第517話 闇組織の幹部のくせに

 「<5th>だと?!」


 僕は立ち上がって、過去に敵対していた男を睨みつける。


 現在、地下牢に居る僕は、既に向かい側の部屋に居た<5th>と再会を果たしていた。


 『<5th>ってあいつか?! 王都に来て間もないあたしらと戦った奴!』


 『ええ。ルホスちゃんを攫おうとした闇組織の幹部です』


 二人の声は<5th>には聞こてないはずだが、<5th>はニヤリと不敵に笑った。


 「久しぶり。元気にして――」


 「あんた、そんな顔だったのか?!」


 「ふふ。闇に生きる者として、この顔は――」


 「そう言えばお前! 、僕の【自爆魔法】で一緒に死んだはずが、なんで生き返ってんだ!」


 「クックックッ。私にはまだ利用価値が――」


 「あ、僕が居ない間に、またルホスちゃんを攫おうとしてたみたいだな! ロリコンとはなぁ!!」


 「ええい、喧しい!!」


 <5th>はブチギレて立ち上がった。


 「少しはこっちの話を聞きなよ?! 何なの?! 事ある毎に“闇組織の幹部のくせに”って連呼してさ!」


 「あ、ごめん」


 「ったく。物語でよくある『な、なんで死んだはずのお前がここに!!』をやりたかったのに」


 『『ダサッ』』


 うん、ダサいね。んなコテコテの展開をなに期待してんのさ。闇組織の幹部のくせに(笑)。


 <5th>が咳払いしつつ、話題を変える。


 「それで? <幻の牡牛ファントム・ブル>の幹部である<5th>を倒したナエドコ君はなぜ地下牢に?」


 「言っとくけど、僕はあんたと違ってロリっ子に手を出して捕まった訳じゃないからな」


 『それに近しいことは毎日してっけどな』


 『ええ。自分の胸に手を当てて、よく思い返してから言ってほしいものですね』


 お前らの目はどこに付いてんだ! いつも何もしてない僕が被害食らってんだぞ!


 「随分な物言いじゃないか。ルホス......あの鬼牙種の少女を再び襲う前に、君のことを調べたよ? あの少女と毎晩一緒に寝ていたみたいじゃないか(笑)」


 「んな?! それは金が無くて、部屋もベッドも一つしか無いところを借りるしかなかったからで――」


 「ああ、はいはい。いいよ。少年みたいな性癖の持ち主は一定数居るからね(笑)」


 こ、こいつぅ。言葉の節々に僕を馬鹿にしてるのが伝わるぞ......。


 「まぁ、こうして互いに生きて再会したんだ。過去のことは水に流そうじゃないか」


 「なんだ、僕に恨みとか無いの?」


 「別に? 強いて言えば、私を出し抜いたタフティス総隊長には腹が立つが......そもそも闇組織の一員として働いてきたんだ。恨まれるのは私の方だよ」


 へぇー。


 僕は先ほどこいつに聞かれたことを告げることにする。


 正直に言っていいのかわからないけど、昨日と今日で城の人たちの僕に対する態度が変わったんだ。地下牢に居たとは言え、<5th>は何かしら情報を持っているかもしれない。


 「僕は毒物なんか城に持ち込んでないのに、その容疑で捕まったんだ......。昨日までは普通に城に通えてたんだけどね」


 「城に通うとは随分と偉くなったものだ」


 「何か知らない?」


 「知らない......こともないが、昨晩、ここを監視している兵が丸々一時間くらい居なかった気がするな。交代もせずに、揃って持ち場を離れていたよ」


 「なにそれ」


 「私も不思議に思っていてね。あんなことは初めてだったから」


 「ちなみに<5th>はずっと地下牢に?」


 「ああ。にしても王国の人間は容赦ないね。情報を吐かせようとあの手この手で私を痛めつけてきたよ」


 「まだ生かされているってことは......」


 <5th>は苦笑しながら答えた。


 「この私が情報を吐くわけないだろう?」


 「すご」


 「まぁね。<幻の牡牛ファントム・ブル>の幹部を生け捕りにできたのは、この国が初めてだろうから連中は慎重になっているのさ。私を壊してしまったら意味が無いからね」


 などと、胸を張って言う<5th>。


 僕はそんな彼に、過去に色々と<幻の牡牛ファントム・ブル>にお世話になったことを世間話程度で伝えた。<1st>に気に入られているのかわからないけど、ギワナ聖国やティアたちに見つからないよう一時的に匿ってくれたこととか、諸々。


