第510話 やることおっぱ・・・じゃなくて、いっぱい

 「なんか色々と抱え込んじゃう感じになっちゃたね」


 『だなー』


 現在、僕は王城の庭園っぽいところに来ていた。ただの散歩である。一応、国王さんからも僕は好きに出歩いていいと許可を得ているので、考え事をしながらやってきた次第だ。


 天気は雲一つ無い晴れだ。気温も春のそれに近いのか、外を歩いているだけでぽかぽかと和んでしまう。


 今後のことを考えなきゃいけないんだけどな。


 僕は周囲に人がいないことを確認しながら、魔族姉妹と会話する。


 「まずはやっぱハミーゲの件かな」


 『ですね。<運命の三大魔神モイラー・クシスポス>の件はその後でも良い気がします』


 『んでもよ、近いうちに第一王女に祝福の儀をする予定なんだろ。偽の女神と接触する機会があんなら、そっちが優先じゃね?』


 「うーん、たしかにそうだけど......」


 『ハミーゲのことを早めに終わらせて、私たちの問題に集中したいとこです』


 『いやいや。相手は公爵だぞ。追い詰めることができる証拠があるにしても、絶対時間かかんだろ。一番めんどーなのが、どっちの問題も並行しちまうところだ』


 「じゃあハミーゲは後回し?」


 『この先どうなるか予測できないのでわかりませんが、偽物の女神アダロポスと対峙することになったら、後回しにしてるハミーゲの件を処理できる確証がありません。最悪、それどころじゃない未来が待ってる可能性もあります』


 『んだよ。そっちの件は、あーしらには直接かんけーねぇーだろ』


 「そうだけどさ......」


 『妹者、あなたはもう少し後先のことを考えてから話すべきです。首を突っ込んでしまった以上、責任ある行動を取る必要があります』


 『あ? あたしが無責任って言いてーのか? 喧嘩売ってんの?』


 『別に? そんなつもりはありませんけど??』


 ちょ、喧嘩しないでよ、僕の両手......。


 「ストップ、ストップ。すーぐ喧嘩する癖、どうにかならないの?」


 『けッ』


 『......。』


 ふむ、本当に悩ましいな。


 ハミーゲの件はすぐに片付きそうで片付かない。僕だけで事を運ぼうとするなら、きっと時間も労力もそれなりにかかる。


 偽の女神アダロポスの件はまずどう対処すればいいのか、魔族姉妹と話し合う必要がある。その偽者と直接相対することになっても、僕らの行動が今後の王国の在り方に関わるなら慎重に動くべきだ。


 困ったぞ......。


 あ、そうだ。


 「ハミーゲの件はタフティスさんやアーレスさんに相談する?」


 『他人に全任せするってことか?』


 『まず例の件の対処には権力者の力が必要不可欠です。そして証拠を握っている王子が<三王核ハーツ>のお二人に任せたり、協力してくれるとは思えません』


 『鈴木が協力するって前提だからな』


 『ええ。相談する分にはかまわないと思いますけど』


 少なからず僕が動かないと駄目ってことか......。


 面倒だぞ、マジで。


 あまりにも優先度合いが低くて言えなけど、アーレスさんと新居について話し合って決めたい件もあるし。


 あれやこれやと考えながら歩いていると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


 『ねーえー! あそぼーよー!』


 「ええい、鬱陶しい! 吾輩はここに住むと決めたのだ!」


 マルナガルムとヤマトさんの声だ。


 マルナめ、どこに行ったかと思えば、こんな所に居たのか。それに先日、お城に置いていってしまったヤマトさんまで居るみたいだし。


 僕は二人の声が聞こえてくる方へ向かった。


 人化したヤマトさんは、なぜかこの庭園に敷かれたレジャーシートの上で、使用人さんたちに囲まれて寝そべっていたのだが、そのヤマトさんに巨狼姿のマルナガルムがじゃれついていた。


