第518話 <5th>と協力

 「今回の件、<幻の牡牛ファントム・ブル>の“諜報担当”であるこの私が協力してやると言っているんだ」


 「結構です」


 「ふふ。なに、そう身構えなくても君に危害は......え゛」


 「では、僕はこれで」


 僕は出口の方へ向かおうとしたが、<5th>に止められた。


 「ま、待ってくれ。私の【固有錬成】を知っているだろう? 城で何が起こっているのか探ることができるぞ?」


 「いや、そうでしょうけど......。僕も透明人間になることができますし」


 そう言って、僕は<ギュロスの指輪>の力を使い、透明人間になって見せる。<5th>はそんな僕を目の当たりにして、開いた口が塞がらないと言った様子であった。


 が、


 「な、なるほど。姿を隠すことはできるみたいだけど、気配や臭いすら消せてないお粗末なものじゃないか。格下にしか通用しないね、うん」


 などと、イラッと来ることを言って来やがった。動揺してるけど、指摘が的確だからぐうの音も出ない。


 魔族姉妹にも言われたけど、気配の消し方なんてわからないよ。僕は一度透明化を解除して、<5th>に告げる。


 「それにあんたは罪人だろ。一度、<5th>の【固有錬成】で隠れられたら、捕まえることができないじゃないか」


 「そうだね。私が捕まったときはローガンとかいう奴の策略にハマったからだ」


 「それで僕があんたを外に出すと思っているのか?」


 「ふふ。ならこういうのはどうだろう? 今回の件、私は必ずナエドコ君の力になると約束しよう。いや、一時的に契約を結ぼうじゃないか」


 マジか......。闇組織の言う契約とは傭兵が客との間で交わすものとほぼ同じで、傭兵は前払いとか成功報酬でその契約破棄もあり得るんだけど、闇組織の場合は違う。支払い方法や金額に関係なく、一度受けると決めたら遂行するまで契約が切れないのだ。


 というのも、それはその闇組織の沽券に関わるからである。なんせ法に触れてることばっかしてる連中だ。客からの信頼関係すら崩したらなんの依頼も来ない。


 と、サースヴァティーさんが言ってたのを僕は思い出した。


 『どうします? 鈴木さん』


 『どうって、姉者はこいつの身柄を引き取る気あんのかよ』


 『だって有能な人材には変わりないですよ?』


 『いやいや。こいつが過去に何しでかしたか覚えてねぇーのか』


 『覚えてますよ。しかし大切なのは如何にして目的を果たすか、です』


 『出たよ。目的のために手段選ばねーところ。あーし、姉者のそういうとこ、ほんっと嫌いだわ』


 『は? では、何もかも手遅れになってもいいんですか?』


 『そうなるとは限らねぇーだろ。な? 鈴木』


 『いやいや、より可能性の高い方法を取ることは当然ですよ。ね? 鈴木さん』


 ぼ、僕に振らないでよ......。ほんっと所構わず言い合うんだからさ。


 <5th>はそんな魔族姉妹に問い詰められている僕にかまわず言ってきた。


 「それにいいのかい?」


 「?」


 「私は今日、君がうちの組織と関わりがあることを知った。次、私が尋問されたときは、そのことをつい話してしまいそうだ」


 あ。


 くそ、調子に乗って<1st>と関係があることを話したのは悪かった。


 ニヤニヤ、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながらこちらを見やる<5th>を恨めしく思いつつ、僕は苦渋の決断をした。