 それを聞いた<5th>は鳩が豆鉄砲を食らったように驚いていた。話の内容からして、僕の言ったことを嘘だとは思っていないようだ。


 次第に彼は四つん這いになって、落ちこんだ様子を見せる。


 「ま、まさかボスが君に執心とは......」


 「<1st>が美女だったら僕も考えるんだけどなー」


 『おい』


 『あなた、本当に相手が美女だったらすぐに尻尾振る癖やめた方がいいですよ』


 さーせん(笑)。


 すると、この場に誰かがやってくる足音が聞こえてきた。甲冑が擦れるような音じゃないから騎士ではないなと思っていたら、その人物は僕らの牢屋の前に立っていた。


 外套を纏っていたその人は、僕らに顔を晒す。


 「スズキ、無事か」


 「が、ガイアンちゃん?」


 なんとこの場にやってきたのはメイド服姿のガイアンちゃんだ。彼女は一時的だが、アテラさんの専属メイドのはず。どうして一人でこんな所に......。


 ガイアンちゃんは口に人差し指を当てて、僕らに大きな声を出さないよう注意してきた。


 「アテラから伝言だ。『今すぐ牢屋を出て、アーレスやタフティスに城の異常事態を知らせろ』だって」


 「どういうこと? 何があったの?」


 「まだ何とも言えないらしい。ただ城に居るほとんどの者の様子がおかしいって」


 「なんで? 昨日、僕が居た時は今日みたいなこと無かったよ?」


 「ガイアンもそう思う。ただアテラが言うには、昨晩、何者かが城に居る騎士や使用人を集めてみたい。人伝の情報らしいけど」


 『何かってなんだよ』


 『さぁ? でもそこの闇組織の幹部さんも似たようなこと言ってましたね』


 「まだガイアンはここに来て一日しか経ってないからわからないけど、今朝の皆の様子は普通だった。、皆の態度が急に変わったように見える」


 僕が何かしたのか?


 うーん。わからない......。


 「それで? アテラさんとアウロさんは無事なの?」


 「アテラは自室で待機している。ガイアンもすぐに戻って、アテラを護衛するつもりだ。アテラの姉はずっと自室に居る。まだ直接会ってないからわからないけど、アテラが姉には強い護衛が居るから大丈夫だって」


 ああ、そう言えば、ヤマトさんがアウロさんの側に居たな。よかった、二人とも無事なら一安心だ。


 「他の人は?」


 「アテラはスズキのことを国王にも伝えていたが、まともに応じてくれなかったらしい。たぶん国王も騎士たちみたいに......」


 「そう......。ヘヴァイス殿下も?」


 「たぶん」


 すると今まで黙って僕らの会話を聞いていた<5th>が口を開いた。


 「気になるねぇ。城中の騎士や使用人を集めて何をしていたんだか。まぁ、ナエドコ君の話を聞く限り、大方、精神操作でもされたと見るべきだろうが」


 「精神操作? 何かの魔法?」


 「魔法にもあるけど、そんな大規模なことを城の中で堂々とできるわけがない」


 『ふむ。何らかの魔法具によるものでしょうか』


 『その可能性がたけぇーな』


 「一体誰がそんなことを............あ」


 僕はあることを思い出して間の抜けた声を漏らした。


 「ハミーゲ......そうだ、あいつ、アウロさんや計画を邪魔した僕に復讐しに来たんじゃない?」


 「ハミーゲ......ワギーケ公爵の跡取り息子か」


 『ありえそーだな』


 「よくわからんけど、ガイアンはアテラが心配だからそろそろ戻りたい」


 『にしても、不可解ですね。なぜアテラさんは無事で騎士や使用人を先に?』


 「あ、うん。アテラさんにはよろしく伝えといて。僕は上手いことここから抜け出すから」


 「わかった」


 それからガイアンちゃんはこの場を去っていった。


 すると<5th>が僕に問う。


 「この場から出るって......どうやって? 言っとくけどその手枷、そう簡単には壊せないよ? 魔法も封じられているだろうしね。それに壊せたとしても、廊下にある特殊な魔鉱石が手枷の破壊を感知して警報音を鳴らす。すぐに騎士たちが駆けつけてくるよ」


 「? 別に壊す必要無いけど」


 「は?」


 僕は両手を前に出して、モズクちゃんに合図を出す。モズクちゃんは手枷からやや手前の両腕を切り飛ばした。両腕と手枷が重力の名の下、床に落下する。


 「?!」


 「うぐッ。いってぇ。妹者さん」


 『ほいよ』


 『痛いで済むレベルでは無いんですがね』


 妹者さんが【祝福調和】を発動し、今しがた斬り飛ばした両腕を元に戻してくれた。当然、手枷は切断と同時に僕の身から離れている。


 僕は手を握ったり開いたりして感触を確かめた。いつものことながら、大胆な行動を取ったもんだ。


 <5th>が僕の一連の行動を見て、まるで頭痛を覚えたかのように頭を押さえていた。


 「そうだった。君は首を剣で刺されても、自爆しても生き返ることができる化け物だったな」


 「それを言ったら、<5th>も同じく生き返った身でしょ」


 「一緒にしないでくれ。私は生き返らせてもらったんだ」


 誰に? という疑問はあったけど、ここで話し込む暇は無い。


 次は鉄格子だな。これも壊したら手枷と同じく警報音が鳴り響くのかな? だったら......。


 僕は鉄格子を握って唱えた。


 「【固有錬成:摂理掌握】」


 ぐにゃり。鉄格子がまるで粘土のように柔らかく曲げられ、脱出することができた。


 本当は手枷も両腕を切ることなく、このスキルを使って外したかったんだけどね。【摂理掌握】は対象に触れないと駄目で、手枷はギリギリ届かなかったから無理だった。


 僕がこのままこの場を去ろうとすると、今まで開いた口が塞がらないといった様子の<5th>が待ったをかけてきた。


 「待て。私も連れて行け」


 「え?」


 『何言ってんだこいつ』


 「なんで闇組織の幹部を逃さないと――」


 「君に私の力を貸そうじゃないか」


 「は?」


 「私の【固有錬成】を忘れたのか? 【水面隠蔽】......何人たりとも私を感知することができないスキルだ」


 それから彼は続けて言った。


 「今回の件、<幻の牡牛ファントム・ブル>の“諜報担当”であるこの私が協力してやると言っているんだ」

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