 人によっちゃ、褐色美女が大きな狼に捕食されている場面のようにも見える。


 『こいつら、本当に仲良いよな』


 『マルナガルムからしたら、同じ獣化できる存在ですもんね』


 「ヤマトさーん、マルナー」


 「む? 小僧か」


 『あ、王!』


 マルナガルムがヤマトさんにじゃれつくのをやめて、その場でおすわりする。ヤマトさんも身を起こして胡座をかいていた。


 僕はそんな彼女に問う。


 「あの、ここで何してるんですか」


 「何って、見ればわかるだろう? 吾輩、どうやらこの城の者たちに歓迎......いや、崇拝されているようだから、威厳や尊大さを知らしめているところだ」


 威厳、尊大さ......ねぇ。


 真っ昼間から飲酒と日光浴と惰眠を貪る神獣さんが何を言っているんだか。


 「あ、小僧。今、失礼なこと考えただろ」


 「はい」


 「?! つ、遂に認めおったな?!」


 『鏡見てから言ってほしいものですね』


 『王! さっきヤマトが王の家に帰らないって言ってた!』


 「また何をバカなことを......」


 「ここの者はな! 吾輩の言うことを聞くんだぞ!! 吾輩偉いから! 偉い吾輩の言うことをちゃんと聞くの!!」 


 『そう力説する前に、まずは手にしているその酒を置け』


 「やだ!!」


 よ、酔ってるのかな、この人。<運命の三大魔神モイラー・クシスポス>の手がかりが見つかったというのに......。


 僕は使用人さんたちには聞こえないよう、ヤマトさんに耳打ちした。


 「実はアダロポスの情報が入ったんです。場所を変えて相談させてください」


 「?!」


 「ヤマトさんも無関係じゃないでしょう? ただの大きな猫じゃなくて女神に仕える神獣なんでしょ?」


 「ぐぬぬ......」


 ヤマトさんは何やら葛藤する様子を見せて、苦渋の決断をするかのように立ち上がった。


 「ワカッタ」


 「『『......。』』」


 この納得しきれてない顔。神獣なんだから即決しろよ、と言いたくなる僕らであった。



 *****



 「ほう。この国の王家にはそんな人知れぬ伝統があるのか」


 「はい。僕らとしても優先して調べたいことですが、どう動いたらいいかと悩んでいるところでして」


 「ふむ......」


 僕らはヤマトさんにアテラさんから聞いた女神アダロポスの情報を伝えた。


 ズルムケ王家の伝統に関わるアダロポスは偽者だが、それは僕の身体の中にアダロポスと思しき女神の核があると知っているからだ。ヤマトさんもそれを知っているからこそ、この件に関しては僕らと同意見のはずだろう。


 「吾輩としても無視できんな、その偽者は」


 「どうします? おそらく祝福の儀が行われるまで、その偽者には接触できませんよ」


 「小僧はな? 吾輩は違う」


 『なんでだ?』


 「吾輩を誰だと思ってる」


 『大きな黒ね――』


 「神獣!! 神獣なの!!」


 ヤマトさんが姉者さんの言葉を遮って、怒鳴り散らした。やや落ち着きを取り戻した彼女は、こほんと咳払いしてから続ける。


 「女神に仕える神獣を無視して、祝福の儀を進めはしまい。なに、直に国王の方から話してくるだろう」


 『ああーたしかに』


 『それなら私たちがアテラさんから聞いたという事実も伏せられますね』


 「仮にそうだとして、その時が来たらヤマトさんはどうします? そもそも国王たちにぶっちゃけます?」


 「馬鹿を言え。神獣の言葉とは言え、今まで信仰していた女神を否定されるのだぞ。いずれ気付かされることなら、今は様子見だ」


 ということで、ヤマトさんが女神アダロポスと接触してから事を進める方針となったので、今後は彼女を中心に動く予定だ。


 「とりあえず、今日のところは帰ろっか」


 「え゛」


 『おおー! ガル、お腹空いたー!』


 『城じゃあーしら食えねーしな!』


 『帰りに夕食の材料を買って帰りましょう』


 「そう言えば最近の姉者さん、進んで料理するよね」


 『ふふ。妹と弟に良いものを食べさせるのも姉の務め――』


 「待て!!」


 と、僕らが話しながら歩いていると、やや後ろに居るヤマトさんが僕らに待ったをかけた。彼女は尋常じゃない汗をかいていた。


 「?」


 「いや、その......そうだ! 小僧が城に居ない間、偽者のアダロポスに動きがあるかもしれん! 城の者に何かあったら困るだろう?!」


 「え、まぁ、はい」


 ズカズカとこちらへやって来たヤマトさんが、僕との間合いをどんどん縮めて、息がかかるほど接近してきた。


 「であれば、吾輩がこの城に残ろう!」


 「え゛」


 「なに、事が済むまでだ! 吾輩、神獣だから強いし、不届き者が居ても城の者を守れる! ほら、小僧もあの姉妹が大切だろう? 吾輩ならどっちも守れるぞ! あと“ハミ毛”みたいな貴族が無闇に近づいてこないよう、目を光らせといてやる! ああ、そう考えると、特にアウロディーテとかいう娘の方は特に護衛が必要だな! “ハミ毛”に何されるかわからん! うむ! 言っておくが、吾輩は城の生活が気に入ったからではないからな! わかったか!!」


 「あ、はい」


 すっげぇ早口。


 こいつ、本当に駄目な神獣だな......。


 そしてこの感想は僕だけではなく、魔族姉妹までも心の中でヤマトさんのことを“ダメトラ”と称すのであった。


 

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