 「......僕の下から逃げ出そうとしたら、その首を刎ねるからね」


 『な?!』


 『ふふ。懸命な判断です』


 「契約成立だ」



 *****



 「さて、まずはマルナを回収しなきゃな」


 「おい」


 『城の兵に囲まれてんだろ。大丈夫か?』


 『最終的には強行突破になるでしょうね』


 「やっぱそうなるかぁ」


 「おい、私を無視するな」


 僕は後方に立っている<5th>を見やった。


 <5th>はボロ布を纏って、辛うじて服を着ていると言った様子だ。


 そんな彼は、僕の影から伸びている真っ黒な触手のようなものを首に巻き付けている。言わずもがな。逃げ出さないよう、モズクちゃんに彼の手綱をお願いしているのだ。


 「なに?」


 「“なに?”じゃない! なぜ私が首輪を着けられているんだ!」


 「だって逃げ出したら困るじゃん。それ、僕から一定距離離れるとチョッキンするから」


 「き、君には血も涙もないのか」


 うん、だって<5th>だし。


 とりあえず暫くはこのようにさせてもらわないと安心できないと彼を説得し、僕らは外に出ることにした。


 僕は<ギュロスの指輪>で透明人間化し、それに連れて<5th>も【水面隠蔽】をやって姿を隠す。


 外は真っ暗だった。地下牢は篝火の灯りがあって窓なんて対してなかったから、外との気温差がかなりある。


 もう捕まってから半日は過ぎたのだろう。アテラさんたちのことは気になるけど、ガイアンちゃんが言うには無事みたいだし、まずはアーレスさんたちと情報を共有しないと。


 「マルナはどこに捕らえられているんだろう」


 「さっきも気になったんだが、マルナとは?」


 僕は<5th>にマルナガルムのことについて軽く伝える。彼はその話を聞いて、唖然としていた。僕はかまわず歩を進める。


 「ま、まさか神獣クラスと主従関係を結ぶなんて......」


 『あ、マルナガルムは門の前に居るんじゃね?』


 『いやいや。さすがに移動させられているでしょう』


 と、彼女がどこにいるか予想しながら移動を続けていると、妹者さんの言う通り、門の前に美しい白銀の毛並みを持つ巨狼が寝そべっていた。


 数十の騎士さんに囲まれているマルナガルムは、その身を太い鉄鎖で地面に縛り付けられていた。


 無論、ただの太くてデカい鉄鎖じゃないな。さっき地下牢で着けていた手枷と同じで、魔法の発動を阻害する物に近いだろう。


 が、マルナガルムはそれらの巨大鉄鎖を、まるで掛け布団でも掛けられているかのように気にした様子もなく寝そべっている。


 透明人間の僕は騎士たちに気配を悟られないよう、マルナガルムに近づいた。


 するとマルナガルムの耳と鼻がピクッと動く。


 『王のニオイがする!』


 「「?!」」


 マルナガルムが身を起こし、身体に巻き付けられている鉄鎖をぶちぶちと地面から剥がして、その場におすわりした。


 おおう......。


 当然、周りにいた騎士さんたちもマルナガルムの急な行動に身構える。


 「な、なんだ?! 急に動き出したぞ!!」


 「陣形を整えろ!! 逃げないよう囲み込め!」


 「おいおい......伝説の神獣クラスをどう押さえつけろって言うんだ......」


 「「『『......。』』」」


 僕らは尻尾をぶんぶんと左右に振るマルナガルムを遠くで見つめながら、もう静かに城を抜け出すことを諦めた。


 マルナがこちらへ駆けてくる。もちろん周りの騎士をふっ飛ばしながら。<5th>の存在には気づいていないのか、僕の前で急ブレーキした彼女はおすわりをしていた。


 『王! ガル、待ってた!』


 「う、うん。そうだね。無事だった?」


 『? 別に何ともないけど』


 マルナガルムが首を傾げる。周辺の騎士に槍を突きつけられてたじゃん。刺さんなかったのね。怪我してないのなら何より。


 『おい、鈴木! 早いとこここから出るぞ!』


 「マルナ、一旦家に戻――」


 と僕が言い欠けた、その時だ。


 何かを察知したマルナガルムが明後日の方向を見て、僕の前に飛び出てから、


 「......は?」


 マルナガルムは城を囲む分厚い壁に勢いよく衝突して、破壊された壁の瓦礫に埋もれてしまった。


 「ま、マルナ?!」


 『鈴木さん! 来ます!』


 「っ?!」


 すると、僕に向かって何かが突進してきた。


 僕はすかさず【紅焔魔法:閃焼刃】で炎の剣を生成し、こちらにものすごい勢いで突進してきたそれとぶつかり合う。勢いを殺しきれず、それと一緒に後方へ下がっていった。


 「ぐぅぅうううそぉぉおおおお!」


 『【凍結魔法:氷牙】!!』


 姉者さんのサポートが入って、それは飛び下がっていった。


 それは――白銀の鎧を頭から爪先まで纏った騎士だ。


 そしてその白銀の騎士は、以前僕が戦った黄金騎士に似て非なる性質があった。つまりは鎧の中は空洞。人なんか居りゃしない。


 そんでもって思わず生唾を飲んでしまう光景が眼前に広がっていた。


 その白銀の騎士が数十、いや、それよりもっと多く、城を囲うようにして至る所に佇んでいたのだ。それらの美しい鎧は月明かりに照らされて、神々しさすら放っていた。


 そんな数々の白銀の騎士の中央に一人、白衣を纏う少年がこちらへ歩み寄ってくる。


 「チミチミ〜。勝手に牢屋から出ちゃ駄目でしょ〜」


 「......博士かよ」


 身だしなみを気にしてないと言った様子の少年――<無情の騎士>アギレスは不敵な笑みを浮かべていた。

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