閑話 アウロディーテは戸惑う
「おい、酒は無いのか」
「......。」
「なんだ、その目は」
アウロディーテは人化した神獣ヤマトが自身の寝台の上で横になっている様を見て、なんとも言えない顔をしていた。
数刻前、鈴木たちはアウロディーテに挨拶した後、この城を去った。アーレスの家に帰ったのだ。
アウロディーテは夕食を一緒にしたかったが、鈴木は平民だ。きっと城という窮屈な環境に慣れなかったのだろう。
そんな鈴木がこの城に来ているのは、アテラから依頼を受けているためだ。それを理解しているからこそ、アウロディーテは無理を言わなかった。
が、問題は別のところにある。
鈴木が去り際、神獣ヤマトを置いていったのだ。
曰く、役に立つ時は役に立つ居候なのでお願いします、と。
“居候”という評価が悩ましいところ。
ちなみにアウロディーテとヤマトは既知の仲だ。と言っても以前、アウロディーテがアーレスの家で匿われていたときに数度話した程度に過ぎないが。
ほぼ初対面故に、アウロディーテはやや困ったように応じる。
「い、いえ。その、そちらは私のベッドなのですが......」
「こんなに広いんだ。二人並んで寝てもよかろう」
「し、神獣様とですか」
「嫌か?」
「恐れ多いと申し上げますか......」
「お姫様の寝台は格別で良いのう〜。吾輩、いっつも誰かにくっつかれて寝とるもん」
「はぁ......」
「ところで酒は?」
「私の部屋でお酒をお飲みになるのは控えていただければと......」
「つまらん奴だな」
自分の部屋なのに、全く気が休まらないアウロディーテは、近くのテーブルにおいてある読みかけの本を手にし、寝台の隅にちょこんと腰掛けた。
「「......。」」
静かな時間が流れる。アウロディーテが本の紙を捲る音くらいだ。
だからか、ヤマトが口を開いた。
「息災だったか?」
「え?」
そんなヤマトの問いに、アウロディーテは思わず聞き返してしまう。
「身体の調子は戻ったのか? 小僧が【呪法】をお主から受け継いだとは言え、しばらく身体を動かすのも辛かったろう?」
「い、今は何ともございません。お陰様ですっかり元気になりました」
「そうか」
まさか神獣に心配されているとは思っておらず、アウロディーテは目をパチクリとさせてヤマトを見ていた。
そして思い出す。眼の前の人化した神獣は、実は相当面倒見の良い人柄だと、鈴木から聞かされていたことを。
“人”には興味すら無さそうな気高き存在は、その素っ気ない接し方とは裏腹に、思いやりのある言葉を口にする。
向ける視線も相手の気持ちを理解しようと、表情や目をしっかりと見ているのがよくわかった。
それがなんだか可笑しくて、アウロディーテは思わずクスッと笑みを溢してしまう。
「ふふ」
「......なんだ」
「いえ、神獣様は思ったより律儀なお方だと」
「はッ。小僧が命張って助けたんだ。奴の努力が報われんのは虚しいわ」
話の途中で鈴木の名前が出てきたことで、アウロディーテはヤマトに思ったことを聞いてしまう。
「神獣様はスズキ様のことを大切に想われているのですね」
「まぁな。小僧はあれで中々面白いから、見ていて飽きん」
「長いお付き合いなのですか?」
「いいや。お主とそう変わらんよ。この国に来る前に出会った」
横になっているヤマトは腹をぼりぼりと掻きながら話を続ける。
「小僧は本当に面白い。見知らぬ者でもその者が美しければ必死になって助ける。少し前はパドラン――“
「え?! そのようなことが?!」
「うむ。もう必死で必死で......思わず、見ているこっちも心を動かされてしまった。柄にもなく熱くなったのは、今思えば恥ずかしい思い出だな」
「やはり......スズキ様はすごいお方なのですね」
「ああ。小僧はすごい。小僧自体は凡人なのに、秘めている力が大きすぎて、且つ多すぎて全く予想できん」
ここまで神獣が一人の男を称賛することに、アウロディーテは驚きを隠せなかった。
その表情を見たヤマトは、アウロディーテの反応を面白がるように、今まで見てきた鈴木という男について語ることにした。
「聞くか? 小僧の話を」
「?! よろしいのですか?!」
「この城に住まわせてもらっている礼だ。と言っても、大して語れることは多くないが」
アウロディーテはヤマトの申し出に目を輝かせ、手にしていた本を行儀悪く床に置いて、ヤマトの方へ近づいていく。
ヤマトは身を起こして、アウロディーテに向き直った。
「まずはそうだな......小僧の打たれ強さだな。吾輩は小僧の精神的な耐久力を高く評価しておる」
「精神的な耐久力?」
「うむ。心の強さ、だ」
「おお!」
「あれは聖国の酒場で一緒に飲んでいた友人と小僧を襲って、宿に連れ込んだ時のことだ――」
「宿に連れ込む?!?!」
斯くして、引きこもりのアウロディーテは外の世界で長年生きてきた神獣から色々と話を聞き、羨望の眼差しを向けることになるのであった。
余談だが、話の途中で喉が乾いたヤマトが酒を所望した際に、アウロディーテは自ら進んで自室を出て、近くの使用人に酒を持ってくるよう頼むことがあった。
その時に対応した使用人が、「遂にアウロディーテ様がお部屋から出られて......」と感動を覚えると同時に、「酒に手を出されたのですね......」と絶望も覚えることになったのだが、それはまた別の話である。
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