第515話 それぞれの場所で

 「着いたか......」


 「長かったですね......」


 ここ、王都近隣の平野にて、傭兵旅団<龍ノ黄昏ラグナロク>は旅路の果てに王都を前にして感嘆の声を漏らしていた。


 <龍ノ黄昏ラグナロク>の団長、<龍神>ファフニードが懐から煙草を取り出し、咥えてから火を点けた。


 鈴木より先に聖国を発った<龍ノ黄昏ラグナロク>であったが、実は当初の予定よりも時間がかかってしまっていた。


 理由は食料問題だ。ある程度、聖国で食料を揃えた傭兵旅団であったが、数日かそこらしか保たず、道中でモンスターを狩ったり、近くの村まで赴いて旅をしていた。


 一言で表すならば、連中は遠回りをして王国までやってきたのである。


 <龍ノ黄昏ラグナロク>の中でもっとも大柄な男、ダウが気怠そうに言う。


 「にしてもいつものことですが、俺らの種族は本当によく食べますよね」


 「ダウ、思考が人間どもに寄ってきてんぞ。俺からしたら、聖国の人間はなぜあの料だけで足りるのかわからねぇ」


 「それは違いねぇですが......」


 種族故の体質により、鬼牙種は常人の何倍もの食料を必要とする。それ故に長旅をするには現地調達で腹を満たす必要があった。


 団員のうち何名かが話し始める。


 「ガイアンの奴、生きてっかな」


 「さすがに生きてるだろ」


 「いやだって、あの子には全然お金を持たせてなかったじゃん」


 「落とすからな」


 「あたいらが王都に着くのは予定だと十日くらい前だろう? どうやって生活してたんだろうね」


 「どっかで働いていたり?」


 「いやいや。あいつ、めっちゃ人嫌い激しいじゃん。人と関わろうとしないだろ」


 などと、口々にガイアンを話題にする団員たちに対し、団長ファフニードがぼそりと呟く。


 「盗みを働いてたんだろうな」


 「「「「「?!」」」」」


 その言葉に全員が絶句してしまう。


 ファフニードは続けて言った。


 「ヴェルがよくガイアンにスリの仕方を教えていた。金品を盗んで食ってきたんだろう」


 「そ、そういえば......」


 「たしかにヴェルゼルクさんは教えてましたね......」


 「将来絶対に役立つからって言ってたのを覚えてるよ、あたい」


 押し黙ってしまう面々は、<龍ノ黄昏ラグナロク>の中でも最年少のガイアンにちゃんとした教育をしてこなかったことを、今更ながら後悔してしまう。


 そして同時に思い出す。


 そもそもヴェルゼルクがスリの仕方を覚えたのは、ファフニードが小さい頃から教え込んでいたからだ。


 そう、言うなればこれはある種の伝統なのである。


 ファフニードがヴェルゼルクにろくでもないことを教え、ヴェルゼルクがガイアンにろくでもないことを教えるという、悪しき伝統なのである。


 だというのに、ファフニードは自分に非は無いと言わんばかりに告げる。


 「ったく。ガキにまともな教育もできねぇのか、うちの連中は」


 「「「「「......。」」」」」


 自分を棚に上げるとはまさにことではなかろうか。



 ******



 「ガイアンだ、です、わよ? アテ......お嬢様」


 「く、口調は今まで通りでかまいませんわよ」


 公務に勤しんでいたアテラは苦笑しながら、ガイアンに応じた。


 鈴木に連れられ、ズルムケ王城へやってきたガイアンはセバスに使用人の務めを一通り教えてもらい、さっそく実践することになっていた。


 セバス曰く、使用人の心得をゼロから教えると同時に、実践を繰り返して技術を身に着けてほしい、とのこと。


 相手はこの国の第三王女という決して粗相が許されない存在であるが、その王女が進んでガイアンの面倒を見ると申し出たのだ。故にセバスは部屋の隅でガイアンを見守り、時折サポートに入っているのである。


