殿下のことです。いや、偽者だからただのクソガキか」
「なんで偽者だって思うの?」
僕のその問いに、ハミーゲは何が面白いのかクスクスと馬鹿にするように微笑った。
「逆になぜ、偽者と思えないのか聞きたいものですねぇ」
「は?」
「だってそうでしょう? アウロディーテ姫殿下本人ならば堂々としていればいい。なぜそうしない? 簡単だ。外に出たら誰かにバレてしまうかもしれないからだ」
違う。彼女は今もずっと怯えているんだ。
誰も信用できないくらい心がボロボロになって、家族すら理解し合えない苦しみを抱えて、部屋の中で閉じこもっているんだ。
そしてそんな彼女を作り上げたのは......ハミーゲだ。
「あんた、そんなしょうもない予想をして、偽者だって決めつけるのはどうかしてるよ。......だったら、地下に居た彼女が本物だと確認したの?」
「確認? なぜ私がそのようなことを?」
ハミーゲは高笑いしながら言った。
「あんな醜く掃き溜めのような悍ましい肉の塊は見たくもありませんよ! あはははは!」
唾を飛ばしながら男は続けた。
「結局、五年間苦しみ続けた果てに家族に見捨てられ、殺され、ゴミのように地下深くに置き去りにされたに違いない! 滑稽、あまりにも滑稽! 私を拒むからそんな末路を迎えるのですよ!」
腹を抱えながら男は続けた。
「ああ、そうだ! かの英雄様にはお聞かせしましょう! この後の筋書きはこうです! あなた首謀の賊どもが城を奇襲! 偽のアウロディーテ姫殿下を殺害! しかし愚かな民衆は事の真相を知らない! なぜアウロディーテだけを殺害? 他の王族は? 殺すわけないでしょう! なぜなら王家にとって都合の良い偽者を殺す口実が欲しいだけなのだから!」
頬を紅潮させながら男は続けた。
「邪魔者は退散! 私はヘヴァイス殿下を影で操りながら、裏でアテラ姫殿下を孕ます! その子を次代の王として育て、私がこの国を支配し続ける! その時が来たらヘヴァイス殿下には消えてもらいましょう。ああ、なんて素晴らしい未来なんだ......」
「もういい。黙れ」
刹那、僕の足元の影が辺り一帯の地面を飲み込むようにして、黒に黒を重ねた真っ黒な海を作り出した。その様にハミーゲが驚愕する。
「な、なんだこれは?!」
「落ち着いて〜。スズキが使役している闇の<大魔将>だよ。さっき教えたでしょ〜」
アギレスが余裕そうに言うが、その瞳は僕に対して警戒心を剥き出しにしていた。僕はハミーゲに告げる。
「ここら一帯は僕のテリトリーだ。夜もまだ明けない。あんたを一瞬で串刺しにできる」
「できないよ〜。ちゃんと対策してるからね〜」
「は? “対策”?」
アギレスが白衣のポケットに手を突っ込んだまま――呼ぶ。
「来い――人造魔族アスマテラ」
「?!」
突如、アギレスの真横に黄金色に輝く魔法陣が展開され、そこからまるで着物を身につけた様相の真っ白い何かが姿を現した。癖っ毛一つない絹のような長い黒髪をなびかせながら、この場に顕現する。
それの顔は女の能面のように白く、頬に赤黒い丸が描かれていた。
ひと目でわかる。あれは――ヤバい。
アギレスが意気揚々と語りだした。
「ボクチンのコレクションの一つ、人造魔族アスマテラ。ふふ、どうだい? ヤバさが伝わるかな〜」
「......なんであんたが人造魔族を?」
「闇オークションって知ってる? そこで入手して、ボクチンがちょちょいと改造したのさ〜。ただその際、アスマテラの我が強くて、
『こいつ、思ったより下種だな』
『ええ。全く以て同感です』
子供故の無邪気さか、アギレスは残酷なことをさらっと何でも無いことのように言った。
人造魔族。できれば思い出したくないけど、僕は過去に何度か人造魔族と戦ったことがある。特に一番強かったのが、【固有錬成:牙槍】の持ち主、ヘラクレアスだ。
当時、戦いの決着はヘラクレアスの自爆行為でなんとか乗り切ったけど、あの時は<
僕は歯噛みしつつ、皮肉げに言う。
「よくそいつの所持を陛下が許してくれたね」
「はは。隠してたからね。でもほら、こうしてチミを圧倒できる力があってよかったと思うよ〜」
「はッ。僕を圧倒? だったらそいつから串刺しにして――」
そう僕が言い欠けた、その時だ。
人造魔族アスマテラが頭上に小さな光球を生み出して、次の瞬間、眩い光を生み出した。
「っ?!」
『な、なんだこれは!!』
直視できないほどの光量じゃない。でもそれは昼間のような温もりを宿していて、まるで太陽を思わせる煌めきがあった。
『......。』
「っ?! も、モズク!」
すると広範囲に広がっていた影が収束して、僕の足元の影へと戻ってきた。モズクの赤い一つ目も弱々しく光っているのがわかる。くそ、この光、まんま陽の光かよ。
アギレスが余裕そうに語った。
「人造魔族アスマテラは小規模だけど天候を操ることができる。この力は言わば“晴天”。他にはこんなのもあるよ?」
パチン。アギレスがそう指を鳴らした途端、アスマテラは小さな光球を浮かべたまま、今度はこの城の上空付近にドス黒い雲を創り出した。
その雲が厚みを徐々に増していき、稲光を纏って、バチバチと雲の中で発光を孕み始めていた。
この感じ......落雷か!!
「マルナ!」
『王!』
僕がその名を呼ぶと同時に、先程まで瓦礫の山に埋もれていたマルナガルムが跳んできて、まるで避雷針の如く、その巨狼の身で落雷を受けた。
僕も彼女が盾代わりになることを望んでいた。無論、それはマルナガルムが雷に対して非常に高い耐久力を兼ね備えていると知っているからである。
そして、
『おお! バチバチするけど、雷はガルの特権だよ!』
白銀の獣毛一本一本に稲光を纏わせた巨狼が吠えた。
『ガァァァアアア!!』
視界を埋め尽くす程の眩い発光。先程の落雷とは違い、マルナガルムが放った雷は地を這って、不規則な動きをする無形の槍と化した。
そしてそれらは幾重にも枝分かれして、ハミーゲたちを襲う。
「ぬおぉおおお?!」
「ちッ。白銀騎士! 盾になれ!」
アギレスが白銀の騎士たちに指示を出し、盾代わりにしてマルナガルムの雷撃を受けきった。
その隙に僕らはマルナガルムの背に乗ってこの場を後にした。
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