 そんなガイアンはメイド服姿で、普段着ている物と比べて動きづらそうにしていた。郷に入っては郷に従えという奴で、傭兵の少女は渋々着替えたのだ。


 ガイアンはまずお茶を淹れることにした。セバスもすかさずサポートに入る。


 「たしかこのお湯が入っているポットに茶葉を入れて......」


 「違います。まずは温めていた空のポットに茶葉を入れなさい」


 「どんくらいだっけ。たくさん入れるか」


 「ティースプーンを使いなさい」


 「かき混ぜたし、カップに注ごう」


 「蒸らしなさい」


 そうこうして淹れた茶はアテラの下へ運ばれ、主人がそれを口にする。


 「不味いですわ」


 「はっきりと言うんだな」


 ガイアンはジト目でアテラを睨むが、アテラはかまわず続けて言った。


 「よろしいこと? お茶は淹れ方によって味や香りが全然違いますわ。セバス」


 「はい」


 アテラに名を呼ばれたセバスは茶を淹れ直し、それをアテラとガイアンに配る。アテラはその茶を飲んだ。そして満足気に頷いた。


 「ふふ。さすがセバスですわ」


 「そんなに違うのか......」


 アテラの言葉を受けて、セバスは一礼した。ガイアンは自分が淹れた物とセバスが淹れた物を見比べ、後者を口にした。


 「うん。ガイアンにはわからん」


 「まぁ、舌が肥えてない方には良し悪しがわからないと思いますわね」


 「飲めればなんでもよくない?」


 アテラは呆れたように首を横に振って、やれやれと言った様子で答えた。


 「最良の物を、最適な手段で用いて、最高の結果を出すことを心がけなさい。それこそが自分自身を磨くことに繋がりますわ」


 「強くなれるってことか」


 「少し違いますけれど、そうですわね。我武者羅にやっても得られるものは限られておりますわ。人間もあなたも同じ考える生き物。常に最善の結果を追い求めようと考え続けることが大切ですわ」


 「ふーん?」


 ガイアンは再び自分が淹れた茶を飲んだ。やはり不味い。セバスが淹れた茶を飲んだ。こちらも不味い。


 ガイアンの口には合わなかったみたいだ。


 そして思い出す。


 「ヴェル兄も同じこと言ってた」


 「?」


 「ヴェルゼルク。<龍ノ黄昏ラグナロク>の副団長人」


 「?! ヴェルゼルクさんはかの有名な<鬼神>の異名を持つ傭兵かしら?!」


 「う、うん。知ってるんだ」


 「それはもちろん! 特にポンコチ公国に雇われ、隣国の軍をたったお一人で壊滅寸前まで追い込んだ武勇はわたくし、感銘を受けましたわ!」


 「そ、そうか」


 「それで、“副団長だった”、とは?」


 「......死んだから」


 「え?」


 アテラはガイアンが言ったことをいまいち理解できていなかったが、次第に言葉通りの意味で、かの有名な<鬼神>が戦死したことを悟った。


 王国に帰ってきた鈴木からは<龍ノ黄昏ラグナロク>と対立した話を聞かされていないのだ。


 そしてガイアンもわざわざ鈴木に殺されたことを言うつもりはない。自身の恩人である鈴木を恨むつもりもない。


 <鬼神>ヴェルゼルクは悲願を叶えて亡き者となった。そう、思うことにしたガイアンであった。


 アテラがガイアンに謝罪する。


 「それは......お辛いことを思い出させてしまい申し訳ございませんわ」


 「ううん。ガイアンはヴェル兄の最期を見届けられなかったけど、ヴェル兄は夢を叶えて死んだから後悔してないと思う」


 「......お強いですわね」


 それからガイアンは気を利かせ、この暗い雰囲気を終わりにすべく、話題を<龍ノ黄昏ラグナロク>の武勇へと変える。


 「それよりアテラ! お前、<龍ノ黄昏ラグナロク>に興味があるのか?!」


 目を輝かせる鬼牙種の少女を目の当たりにしたアテラは、少し面食らってしまった。まだ自分とそう遠くない歳のガイアンが、仲間の死を受け止めて前へ進もうという意思を強く持っていることが意外だったからだ。


 故にアテラも胸に手を当てて応じる。


 「ええ! わたくしはお強い方を好ましく思いますわ! どんな理不尽にも屈しない、我を貫き通す殿方と生涯を共にすることがわたくしの夢ですもの!」


 「おお! わかる奴だな! 女なら強い男を欲するものだ!」


 「ええ、ええ。至極の当然のこと――」


 「あと強い奴ってチ○コも大きいって!」


 「ちん?!」


 「仲間のロザリー姉が言ってた! 大きいと気持ち良いって!」


 「な、なるほど......。ちなみに“大きい”とは具体的にどれくらい――」


 「アテラ様」


 セバス、さすがに看過できず、少女たちの会話に割り込む。


 後にズルムケ王国第三王女アテラはセバスが居ない所でガイアンと猥談を楽しむようになり、またそれを知る者はこの二人以外誰も居なかったのだが、それはまた別の話である。

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